整理してたら懐かしい物が発掘されました。

恐らく1999年から2005年前後?のアップルの製品カタログですね。当時このような名刺サイズ調のデザインでカタログが作られた物がありそれらを収集してました。

で裏側になります。

左はPowerBookG3通称「Pismo」で右はiBooKですね。

PismoモデルはPowerBookG3モデルで最初で最後の集大成のモデルでした。コレ一台でPowerBookG3を語れると思います。

iBookはクラムシェル型の筐体デザインで12インチモデルでしたね。なんと言ってもこのデザインでデザイン有りきで性能は二の次的?な感じでした。でも性能もそこそこですかね?

子供が使う分にはよく出来た製品だと思います。

左はデザインが変更されたiBookと、通称チタニウムモデルG4。

この薄さを見せる写真の魅せ方が美味いですね。

元祖iMacから最終モデルデザインである、

左がグラファイトカラーとスノーカラーですね。

今見ても色褪せないデザインと思いますね。

普通に店先に置かれても様になるパソコンはアップルだけです。

この一体型モデルデザインでは、この写真の2種類が最初で最後の高性能モデルなので、どちらか一台でアップル・コンピュータの一体型モデルは完成されてるのでコレクター向けですかね。

一見すると「電気スタンド」な製品も有りましたね。

これもちゃんとしたディスプレイ一体型iMacですからね。

コレ以降ののiMacは液晶一体型なので一見して液晶ディスプレイに見えるタイプとまあ普通のデザインになった感じですね。

こうした奇抜なデザインがある種マッキントッシュだっただけに少し残念感があります。

右川のiPodも今の世代では「?」でしょう。

確かこれ初代か2代目の製品で、

中央のホイール回して真ん中のボタンで決定だったと思います。

物理ボタン満載な時代ですからねwww。

このディスプレイや当時揶揄され続けた「ポリタンク」タイプの通称クイックシルバーG4ですね。

これ以降はアルミボディーのG5デザインになります。

いわゆる「Mac OS9.2.2」が「単独起動」で使えるものが、クイックシルバーG4で最後になったモデルでもあります。当時はまだMac OS Xのソフトも充実しておらず、DTP系やグラフィック系企業もMac OS9のソフト資産が多かった関係で、このクイックシルバーのG4が重宝されて、中古市場でもMac OS9付きやMac OS9が唯一単独動作するパソコンとして高値で取引された時代が有りました。

このように開くことで製品の詳細が解る仕掛けです。

日本の「折り紙」から発想得てなんですかね?

こんな感じで結構凝った作りでした。

 

まだiPhoneが生まれる遥か以前の製品です。

この時代の製品群、またはコレ以前の時代が

私は個人的に好きですね。

まだ「アップル・コンピュータ」の時代ですね。

デザインも奇抜で紆余曲折、試行錯誤、あらゆるアイデア駆使してアップルの存在意義・存在価値を維持してた時代が、会社としては必死なんですが、傍から見ると生き生きしてた感じで何時も期待してましたからね。それもこれレもスティーブ・ジョブズの存在が多きく、まあ性格は最悪で誰からも嫌われてたけど、何故か憎めないと言うか?今では偉人の一人ですね。

まさか数十年後、パソコン業界のみならず、世界ナンバーワン企業に成長するとは、当時としては恐らくスティーブ・ジョブズ以外誰も信じて無かったでしょうね。

ブログで取り上げる為に、

ノースフェイス率がどうして高くなりがちなんですが、

それだけブランド率が高い証拠でもあるんですね。

それだけでなく、性能も機能も十分優れてるのも事実ですけど。

そんなノースフェイスのナイロンパンツ、

数年前に古着屋さんで、新品で1000円で売られていました。

タグも付属してたので、正式な製品名は「MTN EASY PANT」、

色は「フォッシルアイボリー」と言うそうです。

恐らくデザインからして90年代頃だと思います。

 

今の主流はポリウレタンパンツ系の伸びるスマートタイプですが、

見ての通りそれ以前のモデルになります。

しかも今では珍しい6ポケパンツなんですね。

かなりの薄手で冬山以外の3シーズン向けだと思います。

膝部分の写真ですが、この部分はオープンになっており、この裏部分がメッシュ地で通気性を確保しています。

生地自体も汗のベタつきを防止された構造だったり、

速乾性も高いので、この辺はやはり考えられてると思います。

色もベージュなので、夏の日差し等も和らげると思います。

左右にカーゴポケットあるので、薄手のグローブだったり、小型タオル等の小物が収納出来ます。こうしたカーゴパンツは構造上大きめの作りだったり、ダボダボの軍パン系が想像されますが、こちらはちゃんとアウトドアパンツとしてスマートに作られてます。

