
神田橋御門近く
三河町の裏店のひとつ徳兵衛店の一軒
間口9尺というその家に相田総八郎は住んでいた。
総八郎は蝦夷松前藩鷹部屋に席を置いていた。
・・・が、藩主松前道広が家督を松前章広に譲ったにもかかわらず
藩政を牛耳ったことで幕府から陸奥国伊達郡梁川に移封を命じられ
1万石の外様大名から9千石の小名への降格となったために
多くの士籍を削らなければならなくなってしまった。
多くの藩士達が浪人という立場になってしまった。
総八郎も帰封の知らせを待ちつつ、傘貼りや庭師などの内職をしながら
糊口を凌ぐ毎日を送っていた。
郷里に置いたままの妻を気にかけながら・・・
妻のなみは嫁ぎ先から実家に戻されたものの居づらくなり
思い切って江戸に出かけ、夫の消息を探し廻っていたところ
偶然総八郎と再開を果たし、狭い徳兵衛店での生活が始まる。
総八郎の元にやっと帰封の知らせが入った時は45歳。
妻と娘の友江との貧しく切なかった14年間の浪人暮らしが終わった。
ある日総八郎は徳兵衛店を訪ねたが、そこには何もなかった。
・憂き世店
・酔いどれ鳶
・露草の悲
・箒星
・望郷
・彩雲
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少し前まで、日本はこんな姿でした。
貧しいけれど人々の暮らしの中には人情が溢れ
支え合って助け合って生きていたのですね。
職を失った夫を健気に明るく支える妻なみの姿に
耳も胸も痛くなった私でした。