「ストーカーよ!絶対ストーカーだわ!」
朝出勤すると、例の如く職場のブスが発狂してました。その勢いや凄まじく2005年にアメリカ合衆国に甚大な被害をもたらしたカトリーナなんて目じゃないくらいに猛威を奮っておりました。カテゴリー5くらいだった。
発狂しスパークするブスというのはそれだけで趣き深いものでいとよろし、暖かい陽だまりのような優しい目つきでそのブスを眺めていたのです。彼女はなぜブスに生まれてきてしまったのだろうか。それは一体誰の責任なのだろうか。彼女の親を責めることはできない。もちろん彼女自身を責めることなどできやしない。もしかしたら誰も悪くないんじゃないだろうか。彼女がブスであることに誰も責任なんてないんじゃないだろうか。
そう考えると彼女はなんと罪な存在なんだろうか。誰にも責任の所在がないのに、彼女という悪は確実にそこに存在する。今ここでユックリと呼吸をし、ブスという悪を振りまいている。これはもう、例えるならば殺意なき殺人と同じだ。
殺人自体は決して肯定されるべきじゃないけど、誰かが誰かを殺した場合、そこには殺すなりの理由がある。怨恨や愛情関係のもつれ、金銭トラブル、殺すだけの理由と殺されるだけの理由がそこに存在する。しかしながら、殺意のない殺人ほど恐ろしいものはない。理由がないのだ。殺されるだけの理由がないのに殺人という悲劇だけは確かに存在する。言い換えればいつ自分が殺されてもおかしくないし、自分じゃなくとも大切な人が殺されてもおかしくない。そんな恐怖がそこにある。
彼女は罪な存在だ、そう思いながら猛威を奮うブスを見ておりましたところですね、どうやらブスが「ストーカーよ!」と叫んでおりまして、恐ろしい勢いで職場中の人に話しかけてました。死ぬ間際の蛾が必死で燐粉を撒き散らすかのような諸行無常の切なさがそこにあった。
どうにもこうにも「ブス」と「ストーカー」っていうのが上手に頭の中で繋がらなくてですね、漠然と「ああ、ブスがどっかのイケメンにストーカー行為を働いてるんだ、ダメだよ、そんなことしちゃ」などと考えていたのですが、どうやらそのブス自身がストーカー被害に遭っている様子。なんと、彼女が被害者だとは思いもしなかった。
「早く警察に行った方がいいよ」
などと、ウチの職場のメンツは優しい人々が多いですので引きつった顔をしながらもブスに対応するんですよ。非常に心にもない感じで言うわけなんですよ。
「でもー、警察とか結局何も動いてくれないしー」
こう、なんていうんですか、ブスがストーカー行為をされてしまう魅力的な自分ってやつに酔いしれてるんですよ。
「それでも何かあってからじゃ遅いよ」
優しき同僚も負けてないもので、本当に心の底からどうでもいいのはありありと伺えるんですけど、なんかブスの安全を気遣っていうんですよね。この気遣いってのが社会で行きぬく上でどうしても必要なものなんだと思います。ブスはブスで大したもので、その気遣いに対してキチガイですから、
「もし私が死んだらそのストーカーが犯人だと思って!」
と、ジョークでもなく、そういった類のブラフでもなく、いたって本気といった真剣な面持ちで言っておりました。殺意はないけど殺してやろうかと思った。
まあ、こういったコミカルな朝の一コマなんてのは金を払ってもそうそう見られるものではありませんし、自分に実害さえなければ温かい紅茶花伝でも飲みながらゆったりと眺め、後々思い出しては傑作だったと振り返ることができるのですが、これが自分に身に降りかかってくると笑えないものがあります。
どうにもこうにもブスの中でストーカー事件に対する同僚達の反応がイマイチだと悟ったのか、入り口のところで立っている僕めがけて猪突猛進の勢いで駆け寄ってきましてね、口の中から見たこともない生物が出てくるんじゃないかって勢いで言うわけなんですよ。
「patoさん!わたしストーカーに狙われてるんです!」
僕も僕で、そんなこと言われても返答に困りますからね。さすがに「ふーん」としか思わないんですけど、そう答えたら円滑な職場コミュニケーションに支障が生じるじゃないですか。ストーカーはどうか知らないけど、インドにはカーストという厳しい身分制度があってね、今でもインド社会に根強い差別感情を残してるんだ、僕はクシャトリア、君はスードラだね、とか答えても良く分からないことになってしまいます。もう答えに窮してどうしていいものか分からず、
「そいつはめでたい」
と訳の分からない反応を返していました。そしたら、ブスはなんか脳ミソのシワみたいな顔になっちゃいましてね。
