半醒半睡。 -231ページ目

半醒半睡。

夢か現か・・・日々この連続

いやはや・・・疲れましたわ(*´ェ`)タハァ・・・

先月から始めた家全体を整理しながらの模様替え。
何せ全て一人の作業なもので、家具を一つ動かすのにも大変。

一昨年に購入した「楽々ヘルパー」なるものが大活躍してくれました。
数百キロもの家具もスイスイ運べるんですよね。

家の中の不要品整理...とは言っても、口で言うほど簡単じゃないのですわ。
年々衰えてきている我が身にむち打ちながら(ちょっと大袈裟かな?)
一気に片づけることはせず、一部屋に2・3日費やすくらいのつもりで

台所と洗面所で1週間
パソコンルームに3日間
1階の居間と和室の2部屋は3日
物置は1日でOKだろうなぁ~
・・・と、1階は2週間で終わる予定だったんですけどね~
2階は全く手つかずの状態。

一ヶ月過ぎた今現在、まだ完了していません。

ま、寒くなるまでには何とか片づくでしょう・・・

寒く・・・って、今はまだ6月ですが(n*´ω`*n)

我が家は私たち夫婦の他に娘たちがそれぞれの生活をしてきて

寄り集まった集合体なので、荷物もそれぞれにあるのです。

次女も散々荷物を置いて東京に去って行ってしまったし。

いつだったか知人から断れずに譲り受けた家具もあって

それらも含めて、捨てた物・・・2tトラック約3台分


とってもスッキリしましたけれど

2トントラックって意外に積み込めないのね、とも思いました。
でも、まだ処分しようと思えばいくらでも処分するものが出てきそう。
これって全部お金を出して買ったものなんだよね・・・...(ノω`●)ンー

勿体ないって思って取って置くのですが結局使わなかったりするでしょ。
これからはゴミを出さない...そのためにも物は増やさない!
そう心がけていこうと思っています。


ちょっと休憩~♪と、2・3日お片づけはお休みすることにしました。
金曜日に夫とドコモショップへ立ち寄って
・・・・・予定になかった買い物をしてしまいました。

ご褒美に携帯を新しくしてくれるというので、
ついつい甘えて機種変更。

新しい携帯がコレ!!!


コレ!って決めてから知ったのですが、この日に入荷した機種らしい。
画面は大きいし、文字も大きい。
キーの操作がし易くて大変気に入っています。


だけど、高いよね・・・携帯電話。
殆ど家にいて出かけることも少なくなったので
携帯やめようか・・・って思っていたのも事実。

でも、通信手段の一つとして長年持っていたので
急になくなっちゃうとこれまた不安だものね。
公衆電話も見あたらなくなってしまっているし・・・

ってことで、ファミ割りMAX50に変更して
家族間通話無料となった我が家。
せいぜい使わせていただきますわ。

夫とは殆ど一緒にいるのだから
携帯電話が必要な程、離れている時間なんて殆ど・・イヤまずない・・・
家で携帯使うほど広い家ではないし・・・
せいぜいがところ入院したときに使うだけ。

必要なんだろうか?( ̄ω ̄*)ウーン・・・今更だけど

 

 

 

 

 

 

 



江戸蔵前通り
浅草御門から幕府米蔵が建ち並ぶ奥州街道である。

武士の給料はお金ではなく米で支給されていた。
知行取り、蔵米取りという形で年3回(2月・5月・10月)に支給された。
俸禄米・扶持米(下級武士)ともいい、これを換金して生活していたという。
幕府公認の仲間組織である。
その俸禄米を旗本や御家人に代わって幕府の米蔵から受け取り
それを纏めて市中の米問屋に売り渡すのが札差である。

初めは小遣い稼ぎ程度の仕事だった札差だが
享保9年に109人の札差が江戸町奉行所へ願い出てこれが認められ
幕府公認の組織となった。
手数料も公式に設定されたために仲間内での競争もなくなり
札差の収入は安定。
その上、俸禄米を担保にして旗本や御家人に対して金融業も請け負った。

