先日、女子高校野球の決勝が、甲子園球場で行われました。もちろん史上初のことだったそうです。勝ったのは、神戸弘陵でした。怪我で出場することが叶わなかったものの三塁ベースコーチとしてチームを鼓舞し続けた主将の最後のコメントは実に清々しかったです。とてもよい大会だったと思います。ただ、生中継がなかったのは本当に残念でした。翌々日にやっと、ケーブルテレビ(スカイA)で録画での放送が行われました。
女子の高校野球の決勝を甲子園で行うということは、悲願でもありました。彼女たちの先輩である女子選手たちもこの日の出来事を「歴史的」と表現しました。野球をやる女子は言うまでもなく、前からいました。およそ10年前には女子プロ野球も発足しました。その黎明期にリーグを盛り立てて一生懸命プレーする彼女たちを観て、このリーグはきっと盛り上がるし、そうでなければならないと思ったものです。
しかし10年後、そうはなりませんでした。今年、選手不足により女子プロ野球は公式戦の開催を断念し、先日においては残った3名の選手の退団も発表され、ついに選手がいなくなったということです。
この女子高校野球の盛り上がりが、再び女子野球の世界に光をもたらすことになればよいと願います。
先日閉幕したオリンピックは開催までの経緯はともかくとして、男女がともに優勝を目指す競技がこれほどまでに増えたのは大きな特徴だったと思います。卓球では水谷隼、伊藤美誠のペアが金メダルを獲得し、柔道でも団体戦では男子選手と女子選手の混成で臨んだ戦いもありました。これまでの個人戦で優勝した阿部詩、大野将平らがチームとして臨み、決勝ではリネールやシジクといった実力者を擁するフランスと戦うのです。これも新しい時代の流れです。
そもそもスポーツに、性差などないし、誰がやってもいいのです。ただ伝統的に、野球ではその機運がなかなか高まらなかったのかもしれません。「野球=男」という思想があったことは否めません。歴史的に。
それでもあれはたぶん40年近く前のことでしょうか。先日引退を表明した漫画家の水島新司が描いた『野球狂の詩』には、水原勇気という女子選手が登場します。なおこの漫画、当初は国分寺に本拠地を持つ「東京メッツ」という全く強くないが実に個性的な男たちが集う球団の話でした。50代になっても現役を続ける岩田鉄五郎や、ムショから出所して活躍する孤高のエース火浦健、歌舞伎役者との二足の草鞋を履く国立玉一郎などがいました。ところが途中から(けっこうあとのほうだったと記憶しています)、突如女子選手がこの個性派軍団に入り込みます。それが、ドリームボールというとんでもない球を編み出して華麗な下手投げを披露する水原勇気でした。
それ以来、女子が野球をするというのは男子チームに交じって行うものだと思っていました。現実の世界においても片岡安祐美や吉田えりが男子チームに加入してプレーしました。ところがこれはほかのスポーツと比較すると、むしろ珍しいことでした。Jリーグ発足から遅れて盛り上がったサッカー「なでしこリーグ」は女子のみのチームですし、バレーボールやバスケットボールなどの球技も男子チームに女子が混じる編成ではなく、独立した女子チームが伝統的に活動しています。それは、前述の「野球=男」という思想を最後まで抜け出せなかったために「女子野球」の歴史がとても浅かったからなのかもしれません。野球が大好きな才能ある女子でも活動できるチームがないために断念した、というケースも多々あったかと思います。これは、大いなる損失です。我々は「野球界の吉田沙保里」を何人か見逃したかもしれないのですから。
ただ、遅ればせながら野球の「女子チーム」も増えてきていると聞いております。これは残念ながら活動休止となった前述の女子プロ野球も貢献した部分はあると思います。阪神や西武ではその「元プロ」が何人か加入した女子チームも発足しています(阪神の高塚、水流や西武の里など)。
女子だって、野球してもいいのです。したければ、むしろすべきです。やりたいことを断念する世の中になってはいけません。
ゆくゆくはNHKで、女子高校野球の決勝生中継をやってもらいましょう。
昨日、東京ドームへ行きました。ヤクルト主催のDeNA戦でした。試合は2-2の引き分けでしたがDeNAのエスコバーが登板するとやはりヒーローインタビューの決まり文句「オトコハ、ダマッテ、ナゲルダケ」を思い出してしまいます。
「オンナダッテ、ダマッテ、ナゲルワヨ」があってもいいと思います。競技は異なりますが北京五輪に続いて東京五輪でも登板したソフトボールアメリカ代表のキャット・オスターマンがこれを言ってくれたらすごく格好いいと思ってしまいました。この選手、ものすごく雰囲気がいいのですよね。
エスコバーを見た東京ドームの最寄り駅、水道橋でこんなお知らせを見つけて啞然としてしまいました。該当日の9月5日にこの駅を利用する予定はないのですが、なぜ私が啞然としてしまったかは説明しておきたいと思います。
まず、パラリンピックのマラソンは札幌ではなく東京で行われるそうなのですが、水道橋駅の東側を通る白山通りと外堀通りがコースになるようです。したがって水道橋駅の東口(まさに白山通り)が使えるかどうかが怪しく、かつ都営地下鉄の三田線に乗り換えたかったり東京ドームに行きたかったりする場合は東口ではなく西口を利用せよというものでした。
野球バカならご存じの通り、この駅のエレベーターは東口にしかありません。西口には、階段しかないのです。さらには乗り換える場合(上図よく見るとわかるのですが)、「階段下る」と明記しております。
つまり、水道橋駅唯一のバリアフリーコースを、パラリンピックによってつぶしているのです。こんな皮肉なことがあっていいのでしょうか。
もっとも、知事に言わせれば「だ・か・ら、家にいてください。ステイホームです」となるのでしょう。
こんなの、本当に「共生社会」と言えるのでしょうか。
こんなのは多様性と調和でもなんでもなく、「この道しかない」という単一の選択肢と、分断でしかありません。
(なお(このコロナ禍の状況の開催可否はともかくとして)パラリンピック自体に否定的な見解を持つものではありません。「ほかにやりようがなかったのか?」と思っただけです)