「男らしさ」と「女らしさ」…
なるほど、男女の性別によって、
肉体的・精神的差異が生じうることは否めません。
しかし、そのほとんどは実生活において、
重大な支障をきたすものでは決してありません。
結局のところ、男女で決定的に異なるのは、
女性が妊娠・出産するという点だけなのですが、
長きにわたって女性が虐げられ、蔑まれ、搾取されてきたのは、
すべてこのことに端を発しているのです。
相違をありのままに受けとめられなかったばかりか、
男性は、これを利用しようと次のような策略を企てたのです。
人間のあらゆる活動は、生産と再生産に分類されるといいます。
生産活動とは、人間が生活に必要な物資・品物を作り出すこと、
再生産活動とは、生産によって得た利潤を元に新たな生産を行うこと、
また、絶えず全体として生産が繰り返されていくことをいいます。
この定義に基づけば、絶えることのない「種の保存」という観点から、
妊娠・出産は、再生産活動に含まれることになります。
これによって、すべての女性は、
再生産活動を運命づけられていると考えられたわけです。
また、炊事・洗濯・掃除・育児なども、
人間が生活していく上で日々繰り返されることとして、
おおよそ再生産活動に分類されるといいます。
そこで、家事全般には再生産性を備えている女性が従事するのが、
必然であるという結論にたどり着いたというわけですが、
これは、まったく論理性を欠いた非建設的な暴論です。
適性とは、環境・教育・意志などによって決定されるものであって、
先天的なものではないはずです。
また一般的に、男性が論理的・理性的であるのに対して、
女性は感性的・直感的であるとされ、社会生活において、
それがあたかも女性の劣等性であるかのようにいわれてきましたが、
上記のようなでっち上げを論理的・理性的と称するのなら、
その考えもいまや逆転されなければいけません。
人間の資質には個人差が強く、
性差だけがその決め手ではないことは明白です。
それにもかかわらず、自由を侵害し、
個の特性を無視する傾向が依然としてあります。
そこには、男性によって幾重にも罠が仕掛けられているのです。
by スグル