しばらくうちのwi-fi機器が故障していたので、ごぶさたしております。
今日はニュースについて、思う所を書きたいと思います。
私は正直、ニュースというものが苦手です。
社会に興味がないわけではありません、むしろあります。自分の知らないことを知るのは楽しい。
でも、どうしても政治、経済などもともと気の進まないニュースは、見ていても何も残らないのです。
「何も残らない」というのは「何もそのニュースに対して、自分の意見が生まれない」ということなのです。
意見が生まれない=よく考えてない=頭に残るはずがない、のではないでしょうか。
毎日世界中で起こる悲惨な紛争のニュースだってそうです。
どの場所で、何時に、爆弾が落ちて、その後政府は・・・なんて、ただ実際にあったことを事務的に述べられたって、視聴者は何を感じ取ればよいのでしょうか。
特に、私のような世間を知らない若者。世間を知らなくてもぬくぬくしていられる学生たち。
「新聞を読みなさい」「ニュースを見なさい」
という言葉は、特に就活が目前となってきた大学3年生のころから口酸っぱく先生に言われます。(ただ、「就活のために読む」という動機は個人的には好きではありません・・・きっかけになったなら良いと思いますが)
さて、昨日私はBBCのシリアでのサリンを使ったテロについての記事を一つ選び、読んでみることにしました。私の頭の中には「シリアでサリンが使われたこと・アメリカがそれについて厳しく責める」ということがぼんやり残っていました。ほんとにぼんやりと。(情けないですが)
そこで、このBBCの記事を読んでみると、その事件が起こったときに、どのようなタイミングで起こったのか・どんな武器が使われたのか・どんな人々が犠牲になったのか・どのような傷跡だったのか、などということが詳しく描いてありました。私の心の中には情景が浮かび、胸が苦しくなりました。感情を揺さぶられました。
この「感情」に一撃を食らわせることが、最近のニュースには欠けているのではないかと。
だから多くの若者(世間を知らなくたって学校に通っていればいいと思っている)は素通りしてしまうのではないかと。
とりあえず、その「ぐっと胸にきた瞬間」から初めて私は「もっと知らなくちゃいけない。知りたい」という気持ちになりました。まだその記事は読みかけですが、英単語など辞書を引いてもよく分からなかったらGoogleの画像検索で探してみたり、政治のことになるとぱっぱらぱーなのでインターネットを駆使してみたりと、今まで情報を受け流していた自分にとっては、何が今起こっているかを知る大きな一歩を踏み出した気がしています。
ただ、ニュースにいちいち感情的なもの・感傷的なものを込めていては、それはニュースとは呼べないのかもしれません。「その日にあった出来事を、なるべく早く人々に届ける」というのが、もともとのニュースの形なのではないかとも思うからです。
だから、私の意見は、世間を知らない学生の一つのニュースに対する意見です。
もっと私には知らなくてはいけないこと、知りたいことがたくさん世の中にはありますが、それをうまく自分の中に沈めたいとずっと思ってきました。その方法を自分なりに考えだすことも大事ですよね。
最後は自己反省になってしまいました。(笑)
みなさんは、ニュースについてどのように思われているのでしょうか。