金・土・日は遊びたい、やっほ~
…と、そんなわけにもいかず、
今日も早朝から働いております。
今日・明日と全国各地では、
大学入試センター試験が実施されます。
もともと共通一次試験から移行したものですが、
いまでは国公立大学を志望する受験生のみならず、
私立大学を志望する受験生も多数センター試験を利用します。
ここ十数年で入試も様変わりしたものです。
私は毎年5教科6科目すべての問題を解いてみます。
英語はもちろん、国語も社会もまだまだ受験生には負けません。
しかし、理科と数学は、やっぱり苦手です。
これでも学生時代、自分なりにがんばったつもりなのですが…
個人差はあれど、それぞれに苦手な教科・科目があったはずです。
私にとっては数学。
みなさんは英語ではないですか。
問題集はおろか、教科書を開くのも嫌になって、
試験が近づくたび憂鬱になる。
そして、こう思うのです…
「こんなことを勉強して何になるのか」
なぜ、勉強しなければならないのか。
みなさんの多くが、そう考えたことがあるのではないでしょうか。
仕事がら、いろんなところでいろんなひとから同じ質問をよくされます。
私自身も何度となく考えてきました。
さて、なぜなのでしょう。
それは、よい学校に進学するためでしょうか。
また、よい仕事に就くためでしょうか。
そうすると、おとなは勉強しなくてもよいのでしょうか。
ときどき「学校の勉強なんて日常生活には役に立たない」
あるいは「意味がない」と言われるのを耳にします。
しかし、私はそうは思いません。
それは、勉強しない、あるいは勉強しなかったひとたちの言うことです。
自分たちを都合よく弁護するための言い訳に過ぎません。
そんなことばに惑わされてはいけません。
おそらく彼らは、役に立てる術すら持っていないのでしょう。
日々の生活において、学校で学んだことがどれだけ役に立つことか。
「生きることは学ぶことである」という格言もあるように、
私たちの生活は学ぶことの連続です。
その基本となるのが「学校の勉強」なのです。
人間は、より豊かな生活を送るために学びます。
しかし、そのひと言で、勉強しなければならない理由を
すべて説明したことにはなりません。
答えは……
私にはわかりません。
きっと、誰にもわからないでしょう。
そもそも学ぶことに理由を求めることこそが「意味がない」ことなのです。
by スグル