サビアンシンボルは
獅子座25度「大きなラクダが広大で近づきがたい砂漠を行くのが見られる」
このシンボルのキーノート(基調)は
「長く消耗する冒険に直面しての自己充足」
きょうはどんな日?
課せられたハンディキャップの長期的な克服と今後予想される困難への用意に向かっておきたいときです。
世間のいかなる強要にも褒章にも無反応で自身の内面の純化に妄執的に没入したいときというのがきのうでした。自分がもつ妙技のさらなる深化のための自己鍛錬を、外野の雑音など耳に入れずに徹底して行っていく。そしてそのプロセスをさり気なく見せていこうという具合でしたが、自分なりに手応えをもって深められたでしょうか。きょうは弱点の補強にとり組んでみてください。
すでにもっている卓越した技能の素晴らしい価値は、もはや自他ともに認めるところとなっています。それらのアピールからいったん離れて、きょうは自分の弱いところを見直してみましょう。苦手分野として遠ざけていることがらはもちろん先天的に他人より劣っていると自認しているところを、まずはじっくり見据えてください。そしてできるだけそれらに挑戦していきたいところですが、当たり前ながらなにもすぐにクリアをめざす必要はありません。より言うならば、クリアできなくても構いません。弱点を補強してバランスのよい人物になることが目標なのではなく、とり組みを通じて長きにわたる忍耐が持続していくことが求められています。そのなかで数々の自己発見があり、きっと妙技のさらなる深化も達成されることでしょう。そして、その忍耐の持続こそがこの先困難に直面した際にそれを打開する大きな力となっていくのです。苦手なことも自分でやれるようにしておけば、もちろんそれ自体が有用なスキルとなることでしょう。まるで知的ではない自己への興味から自分自身をぞんざいに扱う傾向が見られるときでもあります。自分を卑下しないように。弱点などだれにもあるものです。
サビアンシンボルは
獅子座24度「内面のスピリチュアルな達成に完全に集中して、男が身体上の外観と清潔さとをまったく顧みない状態で座っている」
このシンボルのキーノート(基調)は
「外向的な活動や配慮のあらゆる形態を犠牲にした、エネルギーと意識の内的な焦点調整」
きょうはどんな日?
世間のいかなる強要にも褒章にも無反応で自身の内面の純化に妄執的に没入したいときです。
生のあらゆる特別な機能を利用して自身が関わった世界での体験における熟達を大々的に誇示していきたいときというのがきのうでした。自我さえも制御下にある状態でセルフコントロールの賜である名人芸を披露していく。一種の全能感をもってそのように振る舞い、野心を実現し社会参加しようという具合でしたが、存分に誇ることはできたでしょうか。きょうも基本的に自分本位の方向でいきましょう。
なによりもまず自分の関心を大切にすることがきょうのテーマです。そしてそれは、好きなものごとにとり組むというよりは、自分自身のことに向かっていくでしょう。自己愛的に受けとられるかもしれませんが、きょうはそれで構いません。これはそうした卑近な満足などではなく、披露した名人芸のさらなる深化のための自己鍛錬のプロセスなのです。外野の声などに耳を傾ける必要はありません。ただ、「自分大好き自分最高」の気持ちとムードはそのままで、関心の方向性と表現を〈内向き〉にしてみてください。きのうのような外向きのアピール、つまりはっきりとした誇示に打って出るのではなくてさりげない見せ方を狙いましょう。自分自身を軽視し放置することに倒錯した満足を見い出す傾向が見られるときでもあります。シンボルに描かれている「男」は「身体上の外観と清潔さとをまったく顧みない状態」でありながら身をやつしている自分をかっこいいとおもっているようにも見えます。ナルシスティックな小賢しい演出をかんがえるよりやるべきことに集中しましょう。
獅子座24度「内面のスピリチュアルな達成に完全に集中して、男が身体上の外観と清潔さとをまったく顧みない状態で座っている」
このシンボルのキーノート(基調)は
「外向的な活動や配慮のあらゆる形態を犠牲にした、エネルギーと意識の内的な焦点調整」
きょうはどんな日?
