やまだまんの『死ぬまで文武両道!』 -38ページ目

【違和感その3】保育所がたりない


『保育所が足りないんです!』と言うヒステリックにも感じてしまう報道。今の若い世代は弱い、ガマンが足りない、ワガママだという声もある。金美齢は欺瞞だとも言ってくれた。対立意見が飛び交うこの話題について、自分の考えを整理したいと思った。

今回は少子化が進む日本で、ここまで保育所が足りないと言われる違和感にアプローチした自己解決。子供がいない、作る気が~って奴が言うなってのはご勘弁をw

まず調べたのは待機児童が社会問題になった時期。待機児童が問題になり始めたのは、バブル崩壊後の1994年以降。原因は不況の到来による共働きの増加で、単純に需要に追いつかない事が原因であろう。
さらに震災でも問題になるように、現代はコミュニティーが衰退しているため、支援の手からすり抜けてしまう人が多い。さらに小泉政権が推進した新自由主義が定着したため、2005年頃からさらに過熱する。これを若者という言葉で括るのはナンセンスである。これは時勢だと思う。

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待機児童の定義の問題もあるのでそのままの数字を鵜呑みにはできないが『厚生労働省保育所関連状況取りまとめ』によると、大きく都市部に偏っている事は読み取れる。更に、景気の悪化だけではなく、家庭科男女共習の世代が労働人口になった事も原因だという。加えて共働きが定着することにより、女性が経済的に自立し始めた事で離婚率が上がり、シングル親が増えたことによる需要増加も考えられるという。つまり女性の労働参加が増えているが、制度が追いついていない。同様に少子化の原因も、女性の労働参加はキッカケに過ぎず、それを支える基盤がなかった事が原因なのかなぁ?と新たな疑問が浮かぶ。

ちなみにバブルと言う単語を聞くとちょっと構えてしまう自分がいる。子供、育児、教育の話って、必然的に自分より年上と話す事が多いけど、バブルの余韻が残る世代とは意見が高確率で対立する。子供を産むことを迷う社会をバックにして『産めばなんとかなる』という言葉は空虚に響く。ってか、今の時代に子供を作ると世代を問わず、同じ問題を抱えるのは明確なのに不思議だ。

もうちょい踏み込んでみると、待機児童が増え続ける原因には制度の面もある。自治体から保育所に支給される運営費って、4月の時点で定員がいっぱいになっていないと満額下りないのである。また4月に余裕を持たせて空けておくと、今度は徐々に増える子供に合わせてスタッフを増やす事は難しい。そうなると4月以降の入所は、ほぼ不可能となり、必然的に待機児童が増えることになる。弾力運用もしているが、保育事故が出始めていることから入所人数が限界まで来ていることが伺える。


原理が分かると、今度はなぜ保育所が増えない?という疑問が発生する。調べていくと、場所と人材の問題があるのだろう。

都心部にスポットを当ててしまうと、明らかに場所が無い。保育を権利化して、なんとかしようという意見もある。こ存じの方も多いと思うが、保育所の管轄は厚生労働省、幼稚園・学校は文部科学省である。つまり保育を受ける権利というものがない。国が学校と同じレベルで議論しないのは、これが原因の一つだと思う。しかし権利化するって、ちょっと待てぃ!
そもそも小泉政権が公立保育所民営化により、保育所増加を図っている。これって権利化に逆行していて、これを支持したのはその時の有権者。今更、逆の主張が通用するはずがないでしょ。ちなみに小泉政権が本当にやりたかったのは歳出削減である。国にだって資金はないんだから、保育権利化のハードルはめちゃくちゃ高そうだ。
また公立保育所民営化により、公立保育所の運営費が国庫負担金から一般財源に変わっている。自治体が使える資金は限界があるのだから、公立保育所が増えないのは当たり前。
財界主導の待機児童対策は子供の事を考えていないという意見を良く耳にするけど、これは政府と母親の目的がズレたまま、というか騙されたまま議論された影響なんだろうなぁ。

また北欧型システムの導入を主張する人もいる。北欧って確かに法律とセットですごいなぁと感じるし、日本の社会保障がヨーロッパ諸国と比べて遅れをとっているのは事実。でも必ずダークサイドがある。一番わかりやすいのが税金。独身労働世代の所得税は70%にもなるらしいし、日本人の嫌いなナショナリズムが非常に強い。滅奉公の過労文化が支える日本の税金が70%になったら崩壊は必至。スーパーの半額商品争いが過熱しまくりそうだ。

続いて人材不足の原因を知るためには、保育士という仕事の特徴を知っておかないとならないと思った。保育の対象は0-6歳。保育士のマジョリティーは女性である。つまり6年のサイクルで状況がすっかり変わってしまうので、労働としてはかなり不安定な職業である。待遇を上げる必要性はわかるが、単純に賃金をあげれば良いというものでもなさそうだ。しかも保育所の開所は13時間であり、子供がいる女性にとって良い労働環境とは言えないし、働く母親のための保育所で働く女性が働く母親になれない葛藤が生まれる。とはいえ、むやみに保育士を増やしても、感情労働という特性から虐待のリスクなどもある。保育士という資格で一定の品質を保つ必要はあるのだろう。

