【お手本に会える場所】
早くできる料理は助かるけれど、それでしみじ〜みじわじ〜わ
幸せが満ち溢れる・・・ことはあまりない。
作っておける便利な料理もあるけれど、作り置きだけじゃ心は満たされない。
効率化を最優先した料理は、外で食べても、
家に帰ってその姿勢を真似しよう、とは思わない。
手をかけ目をかけ気にかけられた料理に出会うと・・
私ももっと丁寧にしよう、と思う。
昔、マクロビオティックの学びで毎年秋は小渕沢に行っていました。
合宿スタイルででる朝のおかゆ、シャキシャキのおひたしに感動し・・
晩御飯もふんわり、薄味で優しくまとめられたお料理に、
こんなにマイルドにできるんだと感心し・・
優しい世界、品や落ち着き、穏やかさのある静かで、整った雰囲気・・
自分の料理も
それを目指そうと決めたのを思い出しました。
おかゆと茹で野菜は、今でもあの時感動したものが一番だと思います。
息子はその合宿では毎回、「ごちそうさまでした、美味しかったです」と
自ら料理長や配膳の方に言いに行っていました。
(言いたくなるくらい美味しかったのです)
ある時、別の場所で小学生くらいの子が、まさにそれをしていたのを見て
(朝食の後ごちそうさまでした、美味しかったですと旅館で挨拶)それが蘇り・・
子供も、手、目、気をかけた本物にはそう反応するんだなあと。
現代的な外の料理に比べたら、地味で、粗食と言われるジャンルだったりしても・・
間違いなく本物。
いつも基本、出発点として置いておきたい基準に、十数年前に出会うことができました。
あんな料理が作りたい、そう思える場所に行けば
帰って姿勢が正され、やる気になり心がすっと整った状態でまな板の前に立てます。
そうそう、私は秋に初心に帰る時間が大事だった。
心染み入る渋い料理を作ろうと、今日もコトコトやっています。
理想のあの世界に、近づけているだろうか?もっと、優しく味わい深い
料理にさらに進化させることはできるだろうか?
お手本を思い出しながらの料理は、練習、特訓、上達のために
とても効果がありますね。
整う、整える、黄金の食事法