世間のいかなる強要にも褒章にも無反応で自身の内面の純化に妄執的に没入したいときです。
生のあらゆる特別な機能を利用して自身が関わった世界での体験における熟達を大々的に誇示していきたいときというのがきのうでした。自我さえも制御下にある状態でセルフコントロールの賜である名人芸を披露していく。一種の全能感をもってそのように振る舞い、野心を実現し社会参加しようという具合でしたが、存分に誇ることはできたでしょうか。きょうも基本的に自分本位の方向でいきましょう。
なによりもまず自分の関心を大切にすることがきょうのテーマです。そしてそれは、好きなものごとにとり組むというよりは、自分自身のことに向かっていくでしょう。自己愛的に受けとられるかもしれませんが、きょうはそれで構いません。これはそうした卑近な満足などではなく、披露した名人芸のさらなる深化のための自己鍛錬のプロセスなのです。外野の声などに耳を傾ける必要はありません。ただ、「自分大好き自分最高」の気持ちとムードはそのままで、関心の方向性と表現を〈内向き〉にしてみてください。きのうのような外向きのアピール、つまりはっきりとした誇示に打って出るのではなくてさりげない見せ方を狙いましょう。自分自身を軽視し放置することに倒錯した満足を見い出す傾向が見られるときでもあります。シンボルに描かれている「男」は「身体上の外観と清潔さとをまったく顧みない状態」でありながら身をやつしている自分をかっこいいとおもっているようにも見えます。ナルシスティックな小賢しい演出をかんがえるよりやるべきことに集中しましょう。
サビアンシンボルは
獅子座23度「サーカスで裸馬に乗った女性が物騒な技能を見せつける」
このシンボルのキーノート(基調)は
「人間存在における生命の領域の力強いエネルギーと戯れ支配するために必要とされる大胆さと粘り強さ」
きょうはどんな日?
生のあらゆる特別な機能を利用して自身が関わった世界での体験における熟達を大々的に誇示していきたいときです。
個人の知力や理解のために特別な要件を提供する〈使命〉を強く感じ、またそれを行動に移していくときというのがきのうでした。悩みや戸惑いの扱いさえも直近で経験してあらためてよく理解しているという大きな強みを携え、親しみのないことがらや重大な問題に直面して困っている人たちに、彼らがまだ知っていないことをぜひ伝えていこうという具合でしたが、役割は果たせたでしょうか。きょうはきのうとはまた変えて、自分の問題のほうにフォーカスをあわせましょう。
きのうの「伝書鳩」に自我は無用でしたが、きょうは逆に積極的に我を押し出していきましょう。とはいえどもそれは野放図な自我の剥き出しになるはずがありません。ここしばらくのプロセスを経て、自分の生命力や自然の力の扱いについて熟達してきている現在、もはや自我さえも制御下にあるからです。シンボルに描かれている裸馬は、リビドーの途方もない、ナマの、激烈なエネルギーを表しています。それを乗りこなす女性は、自信と誇りをもってみずからの妙技を披露しています。あらゆる意味での〈支配力〉が、一種の全能感とともに自分のなかに実感できるでしょう。それを最大限に誇示してみてください。言うまでもなく支配力を他者へと及ばせるというわけではなくてセルフコントロールの賜である名人芸の披露であり、それはまたこのうえなく正しく洗練された野心の実現であり正当な社会参加なのです。一方で、怠惰な自己顕示や節度なく喝采や称賛を求める傾向が見られるときでもあります。慢心は大怪我のもとであることを忘れないようにしてください。
獅子座23度「サーカスで裸馬に乗った女性が物騒な技能を見せつける」
このシンボルのキーノート(基調)は
「人間存在における生命の領域の力強いエネルギーと戯れ支配するために必要とされる大胆さと粘り強さ」
きょうはどんな日?
生のあらゆる特別な機能を利用して自身が関わった世界での体験における熟達を大々的に誇示していきたいときです。
個人の知力や理解のために特別な要件を提供する〈使命〉を強く感じ、またそれを行動に移していくときというのがきのうでした。悩みや戸惑いの扱いさえも直近で経験してあらためてよく理解しているという大きな強みを携え、親しみのないことがらや重大な問題に直面して困っている人たちに、彼らがまだ知っていないことをぜひ伝えていこうという具合でしたが、役割は果たせたでしょうか。きょうはきのうとはまた変えて、自分の問題のほうにフォーカスをあわせましょう。
きのうの「伝書鳩」に自我は無用でしたが、きょうは逆に積極的に我を押し出していきましょう。とはいえどもそれは野放図な自我の剥き出しになるはずがありません。ここしばらくのプロセスを経て、自分の生命力や自然の力の扱いについて熟達してきている現在、もはや自我さえも制御下にあるからです。シンボルに描かれている裸馬は、リビドーの途方もない、ナマの、激烈なエネルギーを表しています。それを乗りこなす女性は、自信と誇りをもってみずからの妙技を披露しています。あらゆる意味での〈支配力〉が、一種の全能感とともに自分のなかに実感できるでしょう。それを最大限に誇示してみてください。言うまでもなく支配力を他者へと及ばせるというわけではなくてセルフコントロールの賜である名人芸の披露であり、それはまたこのうえなく正しく洗練された野心の実現であり正当な社会参加なのです。一方で、怠惰な自己顕示や節度なく喝采や称賛を求める傾向が見られるときでもあります。慢心は大怪我のもとであることを忘れないようにしてください。
サビアンシンボルは
獅子座22度「使命を果たす伝書鳩」
このシンボルのキーノート(基調)は
「人類に奉仕するための訓練の観点からの精神性」
きょうはどんな日?
