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ニュートンに消された万能の天才の化石論

バート・フック -「イングランドのレオナルド」あるいは「ニュートンに消された男」- のはなし。

 

30年以上前になるが、『栄光なき天才たち』と題されたノンフィクション漫画のシリーズが「週刊ヤングジャンプ」に連載された。画期的な偉業を成し遂げながらも、不遇の人生を送った「栄光なき」天才たちを描いた漫画シリーズで、特に初期の理数系の天才達を描いたものが気に入って単行本を買い求めていた。

 

 

もし、仮にこれから新たなシリーズを始めるとするなら、例えばアラン・チューリングは外せないし、ロザリンド・フランクリン、アルフレッド・ラッセル・ウォレスあたりも相応しい。そして、アイザック・ニュートンの敵役として300年以上も貶められてきたロバート・フックこそ是非とも描かれるべき人物だろう。

 

私も、ロバート・フックに関しては、「ミクログラフィア」の著者でセル(細胞)の名付け親…程度の知識しか無く、ばねの伸縮に関する「フックの法則」の発見者と同一人物だとすら認識していなかった。さらに、古生物学研究が花開くメアリー・アニングの時代の一世紀も前の先駆者だったとは…。

 

 

(中島英人:『ニュートンに消された男 ロバート・フック』(角川ソフィア文庫,2018)

 

 

じつは、ロバート・フックの肖像画は残されていない。

フックの死後にロイヤル・ソサエティ(英国王立協会)の会長となったニュートンが、協会の移転を強行した。そのどさくさに紛れて、フックが製作した多くの装置類や資料が破棄され、さらには唯一の肖像画までもが紛失してしまった。このような、フックの存在を歴史から消し去ろうとするかのような行為については、当然ながらニュートンの関与が疑われている。

 

20世紀になって何人かの研究者によってフックの業績が発掘され、再評価されるようになった。

下掲のフックの肖像画は、歴史画家のリタ・グリアが描いたもので、彼女は2003年に自身が始めたロバート・フック・プロジェクトの一環として、フックの生涯を何枚かの絵に描いていった(Wikimedia)。

 

エンジニアとしてのロバート・フック。

"Robert Hooke, Engineer". Oil on board by Rita Greer 2009.

 

この絵では、万能の天才フックのエンジニアとしての側面が描かれている。フックの前面には、光学レンズ、ばね、ユニバーサルジョイント、ぜんまいばねを使った懐中時計が置かれている。また、フックが両手に持っているのは鎖で、これはカテナリー曲線(懸垂線)を表している(彼は、この曲線を上下反転することで建築物のアーチ形状が得られることを見いだした)。さらに、彼の背後には、ホイール・バロメータ(気圧計)、顕微鏡、アンモナイトの化石、そして「ミクログラフィア」のページが描かれている。いずれもフックの業績に関わる物だ。

 

和訳されたミクログラフィアの抜粋版。

(ロバート・フック(著),永田英治・板倉聖宣 (訳):『ミクログラフィア図版集 微小世界図説』( 仮説社,1997)

 

 

図版で最も有名なのは、ノミの拡大図だろう。

 

同様にシラミの図も掲載されているが、これらの図を見て卒倒する御婦人が続出したとか(笑)。

 

 

また、コルクの薄片を観察してセル構造を発見したときの有名な図。

 

 

また、あまり知られていないが、木の化石にも多孔質構造があることを見つけている。

 

 

この辺りから、フックは化石の生物由来説を確信していたようだ。当時の主流の考えは、地中における自然の形態形成作用によって化石が造られるというものだったが、フックは、ロイヤル・ソサエティの講演で、生物由来説とともに化石の産状を説明する機構として地震のような地質的な変動や地軸の移動にまで言及していた。

 

 

「化石ハンター」、10歳のロバート・フック。

"The Fossil Hunter". Oil on board. Rita Greer 2008.

 

彼の故郷は、有名な世界遺産ジュラシックコーストを東に行ったところにあるワイト島で、避暑地として有名だが化石産地としても知られている所だ。フックにとって化石は子供時代から見慣れたものだったのかもしれない。ちなみに、この絵の背景に見られる白亜の崖は島の南側の海岸にあり、島のさらに東方にあるセブン・シスターズに良く似た地形になっている。

 

 

「ミクログラフィア」の絵の原画は全てフックが描いたものだが、この辺りもレオナルド・ダ・ビンチと比較される所以だろう。

彼は、化石論の講演に際しても、多くの化石の博物画を残している。

 

 

フックの原画の発見を報じた日本人研究者の論文。

Sachiko Kusukawa:Drawings of fossils by Robert Hooke and Richard Waller, Notes and Records of the Royal Society, 67(2) (2013),123-138

 

 

じつは今回の調査で、これまで書斎の棚の飾りに使っていた博物画が、フックの描いたものだという事を知って驚いた。

 

オウムガイやタコブネ、アンモナイトの絵。

 

 

ところで、フックとニュートンとは、これ以下のものは無いと言えるほど最悪の相性だった。

フックは最初の職業科学者とも言うべき存在で、ロイヤル・ソサエティの実験主任として定期的に公開実験を行うことが求められていた。そしてその場での討論を通じて自らの研究を深めていったと言える。言うなれば論争上等で百戦錬磨。さらに自らの実績が直接生活に関わることから、その評価に関しては必然的に貪欲にならざるを得ない。ただでさえ何でもできて頭の切れる男がこうなると、確かに一筋縄ではいかない。

一方、ニュートンは自室に引きこもって一人で考察や実験を行うタイプで、批判に慣れていない頃にフックの一撃を受けて、論争を極端に嫌がるようになってしまった。言わば、フックの平常運転がニュートンにとってはトラウマ物のダメージだったということになる。ニュートンは、後年、錬金術の研究に熱中するようになるが、少なくとも他の科学分野のように、フックの名が亡霊のように立ち現れることは無かっただろう。

 

[参考]

・松野 修: 化石の発見―ロバート・フック「化石論」の解説と抄訳―, 鹿児島大学生涯学習教育研究センター年報, 4 (2007), 1-31. (http://hdl.handle.net/10232/19126) 

・山田 俊弘: フック地震論とステノ固体論の比較 : 鉱物コレクションを基礎として, 科学史研究, 47(245) (2008), 13-25. (https://doi.org/10.34336/jhsj.47.245_13

 

 

おまけのアイテムと風景。

 

以前、アリゾナ珪化木の顕微鏡観察の結果をレポートしたが、今回の物は、かつてアリゾナの観光地で土産物として売られていた珪化木の置物とのこと。上に飾られたメタルフィギュアは、James Earle Fraserの彫刻"End of the Trail"を元にしているようだが、むしろ、「インディアン」を乗せた馬が小川の水を飲んでいる様子のように見える。

 

 

次は風景写真。

以前訪れたオックスフォード大学クライスト・チャーチ(フックの出身校)の風景スナップ。