半醒半睡。 -147ページ目

半醒半睡。

夢か現か・・・日々この連続

 

 

私は昭和生まれ(詳しくは言えませんが・・・年寄です)で

物心つく以前のことは教科書や歴史本でしか知りません。

それと、TVの歴史番組・・・そのくらいね。

それらも事実なのかどうかさえ分かりません。

まぁ最近は専門家によって明らかになった部分もあるようですが

それでも当事者でなければ・・・あくまでも想像の域を出ない訳です。

 

ただ、今現在の状況を見る限り『そうであったのだろう』と思うだけです。

確かめる術はないのですから。

その辺りは専門家や研究者の領域でしょうし、お任せしましょう。

 

 

なので、私には感想しか述べることができません。

それも偏見です。間違っているかもしれません。

あくまでも私の気持ちですから・・・お許しを。

 

間違っているところがあったらお教えくださいね。

 

 

*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*

 

 

その昔、平塚らいちょう(本名平塚はる)という女性がいました。

そう『元祖女性は太陽であった』という有名な言葉を残した方。

女性解放運動に人生を捧げた女性です。

 

同時代の活動家として市川房枝さんは政治家としても有名。

たくさんの功績を残されました。

何しろそれまでは女性に参政権などなかったのです。

 

 

彼女らが立ち上がって声を上げて日本にも少し風が吹きました。

しかし、この国はあまりにも過去の悪しき慣習の根が深くて・・・

彼女らの想いが実を結ぶには長い長い年月が必要でした。

 

現代は彼女らの活動していた時代とは比べ物にならないくらい

女性の活躍する場は広がってきました。

しかし、彼女らの活動から100年を過ぎた今でも

日本という国はそれほど変わってはいないように思います。

悪しき慣習が消え去ることはありません。

 

 

長年、男尊女卑の社会の中で生きてきた女性達にとっては

自分の意見を発することなど、100%できる訳がなかったのだと思います。

発言するなど・・・以ての外・・・な訳です。

 

何か目立つことをすると必ず言われます。

「女のくせに」

 

「女のくせに」・・・未だによく聞く言葉です。

 

 

日本人は仲間外れにされることを嫌います。

特に昔の女性は生活範囲が狭かったでしょうから尚更です。

長いものには巻かれる。

権力者、強い者には逆らわない。

滑稽なほど忖度することを何とも思わない。

自分の意見は・・・ハッキリ言わない。

まぁ、言えないのです。

しかし、そこのところが森さんが言うところの【わきまえ】なのでしょうね。

 

でも、女性の立場から言うと、自分の身を護るための行為です。

男性社会の中で闘うことがどれほどのものか・・・

自分達には太刀打ちできないのです。

そういう教育を受けてきたから。

学校の教育だけではありません。世間の仕組みがそうであったと思います。

想像するだけで足が竦みます。

 

そういう意味でも立ち上がった彼女らには敬意を表します。

 

女性たちだって心の中にはいろんな思いがあったと思います。

女性を女性と思わない社会全体がそうだったから声を上げることさえできなかった。

男性には決して理解できないだろう男尊女卑という歴史の闇です。

 

 

それまでの日本はどうだったのか?

歴史書の登場人物は勝者も敗者も殆どが男性です。

いくら遡っても日本という国は男性社会であった・・・そういう状況に変わりありません。

少なくても人口の半分は女性であったろうに・・・

 

どんなに上流階級の女性でも

何々の娘、誰々の妻・・・と、あくまでも男性の付属品にすぎなかった。

 

明治時代に戸籍法が出来て平民にも苗字を与えられ

漸く女性も誰々の娘だの何処何処の妻だのという形容詞ではない名前が与えられたのです。。

それでも男尊女卑はそのまま延々と引き継がれているように感じます。

 

身分制度に対する憧憬も手伝ったのかもしれません。

平民が何でもかんでも武家などの真似をして日本人の基礎・・みたいなものを

いつの間にか形作ってしまったのではないでしょうか?

まぁ、武家の何たるかを知らないのでこれも偏見ですけどね。

 

しかし、武士のいた時代は既にありません。

それでも何を勘違いしているのか、何に憧れているのか

「女に学問はいらない」だの「女は子宮でしかものを考えられない」だの

「女は三歩下がって歩け」だの「舅姑のいう事は絶対従え」だの

嫁して、子供に恵まれなければ石女(うまずめ)と罵られ

その昔は一方的に離縁されたこともあったという・・・話。

子を育て家を守るのが女の役目だの

夫に傅き、不平は言わない・・・だの

勘違い野郎の自信のなさの表れがそう言わしめるのでしょうかね。

 

 

今はだいぶん少なくなりましたが

女医、女教師、婦人警官、女工、女給、・・・と

職業に女であることをわざわざ付加して差別している訳です。

今は『看護師』と言われていますが少し前までは『看護婦』と呼ばれていました。

未だに「看護婦さん」と呼ぶお年寄りも少なくありません。

 

仕事をしている女性は職業婦人と呼ばれてある意味蔑視されていました。

結婚するまでは花嫁修業をし、結婚してからは家を守る。

これが当たり前。

女性に求められるものは『良妻賢母』だけでした。

良妻賢母と言われれば聞こえは良いですが

要するに家族制度のなかでは跡継ぎを産むために必要な存在が『嫁』なわけです。

 

今の様に自由恋愛などは考えられなかった時代です。

 

 

 

こんな話をしていて、何か思い出しません?

