母親が借金を苦に自殺して息子の啓太郎は実家の静岡に帰省した
父親は56歳で病死した、残された53歳だった母と息子の啓太郎の二人だけの家族だった。
些細なことで喧嘩して啓太郎は家を出てしまい母親麻子は築60年の2階建ての一軒家に一人で暮らすようになった。
農家であったら農地があるので野菜で生計を立てたのであろうが元々建売住宅だったから庭は狭く農業の経験もない麻子は会社勤めで収入を得るしか方法がなかった。
求職より求人がうわまると特技を持たない麻子のような求職者は選考から落とされ職が見つからない、職を見つける前に雇用保険の振り込みは終わってしまった。生活するためには公共料金の請求が無情にやってくるし食費も捻出しなくてはならない、そこで残った手段が消費者金融だった。
その頃息子の啓太郎はなんで一度も実家に帰らなかったと言えば帰りたくても帰れない事情があった。
連絡がとれない啓太郎に母の死亡の知らせが届いたのは桜が舞う4月
警察からの知らせだった。
「柳嶋啓太郎のお住まいで間違いありませんか」
「静岡県警の桐山というものですが柳嶋朝子さんはおかあさんで間違いありませんね」
「そうですが母がなにか」
「ご自宅でお亡くなりになりましたので現場検証にあたり息子さんは一緒に住んでいなかったとの確認です」
「母が死んだ?・・・」
「1年前から別居しています」
「おかあさんが一人住まいだったのですね」
「これから現場検証をすることになりますが遺体は検死官へ送ります、そちらの方で遺体を引き取る手配をお願いします」
「事件性がないのに現場検証をしなくてはならないんですか」
「ご自宅で亡くなられた場合は現場検証をする決まりなのです」
「ご理解ください」
啓太郎は長野県にあるアパートからレンタカーを借りて高速を走りながら母の事を考えていた。
- 70代以上なら病気で他界も我慢できるが50代で他界などその覚悟も啓太郎はなかったし30代で喪主をしなくてはならないなど夢にも思ってなかった。
世の中には冠婚葬祭の準備が出来るシステムがあるが若かったせいで自分にはまだ関係ないと思っていた啓太郎は考えが及ばなかった
霊柩車の手配などわからないので葬儀屋に頼むしかなかった。
「ご遺体が到着したので一度お越しください、葬儀の打ち合わせもしたいのでよろしくお願いします」
葬儀屋からの電話が掛かってきた。
葬儀屋に行ってみると遺体を安置している場所に案内され葬儀屋の担当者の後をついていくと寝台の上に載り白い布が掛けられた遺体がそこにはあった。白い布が赤く染まるところが見える、多分血で
検死官が切り刻んで血止めなどろくにしていないのだろう。
啓太郎は死因がわかっているのに切り刻む必要があったのだろうかと疑問に思った。
白い布を担当者がまくり上げると切った場所から出血の後が見えてまるで犯人に刃物で切られた後のようで1年前に逢った時と比較するとその違いに涙が自然と溢れてくる。打ち合わせは金を掛けない方向で決めた。
- 生花は頼まない
- 棺桶はグレードが一番下
- 待ち時間に料理は不要
- 引き出物は返せるので10セット
- 骨壺は最低ランク
- 本位牌は不要
- 寺に墓はあるが遺骨は海にまく
寺に埋葬をすると和尚に車代や心づけ、戒名代、埋葬代を支払わなくてはならない。
啓太郎は父の埋葬されている墓に母も入れてあがたいと思う心は持っていたが借金してやっと出せる葬儀代のほかに戒名代を出せるゆとりはなかった。戒名だけでうん十万なんかどう考えても無理なの
告別式を終え助手席に骨壺を厳重にロープで縛りなんとか無事に家までたどり着いた。1年ぶりに帰ってきた実家懐かしい思いが込み上げてくる、だがあの頃と違い母はもういない。玄関のドアをあけると居間、居間の上り段を上がり右の引き戸を開くとダイニングとキッチン。金をかけて作られた使い手のいなくなったシステムキッチンだけが台所で光っていた。システムキッチンの脇でぶら下がった紐が目に入った。
