コロナで1年リハビリをお休みしています。

休み始めて、やってはどうか、いやできればやりたくないということに、脳のリハビリについて書いたブログをカテゴリー化することがありました。

昨年gooブログからアメーバブログへ約1,000件のブログを引っ越ししました。

でも自分が書いたブログは、読めば修正したくなるものばかりで、でもその中から残すブログをカテゴリーにしはじめています。。。

 

できれば、今までリハビリで身体がどう変わって、変わっていないものなどは、ブログを書きっぱなしだけではわからないと思っていて、それを知りたいです。

約10年続けているgooブログですが、当初「脳の機能を使ったリハビリ」などというタイトルでした。 

 

ブログを始めたのは、2回目の脳出血で入院中で、私のリハビリを担当してくれたPTの女性のおかげでした。

 

私は1回目脳出血で認知神経リハビリテーションを受け、重度の右麻痺だったので右肩亜脱臼の回復、失語症回復、右足の装具が不要になるなど身体は劇的な変化をしました。

1回目脳出血における㏋

 

 

でも降圧剤を服用しても血圧が200がしばしばで、2回目の脳出血になって、寝たりで、聞こえず話せなくなりました。

入院中に、単行本「脳のなかの身体」宮本省三 箸を読んでいて落ち込んでいたのですけど、私を見たPTの女性は、この本のリハビリをやりたいのかと気づいてくれ、この本を読んで認知神経リハビリテーションで診てくれたのです。

筆談によるリハビリと、ブログを始めました。

 

gooブログのはじまりは、PTの女性によるリハビリを記録しています。

ブログの全記事一覧(2011~)

 

gooブログは、リハビリに関する記事ではないものが多くなりました。

gooブログは継続して、アメーバブログへ引っ越しして、認知神経リハビリテーションだけのブログをはじめています。

 

 

リハビリのメルマガで、ベッドから車イスへ移乗する方法がありました。

介助ありでトランスすることはリハビリで経験はあるけど、ひとりではないなあと挑戦しました。

でも挑戦したとは言えない惨憺たるものでして・・・

尖足である私は、足を軸に、ベッドから車イスへ身体を移動できません。

足裏で地面をしっかり感じる大切さを再確認したといいますか何といいますか・・・

 

この後、足の裏の感覚が気になります。

土踏まずがふくらんで感じるのです。

2001年に1回目脳出血で重度の右麻痺になって、中里瑠美子さんの治療を受けました。

文を読み取ることが満足できない私でしたが、リハビリのために通院しているけど、自分がイメージしていたリハビリとはまるで違うと思って、ある日中里さんに今行っているリハビリはどんなことをしているのか質問したことがあります。

 

せっかく教えていただいても私の頭では当然理解できず、中里さんがおっしゃったひとつの言葉を覚えることしかできませんでしたが。「コア」です。

 

リハビリの説明に「コア」。

ずっとリハビリの核心部分を治療する説明の感じと思っていたけどでもなんだろう・・・

私は2回目の脳出血で寝たきり状態でわずかしか身体は動かせなくなって、コアの意味が少し見えた気がしています。  私は両麻痺の治療にどんなものがあるか見たことがなくて、少なくとも片麻痺のときにあった健側の動きをリハビリに利用することができません。 一から動きをつくるには・・・となると身体の動きはそもそもどうやってつくるものなのかと思いました。

 

 

中里さんは、私がサンダルをはいてリハビリに出掛けたとき、靴を履くより人に見られる足の動きがあるでしょうと言われたのを思い出しました。

そのとき思った動きは、コアと呼ばれそうな心から生まれたように感じ、どう動くか考えずに気づいたら身体は動いてしまった、と思ったんです。

そんな動きができることがリハビリには求められるのだろうか。

そんな風なことを、認知神経リハビリテーションの説明として中里さんはおっしゃったのだろうか。

臨機応変な動きは自分の身体を守ることができる動きだとも思いました。

 

 

寝たきり患者が、いずれ立ったり歩けるはず、というのが自分がリハビリに託した希望です。

 

認知神経リハビリテーションは(以前は認知運動療法と呼ばれていた)、脳出血後に偶然、この専門家にお会いして、この療法によるリハビリを8年以上受けたので、自分には当然のことかもしれませんが、リハビリの概念っぽいものは、認知神経リハビリテーションのそれの影響を受けていると思っています。

 

先日、ブラウザのブックマークを整理したら、2006年に書かれた認知神経リハビリテーションを、本を紹介しながら説明している方のブログがありました。

本の出版社のあおり文句には「脳科学、身体の哲学、神経現象学、認知心理学、芸術、オートポイエーシスなど人間の知的・身体的・文化的創造力のすべてを総動員し」とあります。

 

というように難しいことに挑戦して何かをやってくれそうな予感がするリハビリ療法だと思っています。

 

くだけた感じのタイトルですが、このブログが書かれた当時のコメントにリハビリ専門家らしき人がいらっしゃいました。

 

 

上記のブログが書かれた頃、脳出血後2年認知神経リハビリテーションを開始、もうろうとした頭がクリアになって、ネットを使って自分が受けているリハビリっぽくないリハビリについての説明を探していました。

当時は今ほど認知神経リハビリテーションのいい説明は見つからず、(学習、という言葉がわりと出てくる療法だったから?)東大生ならよいリハビリなのかとか、この療法で患者を診るリハビリ療法士はすごく勉強されてお高く留まっているという印象がありました。

 