過去の森元首相の失言です。

『子供のいない女性を国が面倒をみることがおかしい!』と宣った話です。

いつのことだったか・・・

 

いろいろな事情で子供を授かれない方だっているのです。

 

森さんはいろいろな迷言を残されていますが

まさに勘違い野郎の極みですわ。

 

 

ただ、こういう勘違い野郎は森さんばかりじゃないと思います。

が・・・立場上、森さんの言葉はとても問題です。

どうかこれ以上日本と言う国を貶めないでください。

 

どんな時代にも訳の分からない勘違い野郎が歴史に汚点を残してきました。

上級国民だか何だかわかりませんが

言葉を選んで国民に発してください。

 

 

 

国民を、女性を馬鹿にしないでください!

 

 

 

 

 

たくさん汚い言葉を使っちゃったなぁ・・・反省。

それよりも何を言いたかったのか・・・私。

 

 

段々、支離滅裂になってきたので今日はもう寝よー・・・

 

って・・・まだ、早いかあせる

 

 

 

 

 

 

 

・・・腰が痛くてなかなか寝付けません彡(-ε-;)彡

寝返りが・・・キツイ。

本を読もうとしても・・・痛みの感覚が視界の邪魔をしてくる。

 

 

水難事件の後始末でベッドを持ち上げて

夜中まで吸水、乾燥作業したためです・・・

 

重かった・・・٩( ⺤◊⺤)۶

だけど、今やらなきゃ!・・・って・・・

 

誰のせいでもないのですけどね・・・イジイジ( 。´iωi)σ@

 

 

 

で、仕方なくヨッコラショ・・と起きだしてきたわけです。

パソコン弄ってると少し気が紛れるかも・・・と思って。

カタカタ・・・\_ヘ(´ω`) パソコン・・・イジッテマス

 

 

ゲームしていても集中できないし・・・

京極師匠の第二弾にいってみよーかなぁ・・・と。

 

 

 

 

師匠のシリーズではここにも嵌ってしまったのです。

 

『巷説百物語』シリーズ

 

 

 

 

 

 

江戸・幕末、そして明治

 

多彩な登場人物が西から東、北から南へと

日本のあちこちに跋扈する妖怪を鎮め治めるというお話。

 

あぁ・・・こんな簡単な言葉で片づけちゃいけないよね。

 

 

何よりも妖怪と言うものを理解し始めた作品でもあります。

 

 

 

このシリーズでは、やっぱり御行姿の又市さまに惹かれる私。

もしこの登場人物が実在していたのなら誰に会いたいか・・・

又市さまは勿論ですが、一文字屋仁蔵さんに是非お会いしたい。

多くの登場人物が実際に存在したのではないか?と思えるほど

生き生きと、リアルに感じられるのです。

 

 

 

 

初めてこの作品を読んだ時

この物語が昭和へと繋がっていることへの感動を抑えられませんでした。

繋がっている昭和とは其の壱で紹介した数々の作品です。

 

京極作品は他の多くの作品がどこかでリンクされています。

ここで繋がっていたのか~!という驚きと

登場人物の広がり方が半端じゃないのよ。

 

人物相関図を作ってみたくなるわ。

 

 

 

巷説百物語はTVでも放映していたのじゃないかな?

 

私が見た又市さんは、確か・・田辺誠一さん。

他は覚えていないのだけど・・・(n*´ω`*n) スンマセン

 

映像化としては、映画の『姑獲鳥の夏』より良かったと記憶しています。

私ごときがこんな感想を言っちゃダメね。

 

 

でも師匠が大好きだから・・・ついつい、ね。

 

 

でもね、京極作品はやっぱり原作ですよ。

私のような者でも二十数年、ずっと読み続けても飽きないんですから。

で、ページを開くとその時代の登場人物がいつでも私を待っていてくれるんです。

 

 

 

あぁ・・・こんなことを呟くから夫にも異常だって思われたのね。

ハッキリ、異常とは言われなかったけれど・・・

目がそう言ってた(ノω`*)んふふ♪

 

 

夫の読書量はもの凄くて、私は足元にも及ばなかったけれど

唯一夫が入り込めなかった世界が、京極ワールド。

 

 

 

 

嵌るんだけどなぁ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このところ本を仕入れに出歩くことがなくなって

何とも侘しい日々を過ごしているといった毎日です。

 

本にもいろいろあって、一度読んだだけで本棚行きだったり

何度も何度も読み返す本があったりします。

私はお勧めされればまず読んでみる、という素直な性格なので(-ω- ?) ダレガ?