「どうしてそういうこというんですか!」
とか大号泣ですよ。それだけならまだ許せるんですけど、なんかブスの脳髄で色々なことが間違った方向に大回転したらしく、何故か
「もしかしてpatoさんがストーカーなんじゃないですか!やめてください!」
とか、僕が「サタンが襲ってくる!」と訳の分からないことを呟きながら夜の街を徘徊しては若い女ばかり拉致して殺害し、壁の中に死体を埋め込んで何食わぬ顔で日常生活を営み、家を解体したら20体以上の死体が出てきたっていうアリゾナ州を中心に全米を震撼させた殺人鬼だったとしたら間違いなく殺ってるようなこと言うんですよ。
こうなってくると良く分からない展開になってくるのはいつものことで、職場のメンツも狂言師みたいになってるブスが心の奥底ではウザったいですから、体良く僕に押し付けて平穏な職場環境を取り戻そうと
「patoさんにストーカー捕まえてもらえばいいじゃん」
みたいな訳の分からない機運が高まってくるんですよ。
「いや、僕喧嘩弱いし格闘とかになったら負けちゃうよ」
とか何とか回避しようと画策するのですが、どうにもこうにもヒートアップして台湾の国会みたいな状態になってますから
「部屋の近くで張り込んでてストーカーが来たら捕まえればいい」
「そんな!若い女性の部屋に張り込むなんて!」
と一進一退のやりとりがあったのですが、結局、僕がブスをストーキングしている犯人じゃないことを証明するために真犯人を捕まえなければならないって状態になってましてね、物凄く不本意ですがブスのアパートを張り込むことになったんです。
寒い夜でした。TRFが出てきてもおかしくないレベルで寒い夜。サムとオカメみたいな女が踊りだしてもおかしくないほどに寒い夜。凍えながら車の中でアパートを見守る僕。ブスには似つかわしくないピンク色のブリブリな外観をしたアパートをじっとりと見守っていました。
「じゃあ、夜7時に私の家に来てください」
とかブスが言うので行ったんですけど、行ったら行ったでインターホン越しに
「なんで私の家教えてないのに知ってるんですか!やっぱりストーカーなんでしょ!」
とかインターホンぶっ壊しそうになること言い出しやがりましてね、そんなの、職場の飲み会でベロベロに酔っ払ったブスがスーパーブスになって、ゲロとか吐いてたからタクシーとオンブを駆使して送ってやったからじゃないか、とは言えず、同僚の渡辺君に聞いた、と至極無難なことを答えておきました。さすがに、僕はよく60キロの荷物を担いで移動することがあるんですけど、君はそれより重かったよ、とは口が裂けても言えなかった。
それにしてもブスの部屋の前にゴミ袋が鬼のように投げ出してありまして、部屋が汚いことで定評のある僕ですけれども、さすがにゴミくらいちゃんと捨てようやって思いました。まあ、口が裂けても言えないですけど。
「部屋にはあげられません!離れたところから見張っててください!」
インターホン越しにブスが発狂してるのがありありと分かったのですが、まあ、別に部屋に入りたいわけじゃないですし、飲み会の時に運んできてベッドに投げつけて帰ってきたわけで、その際に床に転がるロケットランチャーみたいなブラジャーとか見てますからね、今更部屋に上げれないもクソもないのですが、とにかく言われたとおりに離れた場所に車を停めて見張ることに。
ブスの話によると、毎日夜になるとサラリーマン風の男がジッと窓から見える位置で私の部屋を見つめているとのこと、それだけならワタシも我慢できたのだけど、ついには部屋の前までやってくるようになって怖くなった。ストーカーにそこまでさせてしまう自分の魅力が怖い、ってなことを、僕が手榴弾を持ってたら間違いなく部屋に投げ込むようなことを言ってましたので、怪しい人影が来ないかジッと見張ってました。何やってんだろう、僕。
しかしまあ、時給6000円貰ってもやらないってくらいブスを見張るのは嫌だったんですけど、やはり僕の名誉を守るためには仕方ないって自分で自分に言い聞かせながらやってるんですけど、やっぱり何か解せない部分があるんですよね。
で、よくよく考えると、どこの部族があのブスをストーキングするんだって考えに至るんですけど、あまりにも暇なもんですから色々と考えてるうちにストーカー行為ってそんなに悪いものなのかなって思い始めてきちゃったんです。
例えば、精神を蝕まれるほどのストーキング被害ってのは忌々しき事態ですし、決して許してはいけない卑劣なる犯行だと思うんです。もちろん、ストーカーの方にも「相手を困らせてやろう」っていう思惑があった場合、これはもう逮捕されてしかるべき行為だと思うんです。決して許してはいけない。
