やまだまんの『死ぬまで文武両道!』 -36ページ目

【違和感その4】ブラック企業の公害


ブラック企業は極限までコストカットすることで利益率を高めている。企業活動は利益を追求するものであるから、悪いとは言い切れない面がある。だから政府は本腰を入れた対策をしないのだろうか?

有給休暇の取得を義務付けたとしても、架空消化が促されることにより利益率が上がるだけで、ブラック企業を後押してしまう。
こんな例もある。介護職は重労働であるから離職率が高く、魅力のない仕事というのはよく耳にする。一方で介護報酬を2.27%カット、条件付きで月給1.2万円アップするという、ブラック企業を支援するかのような施策を平気で提示する。社会福祉企業がブラック化している前提を理解していないとしか思えない。介護報酬を下げれば介護職の待遇が下がるし、一度下がったものを上げるのは困難だと思う。議論が逆行しているように思えてならない。

ブラック企業が悪い事は直感的に解るのだけど、違和感だけがモヤモヤ残る。今回はブラック企業の負の遺産について、国益に与える影響という観点で調べて考えてみることにした。




ブラック企業と言えば、まずは勤務時間が異様に長く、残業代が払われないという典型的形態であろう。自分も某ブラック企業で10年ほど過ごしてきた。1ヶ月の実働はピーク時で420時間。平均で350時間。だけど支払われる残業代は45時間分で固定。いわゆるニセ裁量勤務ってやつ。最近の若者は我慢が足りないと言われてきたけど、まだ足りないらしい。ホンマかいな?

もちろん私生活は崩壊するので、当たり前のように友達を失い、仕事以外にすることが無くなる。結婚する人なんてほとんどいないので、もちろん少子化に貢献することになる(※)。優秀な次世代の人材の破壊にだってなる。次世代といっても次世代の党みたいな、次世代までにはいなくなっちゃいそうな人たちの事ではない。就職後に更なる飛躍を志していた人材を、会社に従属させるための教育をして潰している行為は、日本の成長を妨げていると言っても過言ではない。
私のいた会社では企業イメージとしてヤバイと思ったのか、福利厚生に⚫︎-netが加えられた。意味がわからない。

子どもはおじさんたちが作るから、若者は仕事に集中しなさい。日本社会の未来は、老化を知らない次世代の党(もうなくなったけど。)が切り開いてやる。と言うならそれでも良い。


続いて、人材の使い捨ての構造。
ブラック企業は人材を捨てる際、コストカットの為に自己都合退職に追い込む。異様な反省文の作成や過労など、多種多様であるが、精神疾患を起こすまで追い詰める。そして精神疾患を起こした場合、労働災害にせず、公的保険である健康保険から給付されるように仕向ける。つまり医療費コストは、社会に転化してコスト削減することでブラック企業は成長している。もっともらしい表現をするならば、ブラック企業が払うべき費用を、国民の税金で支払っている。知らないところで、みんなで貢献してるんですよ。労働災害、健康保険の審査基準、つまり制度としての欠陥を見直して欲しいものである。



最近の若者は打たれ弱いなんて事も言われるので、昔との社会構造の差を探ってみる。確かに過労文化は高度成長期から続いているものであるが、使い捨ての構造の原点は、1995年の日経連が発表した「新時代の『日本的経営』」が提示した3つの区分である。つまりブラック企業の誕生は1995年である。

「長期蓄積能力活用型グループ」
従来の長期継続雇用という考え方に立った、いわゆる既得権益者。企業の幹部候補だけが従来どおり「終身雇用」を保障される。

「高度専門能力活用型グループ」
専門的熟練・能力を持った、長期雇用を前提としない雇用。簡単に言えば、年俸制の企業などが該当する。

「雇用柔軟型グループ」
余暇活用などを利用して、定型的業務から専門的業務を遂行する雇用。いわゆるパート、派遣労働者などで、雇用期間は短期に限定される。

「高度専門能力活用型グループ」「雇用柔軟型グループ」には、終身雇用されていない
「バブル崩壊後に就職する世代の若者」と「女性」が属する。
※もっとも「女性」は1995年以前から使い捨てにされていたのですが。。。

