身内が他界してすぐ悪霊になるわけではない、事故死や自殺でも同じで死んだときの記憶がないから死んだことさえ忘れている。残っている記憶は生前自分がやっていた仕事だけで喜びや悲哀なども忘れてしまっている。
死んでも死は認識せず生前と同様に1日が過ぎてくると信じ家の後かたずけだったり草むしりや風呂の掃除をする。
痴呆症ではよくあることだが現実と夢の境界線が無くなり夢で見たことなのに現実で起こったことだと錯覚するようになる。
物を動かそうとしても物がつかめない。
物に触れることが出来ない、触れることが出来なくてもただ病気のせいで手が思うように動かないだけだと思ってしまう。
この段階では家の中をうろつくだけで悪意は持っていない。
現実社会と変わらないのが余計なことを言う物の存在である。
考えてみて欲しい、記憶を失って不安を持つ人は自分を知ってるかもしれない人が現れたら半信半疑だが信じる、それしか自分が存在していられないからだ。
現実では自分の利益を得るために人をだます奴はいる、だが死んだ人の世では利益は得られるが自分が愉しさを得る為だけに人を騙す悪霊が存在するのが現世と霊界の違いかもしれない。
”あんた、死んでるよ”
死んだ前後の記憶はないが残っている記憶もあり空白ではない。
「何を馬鹿な」
会話する相手を驚かせないためにしてはいけない事は突然姿を現さない事で相手に自分を霊だと思わせず生者と思わせることである。
相手が信用しないのは男は承知の上だった。承知の上で打ち解ける
話術を心得ていた。打ち解けた相手に言う台詞は決まっていた。
”困ったことがあったら相談にのるよ”
初顔合わせは短いで会話で済ませ去っていく、男は相談にのることだけいうと立ち去った。
死後49日で死を認識し進む道を明らかにしなければならない。
病死した場合や自分に落ち度がなく事故死したのであれば神は迎え人を差し向けるが死んだ原因が自殺であれば神の決めた天寿を全う
せず神の意図に反する理由から迎え人が訪れる事はない。迎え人が現れないことから死を確定できない。
死んだ母親は生前、家の中で仕事を探していたように昼間歩き回った。息子が自分が脱ぎ捨てた衣類やおむつを片付けてくれるのは感謝しかなく見ていて涙が落ちるものだが問題は遺品の片付けだ。
死を受け入れてない母親にとって大事にしていたものを捨てられたり身内に遺品として差し出されるのは遺憾の想いだ。
「ちょっとそれ、どうするんだ」
「わっちの話を聞いてるかい?」
死者の遺品を片付ける息子の耳に母親の言葉が伝わることはなく手の動きを止めることはなかった、使い手のなくなった化粧品をごみとして片付けると
「まだ使える、とっておいて」
「化粧水はまだそんなに残ってるじゃないか捨てるんじゃない」
プラスチック製の上蓋を外し液体を無神経に零すと瓶は空瓶の置き場に投げ入れる息子に母親は怒りしか湧いてこない。
女性は様々な種類のカバンを持つ、カバンの種類は多岐にわたり数は増えるものでその中には思いれが強いカバンもあり家族には理解できないものだ。
生者であれあれば会話によっていつの日か怒りが収まるものだがこと死者の場合になると怒りが増幅され呪いにと変わる場合もある。
記憶を失った死者であれば自らで悪霊になることはない、何者かが考えを諭す場合にだけ怒りという思念を膨らませる。
しかし布団干しや部屋の掃除、よく使っていた3面鏡の鏡を綺麗に掃除してくれたのを見ると悪想念は消え目頭が熱くなる。
食事の度に出される手料理とお線香の火を絶やさない努力で母親は胸が一杯だ。
折角天国の階段が見え始めた時だというのに天国への阻止に動く悪霊の湊(みなと)は目標を変え夫に怒りをぶつけるようにする。
大吾の父である孝蔵は働きが悪く作物の種を植えるのはいいが作物は世話を焼かねば育たない、世話を焼くのはいつも母親であるタネの役目、市場に出荷する為の収穫さえ孝蔵は手を出すことがなくいつも文句をいうだけ、農業人としての責任がないのだ。それでもタネは文句を言わず子供の為に働いた。
親族がタネにくれた衣類も孝蔵がきにいったら横取りし自分のものにしてしまう。昔流行った諺(ことわざ)が孝蔵のお気に入りだ。
”おまえのものは俺のもの、俺のものは俺のもの”
”ひどい男だね、よく何十年も連れ添ったものだ”
「そうでしょ、我慢したのはすべて息子大吾の為だよ」
「舅も嫌な人でわちはよく虐められたものさ、当時は小姑もいてね
両方から虐待されたのさ」
”奥さん、あんたの人生我慢するために生きてきたのかい”
毎日線香を欠かさずあげている大吾であるがタネの記憶を変え誰も線香をあげていない風に記憶を捏造した。
”ほら御覧なさい、線香さえ上げて貰えないじゃないか”
”子供の頃は可愛くても年を重ねるごとに父親に似てくるものさ”
「・・・」
憎悪に魂が染まってしまうと悪霊に変貌する
一旦悪霊になってしまうと綺麗な無垢の状態に戻れない。
あとは滅却するしか道がないのである。
この物語はフィクションであり登場した人物、団体は
事実と関係ありません