啓太郎は紐を見てみた瞬間この紐で首を吊ったのだと理解した。
首を入れた輪の部分が生々しい、死ぬ直前母はどんな思いでいたろうかと考えが過った。
紐が揺れ始めたので地震が起きたと思ったが蛍光灯は揺れなかったので地震は起きていない。勝手口から外に出られるが勝手口は閉まったままで風は吹きこんでいない。紐の揺れは止まるどころか一定のリズムを取っているかのようで止まる気配はなかった。
台所のドアを開けて仏壇のある和室へ行く、多分設計者が台所と和室は直接行けた方が便利とでも考えたのだろう確かに水やお茶は居間にはない台所で用意するものだ。
家族全員が元気な時には和室と台所が直通できるので便利だが台所で死者が出た場合には気持ち良いものではない、この家ではそれに加え首吊りの紐が垂れ下がり紐の脇を通って仏壇のある和室へ行くことになる。身内といえども首吊りした部屋を通るのは気持ちのよいものではないと思いながら啓太郎は骨壺を抱え和室にある仏壇へ
歩を進めた。
電気、ガスそれに水道まで料金未払いで止められていた。携帯のライトもないし照明といえばライターか携帯電話しかない、蛍光灯はあるが電気がきてないのでは使えず家の中は日光がでている昼間でも薄暗い。今日は青年期まで暮らしたこの家に泊まって明日帰ろうと思っていたが電気が通じているのが前提で2階で寝ようと思っていたが照明が何一つないのでは無理だと諦め長野に一時帰ることにした。
それから数日たち自分のアパートからいろんな物を車に積み込み準備万端で静岡県にやってきた。寝る場所は2階の洋室だがトイレは1階にあり夜中1階に行くことになる幸いなことに台所には行くことなくトイレに行ける。
流石に首吊りの紐はあのままにはしておけず持ってきたサバイバルナイフで8割ほど切ったので安心してトイレに行くことが出来そうだ
台所には曇りガラスのサッシがありトイレに行くとき紐が見えてしまうのだ。
2階で寝ていると何か音が聞こえる。
家の中には他に音を立てる物がいないので耳を澄ますと聞こえてくる。
”ギぃー、ギぃー”
建付けの悪い扉が開く時に開け始めに鳴るような音。
寝ている最中、尿意を催し眠ることができない。
時計をみると深夜2時半いわゆる丑三つ時だった。
すぐトイレに行かないのは怖いからに他ならない、トイレ自体怖くはないがトイレに行く際台所が見えてしまうからだ。例の音もどこから鳴っているのか気になっていた。
ひょっとして・・・と考えてることがあるから怖いのかもしれない
我慢に我慢を重ねるがもうダメだと思いトイレに行く決心をする。
階段を下りていくとあの異音”ギぃーギぃー”が大きくなる。
台所の曇りガラスに紐につるされた影のような黒い物体が透けて見えた。その物体が揺れることで異音を発していた。
啓太郎のある筈がない予感は当たった、一緒に暮らしていたら母が自殺して幽霊になっても普段の延長のように思えたかもしれないが1年の疎遠になってる時期が人を変貌させた。
目が合わないように啓太郎は視線をトイレだけに向けた。切ったはずの首吊り紐は切る前の状態に戻り肢体の重さで紐は悲鳴を上げる
”ギぃー、ギぃー”
急いでトイレに駆け込んでみたがそこで失敗したことに気がついた。
「そういえば水道は止まってたよな」
でも先程早い時間にきた時は確かに流れた、流れないのを承知でコックを回してみるとタンクに溜まってた水がすべてを流す。
「え?なんで・・・」
そのうち消えていた電気の通ってない灯くことがない電灯が突然明るくトイレの室内を照らしたのには驚いた。