裾口はドローコードで窄められるので、ブーツに直に、或いはゲイターの上に被せてパンツと一体化させたり、又或いは太腿や膝付近までたくし上げてドローコードで窄める事で「7部丈パンツ」にも出来る工夫も、今時のポリウレタンパンツに無い昔の試行錯誤された感じが見て取れます。

ウエストはゴムとナイロンベルトなのでベルトは不要です。

ポケットも全てメッシュ地で速乾性もあります。

紙タグです。

こう見ると様々な素材が使われてるのが解ります。

今は各社独自素材で服飾されてる製品が大半なので、

こうした他社製品の素材の力を借りて組み合わせたのもは、

昨今あまり見かけないですね。

そうそう「tekware」シリーズですね、

90年代の頃のノースフェイスのウェア素材の総じてこう呼ばれていました。

 

これだけの最先端素材?ですから、

特に活躍したのが夏場ですね。

この速乾性は大変素晴らしいです。

昨今の細身のウレタンパンツ系も素晴らしいですが、

この時代のアウトドアパンツも考えられてると改めて思います。

まあ流石に一流メーカーばかりゴロゴロ転がってるわけも無いですので、若干グレード?が下がるブランド?のジャケットも程度と状態、珍しいデザインとして幾つか買いました。

 

AOKIのセカンドブランド「オリヒカ」のネイビージャケットです。

本体に当たる「洋服の青木」が、ベーシック路線の中高年向けであれば、その逆、若年層以下を対照したブランドがオリヒカだと思います。若者向けとあって値段もAOKIに比べお手頃だったり、某ショッピングモール系に出店が多いので、目にする機会があると思います。そんなオリヒカのジャケットですね。

 

デザインは基本のフロント2ボタンの背抜き仕立てです。

春夏向けのジャケットになります。

細かい部分で刺繍の色変えたり、胸ポケットの裏地を外側に出すことでチーフの演出も出来ます。

このジャケットの魅力はこの「色」だと思いますね。

インディゴブルーと言いますか?デニムカラーと言いますか?

比較的合わせ易いカラーリングですね。

勿論おなじみの「洗えるジャケット」ですね。

実際に押し洗で洗濯しましたが、当たり前ですが色落ちもせず、

ちゃんと洗濯出来ましたし、その後のスチームアイロンでのシワ伸ばし形成も問題無く行えます。

 

まあ100円ですからね。

ある意味激安ジャケットなんで、変な話、

一流ブランド品で無く、かと言って質が悪い3流品?で無い限り、

こうしたジャケットは何枚あっても困らないと思います。

これまた掘り出し物として前回と一緒に購入したものです。

ド定番中の定番であるJ.Pressの紺ブレザーになります。

色はネイビーで素材は80%ウール20%ナイロンで、かなり薄手の生地なので春夏向けのサージ生地だと思います。

段返りの3ボタンの背抜き仕立て、センターベントになります。

 

この時は複数紺ブレザーあったんですが、ノンブランドだったりサイズが合わないとか、ポケットの破損等ダメージが多かったものばかりで、これもそんな類では?って思いきや、前回同様奇跡的にノーダメージしかもサイズもピッタリでした。

素晴らしいコンディション状態でしたね。

裏地に「PRESSCLUSIVE」とあったので、家に帰り調べると、

この「J.PRESS PRESSCLUSIVE」シリーズはオーダーメイド製品に付けられるタイトルらしく、一般のお店で販売されず、直営店等でオーダーメイドする形として販売されたジャケットのようです。

なので、このモデルは必然的に数が少ないのはもちろん、オーダーメイド品故に素材からデザインまで変更されてる希少品だと思います。

 

通常紺ブレザーは着回しが優れており、着倒されるのが関の山だと思いますので、前オーナーは大事に着ていたかも知れませんね。

恐らく今一番日本で話題の話に乗りたいと思います。

新元号に付いてです。

 

みなさんもご存知のように、本来、元号の改元は一世代の天皇陛下が「崩御」された後、直ちに元号の選定が行なわれ、数日後に新元号を公表され、直ちに改元されるという流れで、当時昭和天皇の崩御の後に「昭和」から「平成」と改元された流れが記憶に新しいと思います。

ちなみこの時の流れでは僅か「8時間」で新元号が平成に決まりました。何でも事前に数種類の元号案が既に決められており、このときは「平成」「修文」「正化」でした。

 