個人の知力や理解のために特別な要件を提供する〈使命〉を強く感じ、またそれを行動に移していくときです。
〈力〉を求める意思が強まり、その過分な憧れから性急な行動に走りがちなときというのがきのうでした。肉体礼賛を経て、精神的になにか残るものを求めようという気持ちが感情の高ぶりにつながっている。また、自身の天分とは本質的に異なるものから刺激を得ようという山っ気や野心もそれを引き起こす遠因となっている。まず体に頼らず、頭をフル回転させてさまざまなものごとに当たるようにしてみようという具合でしたが、頭と体のバランスはとれたでしょうか。きょうはおとといきのうから得られたことを、それを必要としている人たちへと伝えていきましょう。
頭と体のバランスを図り、自身の天分とは本質的に異なるものから離れるというプロセスを経て、自分の生命力や自然の力の扱いについてかなりの熟達が感じられるといった様子です。けっして〈にわか〉ではない、背景を伴った強さ。そしてなによりも、悩みや戸惑いの扱いさえも、直近で経験してあらためてよく理解していることが大きな強みでしょう。親しみのないことがらや重大な問題に直面して困っている人たちに、彼らがまだ知っていないことをぜひ伝えてください。伝書鳩は送り手と受け手の媒介となるものですが、そこに伝書鳩の自我などあってはなりません。広く公共に、より大きく言えば世界に、人類全体に奉仕する精神こそが、伝書鳩を伝書鳩たらしめているのです。なんのためにだれのためにそれを伝えるのか、つねに意識して忘れないようにしてください。とはいえ伝えるという行為自体に喜びを感じ、その役割を果たすことに充足感を得るのも事実でしょう。単純な良識や分別の欠如傾向が見られるときでもあります。だれの目にも明らかなことを見落とさないように。行き先を見失っては伝えられません。
獅子座22度「使命を果たす伝書鳩」
このシンボルのキーノート(基調)は
「人類に奉仕するための訓練の観点からの精神性」
きょうはどんな日?
個人の知力や理解のために特別な要件を提供する〈使命〉を強く感じ、またそれを行動に移していくときです。
〈力〉を求める意思が強まり、その過分な憧れから性急な行動に走りがちなときというのがきのうでした。肉体礼賛を経て、精神的になにか残るものを求めようという気持ちが感情の高ぶりにつながっている。また、自身の天分とは本質的に異なるものから刺激を得ようという山っ気や野心もそれを引き起こす遠因となっている。まず体に頼らず、頭をフル回転させてさまざまなものごとに当たるようにしてみようという具合でしたが、頭と体のバランスはとれたでしょうか。きょうはおとといきのうから得られたことを、それを必要としている人たちへと伝えていきましょう。
頭と体のバランスを図り、自身の天分とは本質的に異なるものから離れるというプロセスを経て、自分の生命力や自然の力の扱いについてかなりの熟達が感じられるといった様子です。けっして〈にわか〉ではない、背景を伴った強さ。そしてなによりも、悩みや戸惑いの扱いさえも、直近で経験してあらためてよく理解していることが大きな強みでしょう。親しみのないことがらや重大な問題に直面して困っている人たちに、彼らがまだ知っていないことをぜひ伝えてください。伝書鳩は送り手と受け手の媒介となるものですが、そこに伝書鳩の自我などあってはなりません。広く公共に、より大きく言えば世界に、人類全体に奉仕する精神こそが、伝書鳩を伝書鳩たらしめているのです。なんのためにだれのためにそれを伝えるのか、つねに意識して忘れないようにしてください。とはいえ伝えるという行為自体に喜びを感じ、その役割を果たすことに充足感を得るのも事実でしょう。単純な良識や分別の欠如傾向が見られるときでもあります。だれの目にも明らかなことを見落とさないように。行き先を見失っては伝えられません。
サビアンシンボルは
獅子座21度「酔っ払った鶏たちが飛び立とうとしてふらふらと翼を羽ばたかせている」
このシンボルのキーノート(基調)は
「しばしば否定的で時折滑稽な、スピリチュアルな教えの最初の体験」
きょうはどんな日?