少し脱線するけど、認可外保育所における保育事故が取り上げられることが多いのは認可外保育所が急激に増えているからなので、認可保育所を増やしたところで同様の事故は発生する。事故の根本は人材不足であり、むやみに公立保育所を増やしても同じ事故は起こる。理想を考えるなら、人生経験を積んだベテランの女性、男性の保育士が大勢いるような環境だと思うけど、これを作るには法人の努力だけでは無理。自治体にも限界がある。国が本腰を入れてバックアップする必要があると思うけど、国の財源にも限界がある、というか限界。日本ってかなり絶望的な国だなぁ。。。

保育は親と子供のための二つの観点で考える必要があると、あるジャーナリストは言う。たしかに子供にとって見知らぬ人に面倒を見てもらうよりは、親と一緒にいた方が良いにもちろん決まっている。しかし働くお母さんは保育所が必要。また、イクメンは働くお母さんには嬉しいけど、子供がイクメンを求めているのかと考えると、少し微妙だなぁって気もする。駅前の保育所も、仕事をする親には便利であるが、騒音を考えると子供の為に良いとは言えない。けど幼少期を厚木米軍基地の真横で育った私は飛行機が好きだったので苦じゃなかった。電車が好きなら苦じゃないかも。少なくとも、選択の幅を増やすことが大事なんだと思う。



女性が社会で活躍するためには保育所が必要って事はスッキリしてきた。でも『保育所が足りない、入れない』って表現はイマイチだと思う。背景と自分の置かれた立ち位置を自覚していないと、空虚な主張にしかならない。

まずコンセンサスの方法。コンセンサスとは、相手の欲求を満たす言葉で自己欲求を満たすことである。腹黒いやり方には腹黒いやり方で返す必要がある。候補は『仕事がしたい』だと思っている。政治家に対しては税収を増やしたい気持ちを揺さぶる。男性にはあなたの仕事を楽にしてあげたい気持ちを揺さぶる。女性には簡単に察せる事も、男性が察せていない可能性が高い。こんな事を言うと、男女平等に反すると批判を受けそうだが、事実として日本は男に甘い構造であり、どうしてもキーマンが男性になっている事が多い。まして男性は察する能力が低いので、察してくれることはあまり期待できない。特に保育は必要無い、今の若者はガマンが足りないとか言う残念なおじさんにはきっちりと説明してあげないといけないと思う。逆に女性は説明が苦手な傾向があるので、説明する事を求めちゃいけない気もするが、キーマンに訴える必要があるわけだからここは頑張りどころなんじゃないかなと思った。訴え方を変えるだけで、共感者が増えて、マジョリティーになれるんじゃない?と思えてならない。

ちなみに国が女性の雇用を増やしたい真意って、税収増加に他ならないと思う。国が本当に女性の雇用を増やしたいのであれは、女性の変化に合わせて待機児童を減らす必要があり、待機児童減少は労働人口増加に他ならないことを、主張する側も知っておかないとならないと思う。

更に、背景として意外と知られていないのが、認可保育所の運営の多くは自治体の一般財源から支払われている。保護者の方が『私達がお金払ってるんだからー』という主張を聞くが、払ったお金は運営費のごく一部に過ぎない事を知っておくべきである。私立であっても半分が国の負担、四分の一を自治体が負担している。

加えて、高齢化社会の問題がある。子ども手当の有効性にはここでは置いておくが、自民党は『子ども手当ての財源のほとんどは国の借金だ。子ども達が大きくなって、利息を付けて返さなくてはならない。いわば長期的な児童虐待だ。』と批判した。一方で『高齢化社会における諸政策や年金制度は、孫のクレジットカードを勝手に使っているワシワシ詐欺だ』と言う記者もいる。
個人的意見を言うならば(って全部が個人的意見だけど)、統計データから裏付けを取ると後者に傾く。出生率が高い国は、高齢化対策に対して少子化対策のウエイトが高い事が分かっている。ここでいつも注目されるのは北欧である。メディアは北欧は子育て制度が整っている事しか伝えないが、実は高齢化対策のウエイトを落としている。感覚でも分かる通り、日本は高齢化社会対策に比重を置いている。この格差を踏まえた上でなら、労働世代は自分の欲求をもっと主張しても良いと思う。『内閣府 国民生活に関する世論調査』によれば、20代の45.7%が高齢化社会対策を求めている。みんな優しくしすぎやしないか?って思った。そう言えば物心ついた頃には、学校の先生や近所のおばちゃんに『お年寄りを大切に』と言われてきた。それを教えた大人は今や年金世代だ。とてもずるい気がしてきたぞ。

こういう背景を知っておけば、入所に対する異議申立をするのもありだと思えてきた。だけど、本来必要な保育所の数が無いところに押し込む弾力運用によるリスクは承知しておかなくてはならないんだろうなぁ。

少なくとも、仕事か子供かを選択する時代ではなくなっている。待機児童の解消は目的ではなく、社会問題解決の一つの手段であることも間違いない。結局、目的が曖昧なままの迷走で、答えが出るのかな?と不安になってしまった。