しかし現天皇陛下が「生前退位」の意向を示されたことで、

今日まで天皇陛下の崩御を持ってして行われて来た改元の慣例を変更し、天皇陛下の退位を持って改元を行う運びになった、その元号の発表が本日になったわけですね。

 

そして本日、11時40分頃に来月5月1日に改元を迎える為の、

新元号の発表がありました。

 

たまたま某ショッピングセンターに居たので、時間を見て某家電量販店に行ったところ、

早速数十人ぐらいのお客さんが集まって居ました。

文字通り「老若男女」おりました。

で、ついにこの瞬間が訪れました。

 

「令和」・「レイワ」 となりました。

 

その時の瞬間、周りの様子は、

 

特段声も上がらず淡々と受け止めた感じでした。

 

それもそのはずで、基本的に元号は中国の古典から借用されるのが慣例なので、発表されてもピンと来ないし誰も知らないのが、ある意味正しい認識なんですね。

今回は史上初の日本の古典「万葉集」から、

大伴旅人作、

桜花の歌三二首、

 

天平二年(西暦730年)正月一三日に師の老に宅に集まりて、宴会を申きき。

 

「初春の令月にして、気淑(よ)く風和らぎ、

梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫らす」

 

の歌を歌われたとありました。

この中の「令」と「和」の部分を合わせたものになりました。

 

私の感想ですが、

最初は「うん?」って感じでしたが、平成の時も同じ感じでしたね。

 

私の中の元号は日常に溶け込むような、付かず離れず

日本国民の心の中に深く静かに生き続ける、そんな感じなので、

平常心で受け入れられました。

 

今月の4月30日を持って「平成」が終わりを告げ、

来月の5月1日からこの「令和元年」として、

日本の歴史が新しく動き出します。

 

 

追記

 

翌日の2日に政府が他の元号案を公表しないと公言したはずが、

なんと表沙汰になってしまいました。

他の候補案は、

「英弘」「久化」「広至」「万和」「万保」の5案だそうです。

 

とあるリサイクルショップの洋服コーナーで100円均一ジャケットが開催?されてたので、まあよくある売れ残りや訳ありパターンでの類と思いながらも幾つか物色してたら、なんと紛れてるもんですね。

なんと「J.Press」のテーラードジャケットです。

勿論オンワード樫山製造です。

色はブラックで素材はウール55%のナイロン45%なので、

軽量で速乾性も兼ね揃え、比較的暑い季節でも対応出来ると思います。

デザインは2ボタンのサイドベント仕様の背抜き仕立です。

サイズも丁度でした。

肝心の状態ですが、流石に100円ですからねー。

幾らブランド物でも酷いかと思いきやなんと!!

すこぶる良くて、破れもカスレもシミ等も無く、

この状態なら普通に数万円で、

販売してもおかしくないぐらい状態は良かったです。

びっくりしましたね。これ本当に100円で良いのかと・・・。

ただこれはあくまで偶然の産物でして、他のジャケット類は所謂ディスカウントショップ製や格安スーツ店製、ファストファッション製だったりがやはり大半だったので、本当の意味での掘り出し物でしたね。

昨日行われたマリナーズ戦の8回裏にて、

イチロー選手に対してセレモニーが行われました。

恐らくファンも視聴者も「日本での開幕戦メジャーリーグ復帰おめでとう。」的な感じにしか見えなかった?(私だけかも?)かと思いますが、試合終了後にこれが最後の試合だったと思うと只々感慨深いものでした。

ただここ数年のイチロー選手の立ち位置的なことを現実的に考え厳しい事は承知の上だったので・・・。

 

ついにこの時が来てしまった、イチロー選手が引退されました。

 

世界でもニュースになりました。

 

 引用開始  -----------------------------------------

Copyright © 2019 ABC, Inc., KGO-TV San Francisco. All Rights Reserved. より引用

Copyright © 2019 BBC. The BBC is not responsible for the content of external sites. より引用

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アメリカとイギリスからですが、

それだけの選手だったと改めて凄いと思います。

 

日本での開幕戦スタメンで出場し、そのまま引退試合になるなんて、誰も予想すら出来て居なかったでしょうね。

特に東京ドームに来たお客さんや視聴者の皆さん等全て野球ファン達が、今季最初で最後のイチロー選手の有志の見納めになった訳ですからね。

 

まずは26年間の野球人生に、ご苦労様とお疲れ様でした。

 

これまで数々の偉業、伝説を残されたと思います。

 