〈力〉を求める意思が強まり、その過分な憧れから性急な行動に走りがちなときです。
いわゆる「自然に帰る」ことで自分の生命力を活発にし、また古きものの価値を保存することで自己強化を図りたいときというのがきのうでした。体を動かす、お腹が空く、食べる、排泄するという自然の流れをしっかりと確認して、生きている実感をしみじみ味わう。そして、その実感をもたらしてくれるのは自分をとり巻く文化や制度や慣習であり、自分がそれらのなかに位置づけられていることのありがたみが感じられるだろうという具合でしたが、日ごろ見失っているものはとり戻せたでしょうか。きょうは反転して、頭をよく使って冷静な判断を心がけましょう。
とりも直さず感情の高ぶりが生じやすいときです。だからこそ冷静にというわけですが、ある程度の〈爆発〉はやむを得ないかもしれません。きのうの肉体礼賛は、もちろんそれはそれで有意義なものであったはずですが、生理的な満足にはつながっても精神的になにか残ったかというと別段なにもないかもしれません。そしてそれを求める気持ちが心にあるからこその高ぶりだと言えます。まずはアプローチを変えましょう。体に頼らず、頭をフル回転させてさまざまなものごとに当たるようにしてみてください。そしてより言うならば、自身の天分とは本質的に異なるものから刺激を得ようという山っ気や野心が高ぶりを引き起こしているのです。頭をよく使うとともに落ち着いて自分をよく見つめてみてください。外見外観やうわべの形式に不必要に縛られてしまう傾向が見られるときでもあります。きのう同様かたちにとらわれるのはやめて本来の自分に立ち戻りましょう。
獅子座21度「酔っ払った鶏たちが飛び立とうとしてふらふらと翼を羽ばたかせている」
このシンボルのキーノート(基調)は
「しばしば否定的で時折滑稽な、スピリチュアルな教えの最初の体験」
きょうはどんな日?
〈力〉を求める意思が強まり、その過分な憧れから性急な行動に走りがちなときです。
いわゆる「自然に帰る」ことで自分の生命力を活発にし、また古きものの価値を保存することで自己強化を図りたいときというのがきのうでした。体を動かす、お腹が空く、食べる、排泄するという自然の流れをしっかりと確認して、生きている実感をしみじみ味わう。そして、その実感をもたらしてくれるのは自分をとり巻く文化や制度や慣習であり、自分がそれらのなかに位置づけられていることのありがたみが感じられるだろうという具合でしたが、日ごろ見失っているものはとり戻せたでしょうか。きょうは反転して、頭をよく使って冷静な判断を心がけましょう。
とりも直さず感情の高ぶりが生じやすいときです。だからこそ冷静にというわけですが、ある程度の〈爆発〉はやむを得ないかもしれません。きのうの肉体礼賛は、もちろんそれはそれで有意義なものであったはずですが、生理的な満足にはつながっても精神的になにか残ったかというと別段なにもないかもしれません。そしてそれを求める気持ちが心にあるからこその高ぶりだと言えます。まずはアプローチを変えましょう。体に頼らず、頭をフル回転させてさまざまなものごとに当たるようにしてみてください。そしてより言うならば、自身の天分とは本質的に異なるものから刺激を得ようという山っ気や野心が高ぶりを引き起こしているのです。頭をよく使うとともに落ち着いて自分をよく見つめてみてください。外見外観やうわべの形式に不必要に縛られてしまう傾向が見られるときでもあります。きのう同様かたちにとらわれるのはやめて本来の自分に立ち戻りましょう。
サビアンシンボルは
獅子座20度「ズニ族のインディアンたちが太陽に向かって儀式を行う」
このシンボルのキーノート(基調)は
「自然のエネルギーの称賛への回帰」
きょうはどんな日?