患者の私は、脳卒中・脳出血は脳の病気だから、原因は脳にあってここを治す必要があると、リハビリ内容はわからないけど、脳を理解して治療するのは大変だなと思っていました。

 

反対に1回目の脳出血で認知神経リハビリテーションの前に2年程受けたリハビリは、身体の動きにくさの原因にはふれず、リハビリ内容は同じことの繰り返しでわかりやすいものでした。

 

 

 

2回目の脳出血で始まった寝たきりの療養生活で、でも自分は悲しんでいませんでした。
これは恐らく1回目の脳出血で認知神経リハビリテーションを受けた可能性があると思っています。

認知神経リハビリテーションは、楽しいとまでは言えなくても、リハビリで行った出来事はいい意味として思い出として、私の頭の中に残っていました。
2回目の脳出血によりつらいリハビリが始まるとは考えていなかったことは確かです。
私は2回目の脳出血で入院中、退院したら認知神経リハビリテーションはでリハビリを受けたいと治すことを考えていました。

多くの障害を残した2回目の脳出血なのに自分はどう考えているのだろう。

私は認知神経リハビリテーションによって自分という人間が変わったと感じたところがあります。
認知神経リハビリテーションは脳が考える機能を使ったリハビリ療法なので、自分の考え方に修正が何度も入ることから考えても、この方法でリハビリを行って自分の考え方が変わったと感じるのは自然なことかもしれない。

リハビリは自分の身体を生活しやすくするものだと思っていますが、本当に自分だけのもの?という気がするんです。
少なくとも自分が行ってきたリハビリは、一人ではできないものばかりでした。






 

訪問看護師さんに、一人で寝返りしそうだった、これがしょっちゅう起こるといいね、と言われたんです。
聞くと、サイドレールつかまって、左側へ寝返ったそうで、これは右側寝返りなら動きのある左足を使っているので簡単です。重度の麻痺の右足が同じことをやっていたそうでびっくりしたんです。

今まで重すぎる右足のために、サイドレールにつかまっても左側寝返りはできませんでした。

「不思議だな」
そう思いながら寝返ってみると、2回だけサイドレールにつかまらずにできた。
「自分の身体で何かが起きた。それに気づいたのは訪問看護師さんの言葉なんだけどな。」
ベッド上で転がっていると、腰がなくなったみたいに軽かったんです。

右足についてブログに書いたばかりだけど、それが軽くなった腰とは関係なそうです。
でもそのブログでスポットライトが当たった重度の麻痺の右足。そのことが、リハビリに発展する理由がわかったりしたら興味深いと思います。

たぶん、自分は動かない身体を無理やり動かそうとしていて、本当に動かすにはどうすればいいかを考えていないからだと思うのですが。

今まで寝たきりの自分がサイドレールをつかみ身体を引き寄せるのはあまりよくないと確か言われたんです。

 

手すりにつかまって、車イスから立とうとしてしまう。

脳からNGと言われる。

脳からのNGは、気持ちがよくないとか、疲労を感じるとき。

NGがないときは、楽ちんで、気持ちいい。

片麻痺で中里瑠美子のリハビリを受けたとき思った感想です。

私がやりたいことと、脳がやりたいことが一致すればいいのに。

 

手すりにつかまって車イスから立つことができないことは、手すりにつかまった私の手だけしか立つことに参加してないです。

私は体重約30kg。

手すりにつかまった手がお米20kg以上のものを持ち上げている・・・?

 

動きのある手で身体を動かすのではなく、立つことなら顔を下に向ければお尻は持ち上がり立つのに近い格好になり、手を使わなくても立てる、はず。

 

理想的な身体の動かし方をマスターしたいなあ。

 

 

 

 

 

 

作業療法士の橋間葵さんがお書きになったブログもわりと読んでいます。

内容はセラピスト対象のようですがおもしろいです。

 

「腕や指が曲がってくる症状について」を読んで、中里瑠美子さんに受けたリハビリを思い出しました。 中里さんも作業療法士です。

 

私はパソコンに夢中になるといつも麻痺の右手の肘が曲がっていました。

中里さんは、時々右手を見て、とおっしゃいました。

 

「???右手を見るだけ?」

キツネにつままれて右手を時々見たら、肘が曲がらなくなりました。

 

その指示を受けたのは10年ほど前で、現在もパソコンに夢中になっても肘は曲がりません。

本当に不思議ですが、右手を見ているときはパソコンの夢中さにストップをかけていたんですよね。。。

 

橋間葵さんのブログで「曲がってくることをコントロールできるか」

それを行ったことで廃用手と診断された私の右手はコントロールできたんだなあと思ったんです。

 

 

前回ブログで、自分には聞こえない質疑応答のリハビリの動画のことを書きました。

動画のセラピストは、閉眼して腕の関節を触っているから、麻痺の方の存在(感覚)を確認する方法を説明していると思いました。

 

これに似たリハビリのことがメルマガに説明があってびっくりしました。

メルマガでは、テーブルに手を置き目を閉じると、麻痺がない手には輪郭があると感じるのに、麻痺の手は輪郭がなかったり、手の存在が感じにくくなっているとありました。

 

両麻痺の私で試すと、左手には輪郭はなく、重度の片麻痺だった右手には指はなく感じようとすればするほど右手は重く感じた。左手はじーっとすると輪郭はないが動くと輪郭でてくる。右手は動かすことができません。

 

目を閉じて身体の部分をイメージする脳の機能がある。

思うように身体が動かないのは、脳が正しくその機能を処理できないみたいです。