オナニー。
それを覚えたのは中学生の頃だった。それまでずっと無邪気で純真な幼少時代を過ごしていた僕にとって、オナニーとは大人への片道切符のように感じられた。それまでの人生と違う、何か特別めいたものを感じていた。
どんな国家でもどんな組織でも、そこに何かの集まりがあるのならば歴史が存在し、その歴史の変換点が存在する。前にも一度話したと思うけど、僕は、「変換点」というものはその時その時にリアルタイムで感じられるものではないと思う。あくまで、過去を振り返ってみて「ああ、あの時が変換点だったな」そう感じるものこそが本当の意味での変換点なのだ。
よく、ドラマチック性を盛り上げるために「今、歴史が変わる時!」などという煽りを目にするが、それは大いなるまやかしだ。変換点とはある意味結果ありきの究極の結果論で、過去を振り返った時にしか存在しないのだ。リアルタイムで感じられる変換点などまやかしでしかない。
今、こうして33歳となり、自分の中のチンケな歴史を振り返ってみると、やはりどうして、「オナニー」というものが決定的な変換点になっているのだ。それは単純に性器を摩擦するという行為を覚えたという意味合いでも、性的な興味が爆発するようになったという意味合いでも、異性に興味を持つようになったという色気づいた感じでもない、ただ単純に「許された」という意味合いでの変換点だった。思いのほか、僕の中でオナニーというのは重くて深い。
幼少時代の僕は、貧しく、ファミコンや自転車すらも買ってもらえないような家庭に育った。着てる服もいつも同じで、給食費すらも払うのが困難な時もあった。そんな生活を続けているうちに、子供ながらにも「僕の人生、こんなもん」という諦めにも似た気持ちが芽生え始めていたのだ。
つまり、このような貧しく何も面白くない僕の人生ってやつはこんなもんで、これから先もずっと続いていくのだろう、人生なんて上手くいかないもの、まあ、人間の生き様なんてそんなもんだ、そう考えていたのだ。
言い換えれば、僕の人生において幸福だとか、喜びだとか快感だとか、そういった喜ばしい何かがあってはならない、そう感じていた。クラスメイトたちがファミコンを買ってもらっただとか、家族旅行で遊園地に行っただとか、そういった喜びは僕の人生において許されていない、不遇の幼少時代がそう感じさせるまでに至るのは簡単なことだった。
その思いを大人になるまで引きずり、僕の人生に喜びは許可されていないから、と恋することも趣味に没頭することも、あるいは誰かを楽しませることも諦めて生きていたのなら、今頃さぞかし立派な世捨て人ができているか、もしくは既にこの世にいないかなのだろうけど、あいにく僕は存在しているし、それなりに喜びを味わっている人並みの人生だ。
それもひとえに、「オナニー」という存在が僕の人生全てを許してくれたからだ。中学時代にオナニーを覚えた時、こんなに気持ち良い行為があっていいのだろうか、と漠然とした不安を抱えてしまったのだ。
おそらく、多くの男性がオナニーを覚えた時、「こんな不埒なことをしていてはいけない」「オナニーし過ぎるとバカになるんじゃないだろうか」などと思い悩み、やっていてはいけない、それでもしたい、などと思春期の熱い思いとの間に揺れ動くオナニー欲みたいなのに翻弄された経験があるだろう。
僕もそんな思いも確かにあったのだが、それ以上に「こんな気持ち良くて喜ばしいモノが僕の人生にあっていいはずがない、許されるはずがない」とオナニーを信じられない気持でいた。
しかし、オナニーは寛容だった。僕のような人間でも、オナニーをしようと思えば少しばかり周囲に気を使うだけでオナニーをすることができる。何度となく喜ばしい気持ちになれるのだ。
僕は許された。
幸福なんてあってはいけない、きっと人生なんてうまくいかないものだと思っていた。喜ばしく輝かしい出来事があるなんて許されないと思っていた。けれども、オナニーはそれを許してくれたのだ。なんとも救われた気持ちになり、サッカー選手がゴールを決めた時みたいに天に祈ったものだった。