けれども、殺意のない殺人じゃないですけど悪意のないストーキングだったらどうですか。悪意がないほうが性質が悪い、怖いって話もあるんですけど、それ以前の状態だったら単純に好意を寄せて好きな人をバリバリ意識するくらいのもんですよ。それくらいほとんどの人がやってんじゃねえかなって思うんです。
僕が中学生の時でした。
その当時、僕は好きな子がいましてね、その好きな子の家が本屋の前にあったんですよ。そうするとね、用もなくその本屋に行くようになるじゃないですか。本買う金なんてないんですけど、立ち読みしに足繁く通うようになるじゃないですか。こう、偶然を装って彼女に会ったりして、キッスとかできるかもしれないじゃないですか。
当時はストーカーなんて言葉はなかったんですけど、これだって今考えると立派なストーカー行為ですからね。ストーカー規制法で思いっきり裁かれますよ。こんなウブでピュアな僕の恋模様がストーカーなんて言葉で片付けられるはずがない。まあ、
「気持ち悪いからあの本屋に来ないで!」
って相手に言われて僕の恋も儚く散ったわけなんですが、それでも何か負けてはいけない!って気持ちが前面に出ちゃいましてね、
「ゲヘヘヘヘ」
と自分でも気持ち悪くなるようなことを言ってました。あの子、あまりの気持ち悪さに泣いてたからね。
まあ、それからが大変でしたよ。「もうあの本屋には来ないで!」って言われたのはいいんですけど、死ぬほどの田舎町ですから、ある程度立派な本屋ってそこしかなかったんです。この本屋はレンタルビデオショップも併設していたんですけど、レンタルビデオショップもそこくらいしかなかったんです。本買いたくてフラリと行った、ビデオ借りたくてフラリといった、マンガを立ち読みしたくてフラリと行った、それだけで彼女を付け狙ったストーカーですよ。いつのまにか悪意のないストーカーですよ。
そしたら困り果てた彼女が「気持ち悪い男に付きまとわれてる」と学校でも札付きの不良に頼んだらしく、僕が件の本屋で「海の闇、月の影」っていう少女マンガを立ち読みしていたら不良がやってきましてね、そこからが修羅場ですよ。
「お前、○○さんに付きまとってるそうじゃん」
「誰も俺の愛を邪魔することはできない!」
なみいる不良どもをちぎっては投げちぎっては投げ、2人くらい骨が折れてた。その姿を見ていた彼女が素敵!とかなってですね、まあ、その、キッスとかね、まあ、それ以上もありましたけど、こう抱き合ったりね、恥ずかしがりながら2人で手を繋いでコンドームを買いに行ったりね、暗くして…とか言われましたよ、下着がかわいいやつでね、驚くほど柔肌っていうんですか、すごい良い匂いがしたね、まあ、全部嘘ですけど。普通に不良に謝って二度と本屋に近付かないことを誓わされました。マジ、不良って怖い。不良を利用するあの女が怖い。
けれどもね、確かにこの場合の僕はやりすぎ家庭教師で、僕ってば結構女性を震撼させるストーカーになる素質があるなって思うんですけど、結構多くの人が似たようなことやるじゃないですか。好きな子と偶然一緒に帰れるように時間を調節したりとか、偶然会えるように策略を立てたりとか、飲み会で隣の席になれるように頑張るとか全部そうですよ。そういうのまでストーカーストーカー囃し立てるのもいかがなものかって思うんですよ。
「もしかしたら、あのブスを思うあまりの行動かもしれない」
ブスの部屋をジッと眺め、部屋の前までやってくるというサラリーマン風の男。ブスはこいつをストーカーだと騒ぎ立ててるけど、実はそれは好きという感情の爆発なのかもしれない。それを誰がストーカーだと裁くことが出来るだろうか。
夜の闇が包み、ブスの部屋の明かりがアスファルトにこぼれる。本当にそんなブスに好意を寄せる男が存在するのだろうか、またブスの狂言なんじゃないだろうか、死ぬほど家に帰りたい、様々な想いが渦巻く中、ジッと部屋の明かりだけを見つめる。
スッと黒い影が動いた。まさか、本当に来たのか。本当にストーカーが、ブスに好意を寄せる男が来たのか。半信半疑になりながらもアパート横の道路に注目する。
確かにそこにはスーツとコートに身を包んだサラリーマン風の男が立っており、ジッと見上げる形でブスの部屋の明かりを睨んでいた。本当にストーカーがきやがった。まさか来ないだろうと思ってたら本当にきやがった。
こちらもユックリと車を降りてストーカーから見えない位置に陣取る。ストーカーはしばらくブスの部屋を眺めるとユックリとアパート入り口に向かい、ブスの部屋へと続く階段を上り始めた。