つまり1994年のバブル崩壊後、経済が右肩上がりにならなくなった時に、おじさんが自分達の既得権を守り続けたのである。これが世代間格差であり、ブラックの起源でもある。世代間格差っていうのは、正しくは既得権益を持っていた人と、それ以外の人の格差。そして既得権から排除された人は、既得権にパラサイトするしかなくなった。一方で排除された人は、既得権からの恩恵も得ているので、異議申し立てがし難いところで均衡している。年金をもらってるおじいちゃんから、孫がお小遣いをもらってる感じが微笑ましい。

この雇用破壊を軸にした新自由主義を進めていたのが小泉政権であり、繰り返そうとしているのが橋下徹・大阪市長である。つまり経団連、政府、与党、既得権益者が共犯となり、雇用の規制緩和を行い、非正規雇用者を使い捨てにして、正規雇用の既得権益を守る構造を作り上げてきたのである。

つまり、今と高度成長期の雇用形態において違う点は、社畜であっても終身雇用が保証されていたか、されていないかである。ある表現を引用すると、今の憧れである正社員と専業主婦のカップルは、会社に束縛された社畜と、近代家族に束縛された家事従属者という最悪の組み合わせに他ならないが、それでも経済成長していたから成り立てた。しかし今は、不況の到来と共に非正規雇用が正当化されてしまっているから、そりゃモチベーションも低いワケだ。



更に深刻なのは、正規雇用と非正規雇用の問題に留まらないところ。何かと大企業は優遇されているように報道されるが、大企業に入るだけで既得権益を得られる時代は終わっている。最大の既得権益者は、大企業の管理職のみである。組合員は若者という弱者で構成されているため、社内の使い捨て戦争から生き残って初めて既得権を得るのである。まして大企業は大量採用で若い人材を使い捨てる事が可能な立場であるから、むしろ大企業の方がブラック化はたやすい。

社会学では、このような構造をメイル・ブレットウィナーモデルと呼ぶらしい。メイル・ブレットウィナーモデルは、ヨーロッパで言うところの移民や、中国の農民工のような二級市民を必要とする。日本の二級市民の対象は、若者と女性。現在の日本は、中国化が進んでいると指摘する学者もいる。普通に考えて、一級市民が高齢者である社会構造の国が持続できるはずがない。

こうした経緯が分かってくると、政府がブラック企業対策をしない理由も分かってくる。つまり、ブラック企業対策を本格的に行うことは、これまで政府がとってきた政策の失敗を認める事になる。歴史を振り返ってみても、日本の政治家は反省をしたことがほとんどない。原発問題だって曖昧。ほんと日本の政治家っていつも変わらない。。。

更に不思議なことに、橋下市長は20~30代・60代という最も新自由主義の被害にあうだろう世代の支持が高い。彼が明確な敵を作って叩くことで意識を逸らし、冷酷な政策を見えないようにしているパフォーマンスに気づけない。国民もいつも変わらない。。。



じゃあ今後どうして行こうか。
現在、この構造を作り上げた既得権益層の高齢化が進んでいるから、これを維持した企業への就職に価値があり続けるとは思えない。既得権益へのパラサイトに執着するのではなく、自分できる範囲で幸せに生きる方法を考えた方が良いんじゃないか?と思えてくる。

更に、コストカットから強い利益を上げる企業体質がある限り、経済状況が立ち直っても国民にお金が流れることはない。今のアベノミクスだって、経済対策の目的が、国民と政府でズレている。やっぱり日本って絶望的。

使い捨てられた後は、非正規雇用の扱いばかりで老後のような人生を宿命づけられるだろう。これって子育てが落ち着いた後、非正規雇用が宿命付けられた女性と構造が似ている。この差別に対する先駆者である女性に学ぶならば、使い捨てられた後は必ずしもワーカホリックに働く必要なんてない。そこそこ働いて、多様化を認めて、格差ヨシ。ヨーロッパは女性と男性の違いを認めた上での平等だ。それか海外逃亡を本気で選択するかのどちらかなんだろう。なんてね。