少し話は逸れますが、私が自分でも不思議だったこと。
それは私自身のメンタルについてです。
まだ検査に引っかかってしまう前からテレビドラマやニュースなどで癌宣告をされるシーンを目にするたびに、もし私だったら絶えられない、と思っていました。
不安できっと押しつぶされそうになるだろうし、涙が止まらず情緒不安定になるだろうな、と。
なので夫にも「もし私が癌になっても絶対に私に言わないで。言われた途端に弱ってしまうわ
」などと話していたくらいです。
それなのに。
最初の何を言われているのかよくわからない状態のまま、その感じが続いているかのような。
どちらかと言うとどこか他人事のような気さえしていました。
実感がわいていないのかしら??
私を知ってくれている人は口を揃えて「私のメンタルが心配」と言うほど、メンタル弱弱
な私がどうして??
これは現実逃避??
夫にも「割とちゃんと普通でいてくれてビックリ
きっとパニックみたいになるか、泣き明かすかと思って心配だったけど……まぁ、それだけ落ち着いているなら良かったよ」と言われました。
そうなのです。
こんなにも割と普通でいられるのはなぜなんだろう……![]()
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もちろん、いたって『平常心』ということではありません。
もっと取り乱してしまうか、パニックになってしまうかを予想していたのにそこまでになることはなかった、ということです。
嫌だけど「仕方ないよなぁ」って受け入れた感じ。
諦めたってことなのかしら……。
私は数年前から心理学を学んでおりまして、そのご縁で先生やお仲間とたまに会って、お出かけしたりおしゃべりしたりするのですが、ちょうどこのタイミングで会う機会があったので、心理学の先生に今の不思議な心理状態を話してみました。
すると。
「それはね、きっと無意識かもしれないけれど、あなたの中で覚悟ができているんですね」と。
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覚悟!
その言葉を聞いて「それだ!」と思いました。
実は私は結果を聞くまで
『私が癌になるはずがないとして、でもなにかの異常があることには変わらない。
「定期的に様子を見ましょうね。」と言われたら……あの恐怖の体癌検査を繰り返し受けなくちゃいけなくなるのか…それはすごく嫌だ
』
とそこに一番不安を感じていました。
(そのくらい癌だとは思ってなかった
)
で、いざ『癌の疑い』があるという結果を聞いた時に、そこで癌について想いを巡らす余裕も時間もないまま、先生から手術までをダーッ!と一気に説明されたことによって思考が瞬時に『摘出』に注目したように思います。
癌に怯えて、痛い検査を体調を崩しながら繰り返すよりは、いっそ摘出してしまった方が良いかも。
摘出してしまえばもうびくびくしながら婦人科検診を受診することがなくなるってこと?と、むしろちょっと明るい希望にすら思えたこと。
癌のできたところが胃や肺など、日々機能している臓器ではなくて、私にはもう使われることがない子宮であること。
これらのことからショックはショックだけれど、悪い物はサッサと摘出することは私にとってはメリットしかない!と思えたのかもしれません。
さらに、もし若い時でこどもを諦めたくない時期であれば、もっともっと動揺したと思います。
進行も早く、死への恐怖も感じたことでしょう。
ですが、私は死への恐怖を感じることもなく、取ってしまうことは私にとってメリットだと思えました。
そう。
無意識のうちに私は覚悟を決めていたんだな、と。
でもそれって、計算か偶然かはわかりませんが
私に考える間も与えないような、淡々とそしてものすごいスピードで
伝えてくださった先生のおかげかもしれないと感謝しました。
それでもひとりで考えていると涙が込み上げて来る時もありましたが、それも初めての『入院と手術への不安』からくるものでしたし、取り乱してしまうほどのものではなかったので『覚悟』ってスゴイ
と思いました。
病気に限らず、何か悩んでしまい動けないでいたりすることも、こうして覚悟さえ決めてしまうときっと楽になるんだろうな、と改めて実感し、病気以外ではなかなか覚悟ができていないことが多いなぁ
と色々なことを考えるきっかけにもなりました。
このブログは自分のための記録も兼ねているので、あくまで私のケースとして読んでいただけると幸いです。
もちろん年齢や状況によって覚悟ができないまま、辛く不安な思いで治療を受けている方もたくさんいらっしゃると思います。
どうか、その方なりの覚悟ができますように。
その覚悟のおかげで少しでも心が落ち着きますように。