このアパートは通路が外から見えるようになっているのだけど、そこから覗いてみると確かにブスの部屋の前をウロウロしている。間違いない、確実に彼女が言っていたストーカーだ。恐ろしい、本当にあんなブスをストーキングするサムライがいたとは。
しかしながら、ここで僕は途方もない事実に気がついてしまった。ストーカーが出ると睨んで半信半疑ながらブスの部屋を見張っていた。そして、期待通りにストーカーが出てしまった。さて、僕はここでどうするつもりだったのだろうか。
まさか、「ストーカー覚悟!」と戦って成敗するつもりだったのだろうか。いくらなんでもそこまでブスに義理立てする必要はないし、そこまで正義感が強いわけでもない。むしろ、ストーカーがナイフなどを忍ばせていたらこちらが危険だ。この命を賭けるならばできれば大塚愛さんのためにとか、そういった場面でありたい。
それよりなにより、彼を断罪する意義が見出せない。これがネコの死骸を郵便ポストに入れるだとか、精子をドアノブにぶっかけるだとか、そういった嫌がらせならば困ったものだけど、家の前まで行くのはやりすぎだけど好きな人の家の近くをウロウロするのは普通にやることなんじゃないだろうか。
様々な想いが渦巻く。中学時代に好きだったあの子、立ち読みした「海の闇、月の影」、あの子の家の立派な門構え、チェーンのついた豹柄のサイフとかもっていた不良たち、ブスの家に転がっていたロケットランチャーブラジャー、様々な想いが渦巻いて気が動転してしまった僕は、
「あのすいません」
とストーカーに話しかけてました。何やってんだ僕。
「あ、はい、なんですか?」
ストーカーはストーカーとは思えないほど穏やかに礼儀正しく反応していただき、僕もそうなると困ってしまい核心に迫るじゃないですか。
「ストーカーですか?」
もう、カクシンニセマラナイデって感じで、他にアプローチの方法とかあるだろうにいきなり剛速球ですよ。そう告げるとストーカーも非常に困惑顔。
「あなたがウロウロしている部屋の女性が怯えてまして、それで張り込んでいたわけなんですが」
みたいに丁寧に説明。彼が彼女に好意を持ってストーキングしているならば、そう言った僕の身も危ないので
「いや、別に僕と彼女が良い仲とかそういうのじゃなくて、僕が彼女をストーキングしてるってあらぬ疑いをかけられて、その無実を証明するために!全然良い仲とかじゃないですから!」
と弁明することも忘れない。凶悪なストーカーと対峙するpato!もうハラハラドキドキの展開!今これを読んでる読者様の中には「やだ!patoさんどうなっちゃうの!死んじゃいや!」と泣きそうになっている女の子とかいるはずです。いないですね、普通に続きを書きます。
「いやー、私の親がこのアパートのオーナーなんですよ」
ストーカーの衝撃の一言。
「会社帰りにアパートの様子を見てるんですけど、あの部屋の女性に困ってましてね、部屋の前にゴミためたり、酔って大声だしたり、周りから苦情が来てるんですよ」
「はあ」
「それでいつか文句言ってやろうって思ってるんですけど、なかなか言えなくてですね……」
もうね、恥ずかしくて恥ずかしくてね、顔真っ赤だったわ。何が「ストーカーですか?」だ。何かとっちめてやるって少し勢い良くいった自分を心の底から恥じ入るわ。
「すいません、ゴミは捨てるように僕の方からも言っておきます……」
結局、ストーカーと好意の境界線は分かりにくい、それだけにストーカーを断罪することなど誰が出来ようかって論じてきたのに、ブスにつきまとっていたのは好意ですらなくてアパートのオーナーだったとわ。さすがに脱力するわ。
その日はそのまま帰ったのですが、次の日、朝っぱらからブスタイフーンが吹き荒れており
「昨日はストーカーでました?」
と目を爛々と輝かせて聞いてくるブスに対して「アパートのオーナーだよ」とは口が裂けても言えず。
「昨日は出なかったよ。たぶん僕が張り込んでるのバレたからだよ」
というと、ブスはなんだか残念そうな顔をしていました。それどころか、
「patoさんが張り込んでる日だけストーカーが出ない、私の家も知っていたし、もしかしてpatoさんがストーカーなんじゃないの?」
と少し上目遣いで言ってました。ホント、殺そうと思った。思いっきり殺意を抱いて、無期懲役くらいなら覚悟するんで殺そうと思った。
月の影が落ちる夜のアスファルト、何故か今夜もブスの家に張り込みに行かなければならず、絶対に出ないと分かっているストーカーを待つ僕の方が、ブスに付きまとうストーカーになっていた。