ご訪問ありがとうございます
お盆休みが終わりました。
お天気に翻弄されっぱなしのお盆休みでしたね。
あーちゃんもぼーちゃんももう帰ってしまったかな…。
また遊びにきてね。
若い頃、親や年配者に
「大人になれば分かる」とか「あなたも親になればわかる」とか、言われたことはありませんか。
私はあーちゃんによく、言われました。
恐らく、あーちゃんにずっと反抗的だった私を宥めるための言葉だったのだと思います。
正直に言えば、大人になっても親になっても、シニア世代になった今も、あーちゃんの言葉にはピンと来ていないことがたくさんあります。
いや、むしろ子育てに関しては、自分が親になっても
「なぜあんなに色んな事を禁止されていたんだろう…?」「なぜ運動会や授業参観に来てくれなかったんだろう…?」
と、逆に深まった謎がたくさんあります。笑
ただ、「夫婦」のことについては色々なことが理解出来るようになったと思います。
自分が子供の時は、あーちゃんがたんたんにどんなに酷いことをされたかを聞いても、それは私にとっては「母親から聞かされる父親の悪口」だったので不愉快で居心地が悪い気持ちになりました。
酷いことをするたんたんよりも、それを子供に聞かせるあーちゃんの方が嫌でした。
私はあくまでも子供としての立場でしか話を聞けていなかったのだと思います。

今は、自分も家庭を持って長くなったせいか、歳を重ねたせいか、
夫であるたんたんが長年、妻あーちゃんに対してして来たことは、ひとりの女性の人生をめちゃくちゃにするくらい酷いことをだったと、よりあーちゃん側の立場に立って思えるようになりました。
多分、娘としてより妻としての視点で受けとめるようになったのでしょうね。
あーちゃんが亡くなった今、頻繁に思い出すのは
あーちゃん方のおばあちゃんが意識不明になり、夜中に病院へ駆けつけようとした時、たんたんが放った
という酷い言葉です。
あーちゃんが急変した時に、もし夫・ワフワフにこんな言葉をかけられたとしたら、決して許さないと思います。
自分に対する暴言ももちろん許せないけど、自分の大切な人に対してこんなことを言われたら許せるわけがありません。
当時ももちろん酷い言葉だと思いました。
だけど、そんな言葉を夫からかけられたというあーちゃんの立場での気持ちにまでは考えが及ばなかった気がします。
立場が変われば見える景色も変わってくるものなのかもしれません。
もう少し早く、あーちゃんの気持ちに寄り添ってあげれたら良かったのですけどね。
でもやっぱり、長時間愚痴を聞くのは楽しくないし苦痛でした。
旅行中の止まらない愚痴は本当に辛かったわぁ。
この先たんたんに何が起こり、たんたんとの間に何が起き、自分の立場がどう変わっていくのか、見える景色がどう変わっていくのかはわかりませんが、
今のところ思っているのは、たんたんはどうやら「意識がなくなったは死んでいるのと同じ」という考え方のようだから、
もしたんたんの意識がなくなった時に、私たちが駆けつける必要はないということですかね!