本棚には様々なジャンルの本が並んでいました。

一度処分した(2014年6月14日参照)ので過去形ですが、今もそう変わりありません。

 

 

ただ、これだけは処分できないという本が数十冊があります。

まるで教科書のような存在。教科書と言うか・・指南書というか?

いや、私にとってのBIBLE(バイブル)ですね。

それが京極夏彦師匠の作品群。

 

引っ越しの際に持参したのは京極作品と高校生の頃からの愛読書『古典落語』

そして知人達の作品のみ。

 

 

京極作品は年に数回全てを再読しています。

全てを読んで漸く「師匠の作品を読んだゾ」という気持ちになるのです。

 

年に数回・・・で、二十数年・・・×冊数

新刊が出ると増えていきます。

(o´艸`o)ァハ♪バカミタイデショ?

 

 

 

夫からは・・・

 

 「異常...イヤ...よく飽きないね~」

 

って心底呆れられていました。

(* ̄‥ ̄*)ゝ

 

 

そういう訳で必ずと言って良いほどボロボロになります。あまりに酷くなると再購入します。

なので京極さんの本だけ出版社はバラバラ。

 

 

 

こんな感じ。。。

これは何代目かの『鉄鼠の檻』

 

同じ本をここまで読んで、また新しく購入するって

バッカじゃないの~?って思われそうだよね。

確かに!自分でもそう思います。(ノ≧ڡ≦)

 

このくらい教科書も読んでいたらもっと頭が良くなっていただろうにねー

 

今更だけど( ̄m ̄〃)

 

 

 

 

実は仕事を始めて数年間は、忙しさに感けて読書から離れていました。

悲しいことに本屋さんで屯することも殆どなくて・・・

ある日、新刊の情報でも仕入れようと本屋さんへ。

プラプラ屯している時に妙に分厚い本が目に留まったのね。

それが二十数年前、京極夏彦さんの作品との馴初め。

 

 

 

衝撃的でした。

 

きっと京極ファンの方なら

 

(*-ω-)*´ω`)*-ω-)*´ω`) ウンウン♪

 

d(*´Д`*)ゞソゥソゥ♪

 

d(*^v^*)b ワカルワカル♪

 

と、頷いてくれることでしょう。

 

 

実は京極さんの最初の作品『姑獲鳥の夏』ではなく二作目の『魍魎の匣』が最初の出会い。

まぁその隣に『姑獲鳥の夏』も並んでいたのだけれど。

 

その分厚さを目にして、背筋に電流が走ったような感じがしたのです。

迷うことなく購入しましたよ。

『姑獲鳥の夏』と『魍魎の匣』

 

 

 

 

 

片手で持つにはあまりにも分厚く疲れるのだけれど

この分厚さ、重さが堪らないのです。

(一時は腱鞘炎になりそうでした)

 

 

この二冊を読み終えた時から

私は既に京極さんを師匠!と崇めるようになってしまいました。

師匠であり、教祖様ですわ。

 

 

堤真一さん主演の映画『姑獲鳥の夏』は夫と観に行きました。

とても楽しみにしていたのです。

京極作品の良さを理解できていなかった夫に楽しんでもらえる良い機会だと。

 

ただ、残念なことに初めてこの作品に触れた方にとっては

何が何だかさっぱり理解できなかったのではないかと思いました。

事実、夫がそうでしたから。

映画では表現しきれないのだわ・・とがっかりしたのも事実です。

 

師匠の作品は私達の頭の中でそれはそれは見事に繰り広げられるのです。

これだけ分厚い作品です。時代設定から人物の持ち味など

読んだ人それぞれのイメージで作品が進められていきます。

 

見事なんですよ。

いつの間にか読んでいる私たちもその場にいるような気持になります。

 

 

 

師匠の作品に関しては敢えて感想など記しません。

私の拙い言葉を連ねるなど烏滸がましいです。

是非一度お手に取って頁を捲ってみてください。

 

高度成長期直前の昭和の日本へタイムスリップすること間違いありません。

 

師匠の凄さに囚われることを覚悟して(*´﹀`*)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この『百鬼夜行シリーズ』・・・本来なら続編が・・・出ていた筈。

 

幻の『鵺の碑』・・・

 

 

発売される予定であったはずなのですが

理由は明らかにされず発売されないまま今に至っています。

 

 

京極ファンとしては諦めきれず未だに、期待している訳ですが・・・

 

 

読んでみたいね~

 

 

 

 

 

(4冊でほぼ26cmという厚さ。ゾクゾクするでしょ~♪)