啓太郎は母を置いて出て行った自分を母は恨んでいると思っていたので自分を恨んだまま自殺したと考えていたが自分の思い込みだったようだ。
「ありがとう、かあさん」
啓太郎がそういうと台所からしていた異音は消えた。
トイレから2階に戻って布団の中に入ると啓太郎は早朝明け方母の夢を見た。
“啓ちゃん、啓ちゃん”
”ごめんね啓ちゃん”
朝日の差し込む光が部屋を漆黒から白昼の世界に導く。
「夢でかあさんは何を謝っていたのだろう、謝りたいのこっちだ
よ」
啓太郎の本意は父と一緒の墓に埋葬することだがお寺に埋葬するのは金銭的に無理だった。
公共料金も払えない、ろくに食事もとれない知らなかったで済まされることではないが啓太郎には母を気遣う余裕がなかった。自分のことで精いっぱいだったのだった。
長野勤務先の整理を終えて静岡県の家で暮らすため本格的に行動しはじめた日の晩のこと、1階で駆け回る足音が聞こえ目が覚めた。
足音は啓太郎が目覚めるとしなくなったので啓太郎は再び眠りに入るのだが啓太郎には聞こえない会話があった。
「おばちゃん、何してるの」
「・・・」
「紐にぶら下がっておもしろい?」
「僕たちおばちゃんが怖くないの」
「別に怖くないよな」
「怖くないよ」
首吊していた麻子は紐から首を抜くと絣(かすり)の着物を着た子供たち二人と明け方までかくれんぼして遊んだ。朝になると消えて居なくなったので人間ではないようだ。人間でなかったら幽霊、それとも妖怪どちらかになる一体なんだっただろうか?
1階でかくれんぼをしていたことなど知らない啓太郎は寝ていた為、現実か夢か判断に苦しみ音がうるさいとだけ翌朝覚えていた。
多分夜中に目覚めていても見に行かなかっただろう、怖いからと思ってしまった。
こっちで職探しをしているが何回面接を受けただろうかいつも選考から漏れる。今回も3社面接を受けて今日は連絡待ちをしていた。
「もしもし柳嶋さんのお宅でしょうか啓太郎さんはご在宅でしょう
か?」
「あのわたしですがどちらさまですか」
「宮崎産業の山下と申しますが先日はご多忙のなか当社に応募頂き
ありがとうございました」
「選考の結果柳嶋さんは採用となりましたことをお伝えします、つ
きましては後日弊社の方へお越しいただきたくお願いします」
「本当ですかよろしくお願いします」
諦めていた本命の会社が採用と言われ啓太郎は有頂天になる。
母が使ってた布団をたまには干そうと思い布団を畳もうとしていた時だった布団の一部がほつれ羽毛布団かと思っていたが解れから出てきたのは昔流通していた聖徳太子の1万円だった。羽毛の代わりに旧紙幣の1万円が入っていたら一体いくら必要なのか考えてみて欲しい。
ふとんを裂けば簡単だが母の羽毛布団だから捨てることはしたくなかった、旧紙幣は出せばどんどん出てくるまるで終わりがないマジックアイテムだ。畳んであるのやくしゃくしゃになっているのなど
一枚揃えて一枚づつ数を数えていくと結局500万になった。
啓太郎の頭の中では様々なことが脳裏を過る。
母も知らない父が隠したやばい金じゃないのか、もしやばい金でも何十年前のこともう時効が過ぎてるはず、旧紙幣は過去の流通紙幣だから現在でも使えるのか、旧紙幣だとしても日本銀行券の1万円だからげんざいでも一万円として使えるのでは、金券ショップに持ち込めば一万円以上になるのではなかろうか札に皺があるからダメ
だろうなと考える。しかしもし使えたら母を父と同じ墓に埋葬できるが49日は過ぎてしまう。
海にまく49日まで僅か10日、海に撒いてしまうと墓には埋葬できない海に撒くか49日を過ぎても墓に埋葬する覚悟はあるのか決断
に迫られる啓太郎だった。
この物語はフィクションであり登場する人物
団体には一切関係ありません