オイディプスとスフィンクス
「1つの声を持ち、2つ足にして、また4つ足にして、また3つ足なるものが、この地上にいる。地を這い、空を飛び、海中を泳ぐものどものうち、これほど姿・背丈を変えるものはない。これが最も多くの足で支えられて歩く時に、その肢体の力は最も弱く、その速さは最も遅い。」
コリントス王の息子オイディプスは、デルポイの神殿で「故郷に帰れば父を殺し母を妻とする」という神託を受ける。彼は、この神託から逃れるべく、国に戻らず旅に出る。その途中の道で権高な老人の一行と諍いとなり、勢い余って老人を殺してしまう。
放浪のオイディプスがテーバイの町に差し掛かろうとしていた頃、テーバイの町は混乱のさなかにあった。近くの丘に怪物が住み着き、通りかかる旅人に謎をかけては、答えられない者を次々と餌食にしていた。国王不在の状態が続いていたテーバイの町はこの怪物”スフィンクス”を退治した者を国王にするという触れを出していた。
オイディプスはスフィンクスと対峙する。そしてスフィンクスの謎に自らを指さしながらこう答える。
「それは、人間だ。」
赤子の人間は四つん這いだが、やがて二足で歩き回り、老人になったときに杖をつく。これがオイディプスの考えだった。謎を解かれたスフィンクスは丘の上から身を投げる。
Gustave Moreau "Oedipus and the Sphinx" (from Wikimedia)
オイディプスはテーバイの王位に就く。前王の妃イオカステを妻とし、やがて、イオカステとの間に4人の子供をもうける。 ...しかし、彼の統治の元にあるテーバイの町に疫病が流行り出す。神託によれば、その原因は、前王ライオスの殺害犯がこの町にいることだという。オイディプスは、その犯人を捜し始める。
...そして、オイディプスは全てを知ることになる。
かつて、テーバイ王ライオスと妃イオカステとの間に一人の王子が誕生した。しかし、それは許されざる交わりの結果であった。 「生まれてくる子は父親を殺し、母親を妻とする」...。ライオスとイオカステは、赤子の足をピンで刺し、テーバイとコリントスの国境に捨てた。しかし、幸いにも赤子はコリントスの羊飼いに拾われ、子供に恵まれなかったコリントス王の子供として育てられることになった。この赤子はその足の傷にちなんで「オイディプス」(腫れ足)と名付けられた。
オイディプスが旅の途中で出会って殺した老人こそが彼の実父ライオスであり、そして妻として子供をもうけたイオカステがオイディプスの実母であった。「父を殺し、母と交わる」という呪われた宿命を避けるための試みが、逆にその宿命を形作ってきたのだった。
真実を知ったイオカステは自らの命を絶ち、オイディプスは己の両の眼を刺す。
かつて両足に傷を負った赤子は、いまや盲目となり杖にすがって歩く身となる。「2つ足にして、また4つ足にして、また3つ足なるもの」。それはオイディプス自身であった。それがスフィンクスの謎の真の答えだった。
だが、オイディプスがスフィンクスに答えたときに本当に己の運命を知っていたとしたら、その後の物語は成立しない。オイディプスの答えは「人間一般」を意味していた。しかし、スフィンクスは、オイディプスが「自分」だと答えたものと誤解した。およそ考えられる限りの悲惨な運命を己のものと知りつつ、動揺の素振りすら示さない人間の存在にスフィンクスは衝撃を受け、自らを滅することを選んだのだ。仮に、スフィンクスという存在が、自己の真の姿も知らず見えない未来に自らを投げ込む他は生きる術のない人間存在の有様を啓示する事をその本質としているとするなら、スフィンクスにとって自らの存在意義そのものが否定されたことになると言える。そして、スフィンクスとて、自らの運命に関しては人間と同等の存在なのだ。
スフィンクスが畏れた存在。かつてギリシャ文献学者として自らのキャリアを始めたあの哲学者なら、それを「超人」と呼ぶかもしれない。あるいは、これは素人の空想にすぎないが、彼、ニーチェの超人思想の成立に、このギリシャ神話がひそかに影響を及ぼした可能性もあるかもしれない。
(2004-08-29 旧ホームページの日記から)
YouTube:
リヒャルト・シュトラウス:『ツァラトゥストラかく語りき』序奏「夜明け」
R. Strauss: Also sprach Zarathustra, Op. 30: I. Prelude. Sonnenaufgang
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もう消えてしまった昔のホームページの文章をサルベージしたので、これにスフィンクス関連の画像をあわせてみる。昔は仕事に追われながら、メンタルバランスをとるようにこんな文章を書いていた…と言えば格好良いが、試験前日の学生が関係の無い小説本をつい読み耽ってしまうようなものだ。
ギリシャ紀行からスーニオ岬のポセイドン神殿。
咆吼するスフィンクスのような崖の岩。
アテネの国立考古学博物館のスフィンクス。
書斎の白い棚の最上段:山本六三「スフィンクス」(印刷物)。
山本六三「女とスフィンクス」(銅版画)。
山本六三の盟友アルフォンス・イノウエが山本のために制作した蔵書票(銅版画)。