そうやって中学時代にオナニーを覚えて以来、おそらく人一倍、いや人八倍はオナニーをしてきたように思う。33歳になるこの日まで休むことなく、一日に何度も、いつだったかは世界記録に挑戦して一日に37回したくらい。こうして爆裂オナニー人生をばく進中の僕なのだけど、一つの疑問というか、願いというか、ある種の不安の芽みたいなものが少しばかり地表に顔を覗かせるようになったのだ。
それが夢精だ。夢精というのは読んで字のごとく、夢の中で精が出てしまうというもので、女性の方にはあまりピンとこないかもしれないが、男性、特に思春期な男の子に稀にある生理現象だ。まあ、このNumeriを大橋のぞみちゃんみたいな純粋な子が読んでて「ムセーってなあに?」とかキョトンと聞かれちゃったりするといけないので簡単に説明すると、まあ、僕ら男ってのは日々精子ってヤツが製造されているわけで、それをまあ、性行為なりオナニーやらで定期的に排出するようにできている。
しかし、思春期などに爆発的に製造されたり、性行為もオナニーもせずに排出しないでいると、タンクがいっぱいになってしまい、寝てる間にデロデロデローとでてしまうことがあるのです。これがいわゆる夢精というやつで、一説によると最高級の快楽らしいのです。
なんでも、やっぱ寝てる間にタンクがいっぱいになって出ちゃうっていっても、それはオシッコが漏れたりウンコが漏れたりみたいな機械的な排出ではなく、やはりこう、性的興奮を伴って排出されるらしく、多くの場合が物凄くエロい夢を見て排出されるらしいのです。
僕ら戦士が想像などを駆使してオナニーする場合、やはり限界があっていくら想像力逞しくともそれは仮想であると心のどこかで諦めてしまっています。けれども、夢精は違って、夢の中で起こってる出来事は、その時点、その個人においては完全に現実なのです。結果、オナニーや性行為では得られれない極上の快楽が身を襲うようです。
ここで、夢精を体験した若者の話を聞いてみましょう。
「いやー、ビックリしましたね、憧れのアイドルが出てきて、何故か告白されちゃってね、まあエッチなことしたんですよ。けっこう清純派アイドルなのに、あっちの方が意外と凄くて、いやー幸せだったな。朝起きたらパンツがビッショリで驚いちゃいました(笑)」
(笑)じゃねえよ、と憤りたくなるのですが、やはり夢精というものはものすごいらしく、憧れのアイドルが出てきたりするみたいです。僕らも普通のオナニーでそういった想像はしがちですが、それはやはりバーチャルな行為、驚くべきは、その時、彼の中ではそれが完全に現実だ、という部分にあります。そこに夢精の素晴らしさがあるのでしょう。
次に別の知人の夢精体験談を聞いてみましょう。
「いやーやっちゃいました(笑)ずっと片思いだった女の子が出てきましてね、けっこうイチャイチャした後にいよいよするぞーって時に暴発、目が覚めちゃいました。家族に内緒で真夜中にパンツ洗いましたよ」
なるほど、こちらは片思い中の女性が出てきて、いよいよというとこで暴発してしまったようです。どうも夢精ってのはその人の本質というか、その人が最上級と位置付ける性的欲求が如実に表れるようです。おまけに皆が夢精体験談を語る時には(笑)をつける傾向にあり、少し気恥ずかしくもあり、それでも嬉しい、みたいな感情の揺さぶりが感じ取れます。
最後に友人の西川君の体験談を聞いてみましょう。
「会社の食堂で味噌汁飲んでる夢見たら夢精してた」
狂ってる。狂い咲きに近いほどに狂ってる。なんで味噌汁で性的興奮を得るのか皆目わかりませんが、たぶんそれが彼の性的欲求の到達点なのでしょう。(笑)などをつけない実に堂々たる振る舞い。こりゃアッパレだな、と大沢親分が出てきそうな勢いです。
とまあ、様々な夢精体験談を聞くに、やはり夢精ってのはオナニー以上の快楽で、その人にとっては極上の興奮と快楽を約束してくれる、なんとも素敵な物みたいなのです。