いわゆる「自然に帰る」ことで自分の生命力を活発にし、また古きものの価値を保存することで自己強化を図りたいときです。
効果的な努力を続けるための創造的なリラクセーションとして、社会的な規制や制約から一時的な逸脱を楽しむというのがきのうでした。知的好奇心を、高度な技能やインスピレーションを必要とされるアーティスティックな領域に絞り込む。反社会的とまではいかなくともメインストリームではない分野で日常から少し離れた冒険を楽しんでみようという具合でしたが、よい刺激にはなったでしょうか。きょうはできるだけ体を動かしましょう。
自然に帰るとはいえ、反文明で自然礼賛というわけではなく、むしろ肉体礼賛に近いでしょう。体を使い、汗を流し、日ごろ見失っているものをとり戻してみてください。あくまでもそのプロセスのなかでの自然志向というのはよいでしょう。なにも特段アウトドアに出ることが必要だというわけではなく、体を動かす、お腹が空く、食べる、排泄するという自然の流れをしっかりと確認して、生きている実感をしみじみ味わってみてください。そしてまた、こういう実感をもたらしてくれるのは、自分がいま生きている文化やそれに基づいた制度や慣習であるのだということも切々と感じられるでしょう。自分が特定の〈仕組み〉のなかに位置づけられているということを、けっして被抑圧的ではなく、むしろ好もしく安定的に感じとる。〈おかげさま〉でこうしていられるのだということがありありとわかるでしょう。あらためてそれらに敬意をもつようにしてみてください。とはいえ一方で、まったく意味のない儀式に盲従して個のリアリティを喪失してしまう傾向が見られるときでもあります。敬意を払いつつもかたちにはとらわれず、なによりも肉体主義でいきましょう。
獅子座20度「ズニ族のインディアンたちが太陽に向かって儀式を行う」
このシンボルのキーノート(基調)は
「自然のエネルギーの称賛への回帰」
きょうはどんな日?
いわゆる「自然に帰る」ことで自分の生命力を活発にし、また古きものの価値を保存することで自己強化を図りたいときです。
効果的な努力を続けるための創造的なリラクセーションとして、社会的な規制や制約から一時的な逸脱を楽しむというのがきのうでした。知的好奇心を、高度な技能やインスピレーションを必要とされるアーティスティックな領域に絞り込む。反社会的とまではいかなくともメインストリームではない分野で日常から少し離れた冒険を楽しんでみようという具合でしたが、よい刺激にはなったでしょうか。きょうはできるだけ体を動かしましょう。
自然に帰るとはいえ、反文明で自然礼賛というわけではなく、むしろ肉体礼賛に近いでしょう。体を使い、汗を流し、日ごろ見失っているものをとり戻してみてください。あくまでもそのプロセスのなかでの自然志向というのはよいでしょう。なにも特段アウトドアに出ることが必要だというわけではなく、体を動かす、お腹が空く、食べる、排泄するという自然の流れをしっかりと確認して、生きている実感をしみじみ味わってみてください。そしてまた、こういう実感をもたらしてくれるのは、自分がいま生きている文化やそれに基づいた制度や慣習であるのだということも切々と感じられるでしょう。自分が特定の〈仕組み〉のなかに位置づけられているということを、けっして被抑圧的ではなく、むしろ好もしく安定的に感じとる。〈おかげさま〉でこうしていられるのだということがありありとわかるでしょう。あらためてそれらに敬意をもつようにしてみてください。とはいえ一方で、まったく意味のない儀式に盲従して個のリアリティを喪失してしまう傾向が見られるときでもあります。敬意を払いつつもかたちにはとらわれず、なによりも肉体主義でいきましょう。
サビアンシンボルは
獅子座19度「ハウスボートでのパーティー」
このシンボルのキーノート(基調)は
「厳密に構造化された社会的振る舞いからの一時的な自由を楽しむこと」
きょうはどんな日?
効果的な努力を続けるための創造的なリラクセーションとして、社会的な規制や制約から一時的な逸脱を楽しむときです。
日常にある不思議への興味が高まり、同時に自然の働きの利活用に関心が向かうときというのがきのうでした。知的好奇心を全開にして、知ることも教えることもともに楽しんでいく。知識を媒介にして人と人とが反応することに大きな楽しみを感じ、知識の実践的な応用にも適しているという具合でしたが、人との交流はとり結べたでしょうか。きょうは行動の範囲をさらに広げていきましょう。
きのうの知的好奇心のおよぶ領域は言わば全方位的でしたが、きょうは少し絞り込んでみたほうがよいでしょう。高度な技能やインスピレーションを必要とされるアーティスティックな領域に適性があります。そしてそれは、反社会的とまではいかなくとも、メインストリームではない分野であればあるほど好ましいでしょう。日曜ですので日常から少し離れた冒険を楽しんでみることをおすすめします。とはいえこれはあくまでも、日常を刺激し活性化してくれる程度の逸脱にすぎないということを忘れないようにしてください。しかしその冒険は日常とはまったく無関係で無意味なものであるというわけではなく、むしろ日常ではできないことを予行演習的に行い、日常に反映させるような質のものだととらえてください。日ごろの自分を知る人には想像もつかないような秘密の場所・人間関係で、なにかを実験したり練習したりしてみる。それを日常にフィードバックさせるようなことが望ましいでしょう。まったく未知の分野でも構わないので、以前から興味をもっていたものがなにかあれば、きょうはぜひおもいきって試してみてください。思慮のない自己耽溺や、一般の福祉を軽視する傾向が見られるときでもあります。強い刺激にハマりすぎないように注意しましょう。
獅子座19度「ハウスボートでのパーティー」
このシンボルのキーノート(基調)は
「厳密に構造化された社会的振る舞いからの一時的な自由を楽しむこと」
きょうはどんな日?