流通統制・物価の操作に彼ら商人や株仲間を利用し、
経済成長の成果を財政に吸収しようという幕府の目的があった。
八代将軍徳川吉宗が行った享保改革の一環であったようだ。


・・・・・というのが札差である。



こうして札差の店が大きくなっていくのに比例して
借金の踏み倒しや無理難題を持ちかけてくる旗本や御家人も後を絶たない。
旗本や御家人から雇われた「蔵宿師」なるものも現れるようになり
札差を営む者にとって頭痛の種となってきていた。

札差を営む辰巳屋平十郎もその一人。
しかし、彼は辰巳屋を継ぐ前(札差が嫌で家を出ていた間)に
一刀流大崎文五郎の道場に住み込み腕を鍛えていたという経歴を持つ。
次々に襲いかかる一筋縄ではいかない事件に立ち向かっていくのだった。


---全9編---
・蔵宿師
・蔵前千両箱
・屑米千石
・あばれ札差
・蔵前太鼓
・本所回向院裏
・命十両
・蔵前閻魔堂
・決闘小栗坂

 

 

 

 

 

春らしくなったなぁ~と感じてから早1ヶ月。
5月も半ばを過ぎたのに春らしからぬ天気続きの毎日です。

いつの間にか桜が散り、
4月の陽気に誘われて次々に咲き出した花々も
寒さに震えながら散っていってしまいました・・・可愛そうに・・・

そんな中、我が家から数分の場所にある
2つの神社のうちの一つH天満宮で、春季例大祭が行われ
3時から奉納舞楽があるというので足を運んでみました。


あちこちの神社や神宮でも行われる奉納舞楽ですが
こうして直に見ることは初めてでした。

笙、笛、篳篥、鞨鼓、太鼓、鉦鼓、楽箏などの管方と呼ばれる伴奏者が8人
4人の舞人により、見事な舞を見せていただきました。
大きな神宮でよく見ているという詩吟を指南されていらっしゃる方の話でも
なかなか見事だよ!というお話でした。

小さな神社での奉納舞楽ですが、とても良かったですよ。

--- 陵王(りょうおう) ---


--- 陵王(りょうおう) ---



--- 浦安舞(うらやすのまい) ---


--- 其駒(そのこま) ---


--- 還城楽(げんじょうらく) ---


--- 還城楽(げんじょうらく) ---



*** 説明書より ***

・陵王(りょうおう)
    支那の北斎の若い美貌の王子が仮面をつけて
    賊軍を討破しためでたい舞楽として神前に奉納される。
    北方印度の宗教楽である「龍王の歓喜」の一部であろうとも言われて
    龍面を戴き「羅陵王」とも言う。

・浦安舞(うらやすのまい)
    皇紀二千六百年(昭和15年)にその奉祝会が全国神社に奉納すべく
    謹制した新神楽。世界の平和を祈る意と拝せられる昭和天皇御制
    「天地の神にぞ祈る 朝なぎの海のごとくに波たたぬ世を」
    に、宮内省楽長が按舞作曲したもので扇舞と鈴舞に分かれ
    4人、または2人で舞う。

・其駒(そのこま)
    毎年の年の暮れに、宮中で皇室の安泰と国民の繁栄を祈るために
    一晩中神前で奏せられる御神楽の最後の曲。
    歌詞は神秘的であるが、おそらく奉仕した神馬に、草・水を与え労る意と
    解せられている。人長(舞人)の榊の輪は神鏡。

・還城楽(げんじょうらく)
    支那の玄宗皇帝が凱旋し帰城しためでたい舞として神前に奉納される。
    支那の北西の西域地方の蛇を食する種族が蛇を見て歓喜する有様を
    模したものではないかとも言われ「見蛇楽」とも言われている。