ここって禁パチブログなんですよ。
いやいや、何をって感じですけど最近全然禁パチとか
扱ってないじゃないですか。
それどころか、私の過去からパチンコというものが
切り離されてしまっているじゃないですか。
↑これは私の勝手な気持ちですけど。
もうね、3ヶ月も過ぎるとなんか世界が変わります。
パチなんかやってなかったんじゃないかって思います。
ワンピースでいったら新世界に入ります。
NARUTOで言ったら写輪眼が開眼みたいな。
全然分からないですよね。
ほんと、でも目がさめるっていうんでしょうか。
今まで何があってパチに振り回されていたのか
さっぱりわからなくなります。
え?なんで自分。あんなに止められなかったの的な。
よく、やめはじめの頃は掲示板とか顔を出してましたが
書き込みの中に、やめて日数が経ってくると、結構今の私と似たような
心境のになる人が多いみたいです。目がさめたみたいなね。
そんな書き込みを見ながら
「ないわー」
とか思ってましたけど、あるわ。
ほんの数ヶ月前までは私の肉体と精神にドップリ癒着しており
ジャイアニズムなら心の友。
ブルースリーとサモハンキンポー。
タラちゃんとイクラちゃん。
大田とスパーキングなくらい密着した関係であったのに
気付くと縁が切れてました。
あんだけ生活の一部となっていたパチですが
やめると懐かしいもんで、あの頃が数年前のように感じます。
今、禁パチよりも私の口内右奥からメキメキと頭角をあらわしつつある
親知らずの存在の方が気になるのですが、たまには禁パチの話題を。
実は、この禁パチ初めてから今の期間までに
何度かゲーセンで打ったことがあるんです。
つい最近とかも4号機全盛の話をしましたが、あの時はなしに出した
THUNDER-Vが以外と近くのゲーセンにあると聞いたので
そのゲーセンに行ってみたんです。
そこには北斗の拳を筆頭に
THUNDER-V、GOLDX、HANABI、FIRE DRIFTなどが置かれておりました。
懐かしい・・・・
学生時代のあの頃。必死に打ってた自分が見えました。
ほら、よく回想シーンとかドラマにあるアレです。
そんな思いに浸りつつ、THUNDER-Vに座ります。
ピロピロピロとメダルを入れてスタート。
デュリ、デュリ、デュリっと停止音を響かせながら
再度メダル投入。
ディロンディロンディロン・・・・と予告音が響き渡る。
THUNDER-Vを打ったことがない人にはぜんぜん伝わらないかと
思いますが、この台は予告音が全てです。
いや、いいすぎた。8割は予告音が肝です。
高校生の頃、必死に勉強したこの台の予告音発生時の打ち明けはというと
チェリーが6割であり、それが否定されると5回に1回はボーナスという
きわめて信頼性の高いものなのです。大体チェリーさ。
10分後。。。
つまんねぇ。飽きました。
何が楽しくて一日打ちつづけられたのかわかりません。
いや、わかる。きっと、金だ。金の為に打ってたんだ。
お金が欲しくて打っていたんだ。
そう考えると、そもそもパチスロ自体、実はさほど好きじゃなかったんじゃ
ないかと思えてきます。
パチで稼いだお金は、大体そのままパチに流れ込むか
8割方要らないもんを買ってしまうか、友達に奢ったり
キャバや風俗で無くなるといわれております。
消費社会と言われる現在。
まさに消費する仕組みともよべるべきものだと考えられます。
お金を消費、時間を消費、信用を消費。
消費消費で少なくとも私が得たものは教訓くらいなもんでした。
当初はそれがとてもいい勉強だったと思っていました。
ところが、日数が経ってくると自分の中で
あの頃パチをしていたのはなんだったのだろうか。
何かにとりつかれていたんじゃないのだろうか。
やりつづけ、やめられなかった意味がよくわからなくなってくるんです。
実は、過去にも同じ思いを経験をしてリバウンドしてしまいました。
3ヶ月くらい経って、目がさめたとおもいパチをしてしまう。
すると、結局そこからまたパチがやめられなくなってしまう。
この経験があるので、ちょっと打ってみるなんてことは
絶対しません。その一歩が破滅を導く事は分かってます。
ちょっと話がわからない方向にいってしまいましたが
生活の一部であったパチという存在が
3ヶ月を経て、どこかに行ってしまいました。
別にやりたいと思わないですし、リバウンドしたらどうしようとか
しない為にはこうしようとかそういう事すらほとんど考えなくても
パチが無くても生活できる自分がいます。
当時、パチに狂っていた私を知っている人からは
考えられないようで、まだいってるんでしょ?とか良く言われます。
私としては行くも何も、そういわれて久しぶりに
「あぁ、そいや俺。禁パチ中だったんだっけ」
って感じでパチ自体すっぽり忘れている自分に気付きました。
このブログでお付き合いの長い方はご存知かと思われますが
過去に禁パチするために、禁パチしているという意識や信念を
絶えず持ち続けることが秘訣だとお話しました。
今、私がいるのは次の段階かもしれません。
パチ自体がもう自分の中、久しぶりに書きますが自分のファイルから
綺麗に無くなり、パチに触れても何も感じなくなった気がします。
一日パチのことをまぁーったく考えていないことなんて
最近じゃしょっちゅうですもん。
これが冒頭でちょっと触れた、自分の中で無かった事に
なっているっていうのに繋がるんです。
禁パチがある一定時期を超えると、もうさほどがんばらなくても
パチをやめること、パチの事を頭から離すことが楽になります。
たぶん、みなさんそうだと思います。
これが以前触れた、よっしゃ!やめたって実感があまりないって
話にもつながります。ジワジワ効いてくるんです。ジワジワやめてる
自分に気付くんです。
もちろん、私がこのブログを創設してから言ってきた事は
まずいきたい気持ちを無くすということです。
その具体的なやり方を変な方法でお伝えしているのが
シーズン1(4月~6月)の部分になります。
過去の記事を見ると初々しいです。
がんばっちゃろかい!みたいなひたむきさを感じます。
このブログは昔の方が良い事書いてるとおもうので
是非、禁パチしたいと思う方は昔のシーズン1を読んでくださいね(笑