効果的な努力を続けるための創造的なリラクセーションとして、社会的な規制や制約から一時的な逸脱を楽しむときです。
日常にある不思議への興味が高まり、同時に自然の働きの利活用に関心が向かうときというのがきのうでした。知的好奇心を全開にして、知ることも教えることもともに楽しんでいく。知識を媒介にして人と人とが反応することに大きな楽しみを感じ、知識の実践的な応用にも適しているという具合でしたが、人との交流はとり結べたでしょうか。きょうは行動の範囲をさらに広げていきましょう。
きのうの知的好奇心のおよぶ領域は言わば全方位的でしたが、きょうは少し絞り込んでみたほうがよいでしょう。高度な技能やインスピレーションを必要とされるアーティスティックな領域に適性があります。そしてそれは、反社会的とまではいかなくとも、メインストリームではない分野であればあるほど好ましいでしょう。日曜ですので日常から少し離れた冒険を楽しんでみることをおすすめします。とはいえこれはあくまでも、日常を刺激し活性化してくれる程度の逸脱にすぎないということを忘れないようにしてください。しかしその冒険は日常とはまったく無関係で無意味なものであるというわけではなく、むしろ日常ではできないことを予行演習的に行い、日常に反映させるような質のものだととらえてください。日ごろの自分を知る人には想像もつかないような秘密の場所・人間関係で、なにかを実験したり練習したりしてみる。それを日常にフィードバックさせるようなことが望ましいでしょう。まったく未知の分野でも構わないので、以前から興味をもっていたものがなにかあれば、きょうはぜひおもいきって試してみてください。思慮のない自己耽溺や、一般の福祉を軽視する傾向が見られるときでもあります。強い刺激にハマりすぎないように注意しましょう。
サビアンシンボルは
獅子座18度「化学者が学生のために実験を行う」
このシンボルのキーノート(基調)は
「自然の隠されたプロセスについて事実を知ろうと、人間の精神が発見のスリルを味わう」
きょうはどんな日?
日常にある不思議への興味が高まり、同時に自然の働きの利活用に関心が向かうときです。
より大きな集団への参加を通じて個人の体験がどれほど侵されざるべきかを強く理解するときというのがきのうでした。広い意味での社会参加、そして公益をかんがえる。我欲はさておいて集団として共有できる目標を見い出し、それに向かっていく。同時に私的な営みがいかに大切なものなのかもひしひしと感じられることだろうという具合でしたが、はじまりの喜びを共有できたでしょうか。きょうは知的好奇心全開でいきましょう。
知らないことを知るという楽しみだけでなく、知り得たことがらを伝えることにも楽しみを見い出せるときでもあります。そして単に知識を伝達するというよりは、知識を媒介にして人と人とが反応することに、より大きな楽しみを感じることでしょう。興味を追い求めるばかりではなく人との交流を積極的に求めていってください。きょうはまた、科学的な原理をありふれた問題に応用する能力が冴えるときでもあります。知識を普遍的なものとして幅広く使うということ。知り得たことがらを、人に伝えると同時に、実践できる場面ではどんどん使ってみてください。一方で、本に書かれていることを鵜呑みにしてしまったり、仮説に対してあまり知的でない依存を示す傾向が見られるときでもあります。生兵法は大怪我のもとです。〈にわか〉のそしりを受けないように、生きた知恵を使うように心がけてください。
獅子座18度「化学者が学生のために実験を行う」
このシンボルのキーノート(基調)は
「自然の隠されたプロセスについて事実を知ろうと、人間の精神が発見のスリルを味わう」
きょうはどんな日?