今はとにかくゆっくり静養されて、何時の日か、

プロ野球を始め、他のスポーツや他の分野で第二の人生

を謳歌してください。本当にご苦労様でした。

歌手で俳優の内田裕也さんが、

17日午前5時33分、

肺炎のため東京都内の病院で死去されました。

享年79歳との事でした。

 

本日の突然の訃報に只々驚きでしたね。

私はもちろん内田裕也さんの活躍をリアルタイムで見た世代では無く、それこそ過去の歴史映像だったり映画だったりYouTube等の動画配信サイト等でお見かけした程度ですが、あの「異様な」と言いますか?「異彩を放つ」と言いますか?とにかく一度見たら忘れられない「トラウマ」的破天荒は人生観が見て凄く好きでしたね。

 

特に映画でも怪演ぶりは圧巻です。

所謂「内田裕也3部作」と個人的に命名してます、

 

「コミック雑誌なんか要らない」滝田洋二郎監督

「十階のモスキート」崔洋一監督

「水のないプール」岩松孝二監督

 

この3つの作品全て主演であり、どれも最高傑作だと思いますし、

監督も後に有名になるなど、ある意味「人徳」も兼ね備えた稀有な存在だと思いますね。

もちろん他の作品、例えば「戦場のメリークリスマス」や、「魚からダイオキシン」(こちらも主役ですが、あえて3部作に入れてません。)座頭市(勝新太郎版)等も申し分ない演技でした。

マルチな才能をお持ちであるように、バラエティー番組もこなせる器用な方だと思えば、突然東京都知事選挙に立候補し、あの伝説となった、NHKの政見放送での度肝を抜いた「Power to the peapie」を即興で歌い出す「神演出?」は、お気に入りでした。

ただ正直ですね、本来?本業?である「歌手・内田裕也」として見るとですね・・・、私の興味を引き立てるものは・・・ですね。

まあ味があるとは思います。

 

只々残念ですね。

昨年奥様の樹木希林さんも亡くされ、意気消沈の最中、

ご自身も病気と戦いながらの最後だったと思うととても残念に思います。

ご冥福をお祈りします。

 

強のグーグルのトップ画面が、

でした。

 

画像のアイコンでなんとなくイメージ付くかと思いますが、

今日では電気ガス水道と並ぶインフラと言ってもいい「インターネット」をより身近に使いやすくした機能が、

「ワールド・ワイド・ウェブ」通称「WWW」が誕生した日と言うわけですね。

詳しくはWikiで細かく記載されてるので省きますが、インターネットには完全不可欠なコアな部分になるので、凄い発明だと思いますね。

月日が流れるのは、あっと言う間の人も居れば、

辛く長いと思われる人も居られると思います。

 

東北地方太平洋沖地震で犠牲になられた方々には、

哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り致します。

 

思い起こせば8年前のこの日は、ちょうど私は自転車で駅前に出かけてタクシー乗り場の道路を横断中に地震に遭遇しました。

あまりの大きな揺れだったので、直ぐに自転車から降りて、屈んでいました。その後2.3日は平衡感覚が狂ってしまい、体が揺れてる感じが続きましたね。そこまでの地震は生まれてこの方経験無かったです。

私の場合は、関東圏での出来事なので、震度5強の強い揺れを感じた程度でした。もちろん街中はパニックになり、電車も止まりと大混乱でした。

しかし、当方地方の甚大なる被害に比べれば、関東圏の被害は全然大したこと無いと思う他無いと思います。それだけの未曾有の出来事が東北地方を襲ったわけですからね。

特にリラルタイム映像で見た、津波の狂気は尋常でなく、理屈でなく、恐怖以外の何物でもない得体の知れない何かを感じました。

 

津波の犠牲者は地震発生当時数万人に上り、8年たった今でも2000人強の人々が行方不明となって、警察や消防隊、自衛隊が懸命な捜索が続けられています。

 

また福島での原発事故にも触れざるを得ません。

未だに復旧の目処すら立たず、ただ時間が過ぎさることで、事故自体を風化させようとする政府や東電の対応には失望しかありません。幾ら時間が過ぎようとも、事態が何ら変わらず好転もしません。誰かが対処しない限り、何時までもこのままです。

その結果、福島の人々は止む無く故郷を捨てるが如く県外での避難生活を未だに余儀なくされています。

 

今年は天皇陛下が退位され、代替わりされ、新たしい元号の元で始まりますが、時代が変わろうとも、東北地方太平洋沖地震の記憶は何時までも変わらず残り、語り継がれますので、私としては祈りを捧げることしか出来ませんが、一刻も早く復旧・復興されることを願います。