しかしながら、こんなにも素敵な夢精なんですけど、恥ずかしながら僕にはその経験がないのです。そりゃあ、オナニー覚えてから日に8回とかムチャクチャしてますからね、ご飯って1日三食なんですけど、それより多いんだからそりゃもう異常と言わざるを得ない。でまあ、当然ながら夢精ってのはあくまでタンクがいっぱいになって排出されるものですから、そんなに強烈にやってたら貯まるもんも貯まらない。結果、この年まで経験することなく過ごしてしまったんです。
僕はね、自分で気づいてますよ。明らかに一般の男性に比べてオナニーの回数が多い。オナニーの世界記録も持っている。言うなれば少しばかり「俺はオナニーに関しては人とはちょっと違うよ」という自負がなかったといえばウソになります。けれども、そんなオナニーキングたる僕が、実は夢精をしたことない。これって結構恥ずかしいことで、サッカーの神様ことキングカズが実はオフサイドのルールを良く分かってないみたいなもんじゃないかと思うんです。
というわけで、これじゃあイカン、ということで33歳にして夢精に挑戦すべく、オナニーを全くしない禁オナニー生活を行ってみました。その模様をどうぞ。
1日目
たいした苦しみはない。家にいてふと時間が空くとまるで習慣のごとくオナニーに手を出しそうになるが、「危ない危ない」と逃亡中だった福田和子容疑者のように独り言を呟くことを何度か繰り返す。夜寝ていても夢精はもちろん、エロい夢も見なかった。
2日目
非常に危ない状態に陥る。家にあるエロ本を無意識のうちに手にしていることが何度かある。自分の中でのオナニー欲の高まりというか昂りを感じずにはいられない。あまりにも危険なので、部屋に散乱していたエロ本を押し入れの奥深くに封印する。ついでに光子がエロいので漫画版のバトルロワイヤルの単行本も封印するその夜もエロい夢は見なかったが、夢の中に母さんが出てきて「がんばりなさい」と言ってくれた。
3日目
エロ本を封印したことにより新たな弊害が巻き起こった。パソコンを触るとすぐにでもユアナントカホストとかいうエロい動画に繋ごうとする。これじゃあイカンということで「お気に入り」から削除したのだけど、Yahooで検索してまで行こうとする始末。危なっかしくて見ちゃいられないのでルーターを封印してインターネットに繋げなくした。夢は普通に魔術師と殺し合う夢見た。
4日目
ネットもできず、ボーっとテレビを見ていると、今度はエロDVD(以前にamazonなどで購入したもの)を再生しようとするから恐ろしい。プレステ3にDVDをセットしようとしていてハッと我に帰るから完全に意識がないのだと思う。これも危険なのでエロDVDを封印する。ついでにエロDVDライブラリの中にあった、ダムの放水を延々と映しているだけの、なんでこんなもの購入したのか全然わからないDVDもついでに封印した。僕はすぐにDVDのパッケージをベロベロにして捨ててしまうので、全てのDVDをメディアだけの状態で剥き出しで封印。これはエロ本と違ってかなり省スペースだった。その夜の夢は日本のお金が紙幣価値が失われてしまい、新たに僕の体毛が紙幣として流通する夢だった。
5日目
非常に危険な状態である。エロ本もネットもDVDも、全てのエロメディアを封印したが、ここまで貯め込んだものが凄まじいらしくAKBという単語を聞いただけで、一人の男優を沢山の女優が取り囲んでエロいことをするハーレム系のエロビデオを思い出してしまいビンラディンになってしまう状態。これは夢精も近いと期待で胸が躍る。その夜見た夢は忘れた。
6日目~8日目
目立った変化なし。ただ、どんどん性に関して鋭敏になっている自分がいる。夢精はなし。
9日目
変化はないが、少しだけエロい夢を見る。僕が近くのパチンコ屋でパチンコを打っていたらゲリラが突入してきてあっという間に店を占拠される夢で、こういった夢を見る場合、たいてい僕はゲリラに動じることなく「CR倖田來未LIVE IN HALL」を打っていて、怒ったゲリラが「テメー!」とか襲いかかってくるのをパチンコ玉一つで応戦、あっという間にゲリラを倒し、涼しい顔でまたCR倖田來未を打つ、人質になっていた美人の女店員が「素敵」となるのがパターンなのだけど、この日の夢はゲリラに占拠されて人質になった女店員がゲリラにエロい事されるのを物陰からジッと見ていた。夢がエロくなってきた傾向はあるが、夢精には至らず。