日常にある不思議への興味が高まり、同時に自然の働きの利活用に関心が向かうときです。
より大きな集団への参加を通じて個人の体験がどれほど侵されざるべきかを強く理解するときというのがきのうでした。広い意味での社会参加、そして公益をかんがえる。我欲はさておいて集団として共有できる目標を見い出し、それに向かっていく。同時に私的な営みがいかに大切なものなのかもひしひしと感じられることだろうという具合でしたが、はじまりの喜びを共有できたでしょうか。きょうは知的好奇心全開でいきましょう。
知らないことを知るという楽しみだけでなく、知り得たことがらを伝えることにも楽しみを見い出せるときでもあります。そして単に知識を伝達するというよりは、知識を媒介にして人と人とが反応することに、より大きな楽しみを感じることでしょう。興味を追い求めるばかりではなく人との交流を積極的に求めていってください。きょうはまた、科学的な原理をありふれた問題に応用する能力が冴えるときでもあります。知識を普遍的なものとして幅広く使うということ。知り得たことがらを、人に伝えると同時に、実践できる場面ではどんどん使ってみてください。一方で、本に書かれていることを鵜呑みにしてしまったり、仮説に対してあまり知的でない依存を示す傾向が見られるときでもあります。生兵法は大怪我のもとです。〈にわか〉のそしりを受けないように、生きた知恵を使うように心がけてください。
サビアンシンボルは
獅子座17度「賛美歌を歌うボランティアの教会の聖歌隊」
このシンボルのキーノート(基調)は
「集団的理念への献身において人々を団結させる連帯感」
きょうはどんな日?
より大きな集団への参加を通じて個人の体験がどれほど侵されざるべきかを強く理解するときです。
内面の指針に従って人間の自然な回復力が発揮され人格的な安定が得られるときというのがきのうでした。生命力を燃やしていくこの半月のプロセスがクライマックスを迎え、頂点に達し、次第に収束していく。その〈波〉に身も心も委ねていこう。また、非常に長いトンネルを抜け出たような解放感――いままでの苦労や困難はこのためにあったのかと了解できるような解放感が得られるだろうという具合でしたが、復活の手応えはつかめたでしょうか。きょうはそれを踏まえ、存分に活き活きと人との関わりに積極的に飛び込んでいってみてください。
ひたすら自分の問題に専心する、さらにそれを発展させるように組織的なやり方でアプローチするという、今週これまでの〈燃焼〉の盛り上がりがありました。それとはまた趣を変えて地域共同体やもっと大きな社会というレベルでの〈集団〉をきょうは意識しましょう。それは広い意味での社会参加、そして公益をかんがえるということにつながります。他人に敬意を払い尊重するということをあらためて自覚的に意識することになりますし、表現はおのずと形式的で秩序づけられたものになっていくでしょう。きのう感じられたであろう新しい生を生きはじめる喜びを、他人とともに共有し連帯していく。そのときにむしろ我の主張というものは差し障りになる、というわけです。きょうのポイントは〈献身〉です。我欲はさておいて集団として共有できる目標を見い出し、とにかくそれに向かってみてください。同時に、私的な営みがいかに大切なものなのかということもひしひしと感じられることでしょう。受けるに値しない人気を無駄に追い求める傾向が見られるときでもあります。歓心を買おうと人にとり入ることは献身ではありません。自分らしさで勝負しましょう。
獅子座17度「賛美歌を歌うボランティアの教会の聖歌隊」
このシンボルのキーノート(基調)は
「集団的理念への献身において人々を団結させる連帯感」
きょうはどんな日?
より大きな集団への参加を通じて個人の体験がどれほど侵されざるべきかを強く理解するときです。
内面の指針に従って人間の自然な回復力が発揮され人格的な安定が得られるときというのがきのうでした。生命力を燃やしていくこの半月のプロセスがクライマックスを迎え、頂点に達し、次第に収束していく。その〈波〉に身も心も委ねていこう。また、非常に長いトンネルを抜け出たような解放感――いままでの苦労や困難はこのためにあったのかと了解できるような解放感が得られるだろうという具合でしたが、復活の手応えはつかめたでしょうか。きょうはそれを踏まえ、存分に活き活きと人との関わりに積極的に飛び込んでいってみてください。
