ザ・マシンガンズの必殺技(絶望日記) -115ページ目

ザ・マシンガンズの必殺技(絶望日記)

 心にうつりゆく よしなしごと

とある大型スーパーの食料品売り場。

ところ狭しと並べられた鮮やかな食材。


なかでもひときわ目を引くのは、

いや、鼻腔をくすぐるものは、

要所に置かれた試食用の品々。


 とりあえず、ひと口。


ここでの一番の楽しみと言っても、

決して過言ではないでしょう。



みすぼらしい男の子がふたり。

おそらくは、兄弟でしょう。

店内をわめきながら走り回っては、

競うように、次々と試食の品を、

残らず食べ尽くしていくのです。


「みすぼらしい」と表現したのは、

そのときの衝撃が強烈だったせいで、

正直なところ、どんな様子だったかは、

まったく思い出せませんし、

そんなことは、いまとなっては、

たいした問題でもありません。


しつけをなされていないこと、

それこそが「みすぼらしい」のです。


 親の顔がみたいものだ。


よくそんなもの言いをしますが、

彼らの親の顔はしっかりと見ました。


手当たり次第に試食の品を、

恥ずかしげもなく素手でつかみ、

次々に食べ散らかして回る男。


 かえるの子はかえる。


すべてをひと言で片づける世の中。

社会的責任をまっとうする義務は、

どこで果たされるものなのでしょうか。


                                     by スグル

渇いた心に潤いを。


一編の詩との新たな出会い。

慌しい毎日から、しばしの解放。



動詞「ぶつかる」


             吉野 弘


ある朝

テレビの画面に

映し出された一人の娘さん

日本で最初の盲人電話交換手


その目は

外界を吸収できず

光を 明るく反映していた

何年か前に失明したという その目は


司会者が 通勤ぶりを紹介した

「出勤第一日目だけ お母さんに付き添ってもらい

そのあとは

ずっと一人で通勤してらっしゃるそうです」


「お勤めを始められて 今日で一ヶ月

すしづめ電車で片道小一時間・・・・・・」

そして聞いた

「朝夕の通勤は大変でしょう」


彼女が答えた

「ええ 大変は大変ですけれど

あっちこっちに ぶつかりながら歩きますから、

なんとか・・・・・・」


「ぶつかりながら・・・・・ですか?」と司会者

彼女は ほほえんだ

「ぶつかるものがあると

かえって安心なのです」


目の見える私は

ぶつからずに歩く

人や物を

避けるべき障害として


盲人の彼女は

ぶつかりながら歩く

ぶつかってくる人や物を

世界から差しのべられる荒っぽい好意として


路上のゴミ箱や

ボルトの突き出ているガードレールや

身体を乱暴にこすって過ぎるバッグや

坐りの悪い敷石やいらいらした車の警笛


それは むしろ

彼女を生き生きと緊張させるもの

したしい障害

存在の肌ざわり


ぶつかってくるものすべてに

自分を打ち当て

火打ち石のように爽やかに発火しながら

歩いてゆく彼女


人と物との間を

しめったマッチ棒みたいに

一度も発火せず

ただ 通り抜けてきた私


世界を避けることしか知らなかった私の

鼻先に

不意にあらわれて

したたかにぶつかってきた彼女


避けようもなく

もんどり打って尻もちついた私に

彼女は ささやいてくれたのだ

ぶつかりかた 世界の所有術を


動詞「ぶつかる」が

そこに いた

娘さんの姿をして

ほほえんで


彼女のまわりには

物たちが ひしめいていた

彼女の目配せ一つですぐにも唱い出しそうな

したしい聖歌隊のように



私にとっては、何にもまして、

詩の「癒し」の効果は絶大です。


不器用で、世渡りが下手な、

愛すべきあなたに。


                                     by スグル

ひとには誰しも性欲倒錯による拝物愛、

つまり、フェティシズムがあるものです。

いままでひた隠しにしてきましたが、

この際、恥も外聞もなく告白してしまいます。


実は私、いわゆる『脚フェチ』なのです。


 あ、もうご存知でしたか…


電車内で見かけた脚線美。

きれいに揃えられた長い脚。


ご本人も意識しておられるのでしょうか。

より美しく見える姿勢をとっておられます。



「子どもたちの足が危ない」


窮屈な靴や大きすぎる靴を履くせいで、

足がいびつに変形してしまうというのです。


足は、第2の心臓と言われます。


足の異状は、それだけにとどまらず、

落ち着きがなくキレやすくなったり、

運動能力の発達が遅れてしまったり、

ひいては、学力の低下にまで及び、

心身の健全な成長を妨げるのだそうです。


同僚でよき友人でもあるT氏は、

これに異論を唱えます。


我が子の足の異状を見落としてしまう親が、

まともに子どもを教育をしているわけもなく、

必然的に様々な能力が低くなるというのです。


なるほど、一理あります。



脚線美は、その見せ方にもよるのですが、

その間に相乗作用効果が見受けられます。

さらには、見せ方を知ることこそが、

脚線美の必然的要素であるように思われるのです。


                                     by スグル