10日目
かゆ うま
11日目
もう限界だ。苦しいだけで全然夢精に至らない。僕はもう夢精を諦めた。もう無理なのだ。土台、僕に夢精なんて極上の快楽が許されているわけがない。そう、僕は許されていないのだ。オナニーで感じたアレもまやかしの許しに過ぎず、やはり僕の人生には喜びなど許されていないのだ。僕はもうオナニーをする、二度と夢精など夢見ることはないだろう。
僕はエロDVDの封印を解き、たくさんある円盤のようなDVDの束から適当に手にとりバタバタとおぼつかない足取りでプレステ3にセットした。もう僕はやれることはやった。10日も我慢すれば十分だろう。もういいいんだ、夢精できなくたっていいんだ。ふと、頭の中で声がした。
「あなたはよく頑張ったわ、我慢しなくていいのよ」
母さん!
「いやいや、夢精なんてそんないいものじゃないよパンツ汚れるし(笑)もう我慢せずにやっちゃえやっちゃえ!」
友人たち!
「君は昔から堪え性のない子だった。でもな、それだから君は素敵なんだよ、恥じることはない、やってしまいなさい」
恩師の先生!
「味噌汁飲んでたら夢精した」
西川君!
これまでの僕の人生を取り巻く皆の声が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。夢精できなくってもいい、もし神というものが僕の人生において快楽を許しているのならば、そんな許しなどいらない。何故なら僕はこんなにも多くの人たちに許されているのだから。
「母さん、先生、西川君、僕、やるよ」
10日間我慢させたブツは既に限界だった。おそらく、すぐにその貯蔵物を吐き出し、朽ち果てることは容易に想像できた。おそらくこれはオナニーなんてものにはならないだろう、たぶんDVDが画面に映し出されたらすぐにでも果ててしまうだろう、いや、もう観なくても出てしまいそうだ。それでも、勝手に出てしまうより、せめて少しでもエロい画面を見てから出したい。そんな思いが、遅いプレステ3の起動をさらにノンビリなものに感じさせた。
やばい、だめだ、出てしまう、ああ、でも画面も映りそうだ。はやくきてくれ!はやく!はやく!
パッと画面が切り替わる。
きたぞ!きた!本気でやばい!もう出る!ああああああああああ!
「これが黒部ダムの放水です、ゴゴゴゴゴゴ」
だあああああああああ、これDVDが違うじゃねえかああああああああ!
と思った時には時既に遅く、なんかぶっ壊れた蛇口みたいにデロロロロロロロロとなってました。画面からはダムから勢いよく水が放水され、僕の下半身からもなんか放水されてた。本気で全身の力が抜けた。せめてエロいDVDを観て朽ち果てたかった。
こうして僕の夢精チャレンジは儚い結果となり、人の夢と書いて儚い、まさにその通りだね、と自分を慰めることしかできませんでした。まさか10日も我慢してダムの放流で朽ち果てるとは思わなかった。
僕らはどんなに不遇な人生であっても、大抵の人が何かの幸福を許されている。それがオナニーであったり恋であったり、家族であったり人それぞれ、それを甘んじて受け入れ許されていると感じることこそ幸福に生きる秘訣なのではないだろうか。
夢精にチャレンジして華々しく散り、ダムの放流で果てた僕であったが、そんな不幸な事件があっても、それは「ダムで抜くことを許された」と受け入れなければいけないのだ。思い返してみると、この不幸な事件が明らかに転換点であり、僕はダムで抜くという新しい分野を開拓した。それから何度かやっているが、なかなか、ダムの放流もエロい。けっこう艶めかしい。
やはり許されたのだ、と感じつつ、今日もダムの放流でオナニーする僕。味噌汁でやる日も近いのかもしれない。