ひたすら自分の問題に専心する、さらにそれを発展させるように組織的なやり方でアプローチするという、今週これまでの〈燃焼〉の盛り上がりがありました。それとはまた趣を変えて地域共同体やもっと大きな社会というレベルでの〈集団〉をきょうは意識しましょう。それは広い意味での社会参加、そして公益をかんがえるということにつながります。他人に敬意を払い尊重するということをあらためて自覚的に意識することになりますし、表現はおのずと形式的で秩序づけられたものになっていくでしょう。きのう感じられたであろう新しい生を生きはじめる喜びを、他人とともに共有し連帯していく。そのときにむしろ我の主張というものは差し障りになる、というわけです。きょうのポイントは〈献身〉です。我欲はさておいて集団として共有できる目標を見い出し、とにかくそれに向かってみてください。同時に、私的な営みがいかに大切なものなのかということもひしひしと感じられることでしょう。受けるに値しない人気を無駄に追い求める傾向が見られるときでもあります。歓心を買おうと人にとり入ることは献身ではありません。自分らしさで勝負しましょう。
サビアンシンボルは
獅子座16度「嵐は止み、万物は輝かしい陽の光のなかで歓喜する」
このシンボルのキーノート(基調)は
「重大な危機ののちの生命と愛の急激な高まり」
内面の指針に従って人間の自然な回復力が発揮され人格的な安定が得られるときです。
人との共同作業を通じて日常を劇化し達成の成果を誇らしげに披露したいというのがきのうでした。自分一人の力だけでなにかをするよりは組織的なやり方でアプローチするほうがより大きな結果につながる。グラマラスであればあるほど効果的なので派手にいこうという具合でしたが、生命力を燃やして見せつけられたでしょうか。きょうは盛り上がりのなかに心身を任せましょう。
きのうは立秋でした。生命力を燃やしていくこの半月のプロセスがクライマックスを迎え、頂点に達し、次第に収束していきます。全力を注いでやり尽くしたなか、充実感もあれば、祭りのあとのような寂しさも感じられるかもしれません。その〈波〉に身も心も委ねて流れるまま、おもむくままでいきましょう。またきょうは非常に長いトンネルを抜け出たような解放感が得られることでしょう。8月1日の「いままで結構長いあいだ自分にのしかかっていた重荷から逃れられるという安堵の気持ち」とはまた異なる質のものです。日常のストレスや緊張は、人間のあらゆる営みにおける自分自身と人間関係の再構築のためには必要なものなのだと〈あとになって〉理解できるような、そういう質の解放感です。抜け出たところで、いままでの苦労や困難はこのためにあったのかと了解できる。これまでのことが新たな意味を帯びて見えてくると同時に、新しい生を生きはじめる喜びも感じられることでしょう。トンネルの向こうの輝かしい陽の光のなかで存分に喜びを味わってください。些細なことで頻繁に混乱や動揺を起こしがちなときでもあります。安定した洞察力で大局を眺めるように心がけてください。
またこの先半月のテーマは〈解放・放出〉です。ただ単に生命力を燃やしていく〈燃焼〉にとどまることなく、意図的に燃焼のエネルギーを発していくということ。そしてその前段として、繰り返し述べている解放が伴っているのだと理解してください。
獅子座16度「嵐は止み、万物は輝かしい陽の光のなかで歓喜する」
このシンボルのキーノート(基調)は
「重大な危機ののちの生命と愛の急激な高まり」
内面の指針に従って人間の自然な回復力が発揮され人格的な安定が得られるときです。
人との共同作業を通じて日常を劇化し達成の成果を誇らしげに披露したいというのがきのうでした。自分一人の力だけでなにかをするよりは組織的なやり方でアプローチするほうがより大きな結果につながる。グラマラスであればあるほど効果的なので派手にいこうという具合でしたが、生命力を燃やして見せつけられたでしょうか。きょうは盛り上がりのなかに心身を任せましょう。
きのうは立秋でした。生命力を燃やしていくこの半月のプロセスがクライマックスを迎え、頂点に達し、次第に収束していきます。全力を注いでやり尽くしたなか、充実感もあれば、祭りのあとのような寂しさも感じられるかもしれません。その〈波〉に身も心も委ねて流れるまま、おもむくままでいきましょう。またきょうは非常に長いトンネルを抜け出たような解放感が得られることでしょう。8月1日の「いままで結構長いあいだ自分にのしかかっていた重荷から逃れられるという安堵の気持ち」とはまた異なる質のものです。日常のストレスや緊張は、人間のあらゆる営みにおける自分自身と人間関係の再構築のためには必要なものなのだと〈あとになって〉理解できるような、そういう質の解放感です。抜け出たところで、いままでの苦労や困難はこのためにあったのかと了解できる。これまでのことが新たな意味を帯びて見えてくると同時に、新しい生を生きはじめる喜びも感じられることでしょう。トンネルの向こうの輝かしい陽の光のなかで存分に喜びを味わってください。些細なことで頻繁に混乱や動揺を起こしがちなときでもあります。安定した洞察力で大局を眺めるように心がけてください。
またこの先半月のテーマは〈解放・放出〉です。ただ単に生命力を燃やしていく〈燃焼〉にとどまることなく、意図的に燃焼のエネルギーを発していくということ。そしてその前段として、繰り返し述べている解放が伴っているのだと理解してください。