母親は痴呆性のため家族の洗濯物を自分のタンスに仕舞うように
なったがどんなシャツを仕舞ったか忘れてしまうのは痴呆症の行
動のひとつである。川藤作造は自分の洗濯物を探すのは無駄に時
間を費やすものだと思い母に頼っていた洗いものを夜自分で洗う
事にした。
仕事から帰宅してからの洗いものは疲れるものの毎日自分の洗濯
物を探すのはストレスが溜まるし自分の大事な時間を無駄に浪費
し好きな事をする時間が減る、ただでさえ母の代りに米を炊かな
ければならないし明日の仕事の昼飯である弁当を作らなければな
らないのだ。
夜、洗濯機で脱水した後靴下やTシャツなどはエモン掛けに干す
のだけどツナギみたいに長物だとハンガーで干す必要があり照明が
ない暗闇でハンガーに掛けるのは焦りを感じてしまう。ハンガーに
は服のバランスが必要だからだ。
焦りを感じているとどこからかか口笛を吹く音が聞こえる、風の鳴
る音とも考えたがリズミカルに誰かが吹いている口笛だ、だがおか
しい近くを通る際に口笛を吹くのなら近くに着たら大きく離れて行
けば口笛は小さく聞こえる筈だが口笛の音量は一定で変わらない。
庭に背を向け洗濯物を干していると視線というか人の気配を感じる
夜なので洗濯ものが洗濯バサミで日中のようにうまく挟めず戸惑っ
ていると気配は強く感じる。
”怖い”
振り返るとそこに誰かが立っているようで振り返る事が出来ない
先程も書いたが照明はなく真っ暗の中月明かりだけが頼り、その
月明かりも雲が架かり怪しく光る。生暖かい風が強く吹くように
変わってくると頬を触られた感覚が残る、振り返ると誰もいない
誰もいる筈ないのに誰かに背中を押された。
”ぎゃははは”
耳の鼓膜に揺さぶりをかけるように笑い声が響いてくる。
突然大きな声を聞いたものだから脳にダメージを受け溜まらず耳
を両手で塞いだ。
音が鳴り止んだんで目を開けてみると自分が小さく写ってるのが
見える、こんなところに鏡なんかあったろうかと考えてみたらそ
れは鏡ではなく人の黒目で他のものが視野に入らない程わたしに
接近していた。
「おまえの黄色のTシャツなんか知らないよ」
他界した母の声が聞こえた。
目の前の人物から距離を開けようと離れようとしても接近せず離
れない、どういう訳か同じ距離のままだ。
「Tシャツなんか知らないよ」
「おれの勘違いだった、頼むから成仏してくれ」
いつも痴呆症になった母はわたしの服を自分のタンスとかとんで
もない場所に仕舞いこんでまた黄色いTシャツもどこかへ仕舞っ
たと思ったが良く考えてみれば自分で仕舞われる前に片づけたの
を思い出したが母に謝らなかった。母が自殺した理由はこの時が
発端かもしれない。母にとってこの日から息子が自分で夜洗濯す
る事になり干された気分になったのだろう。
「Tシャツが見つかりそうだが一緒にくるかい」
「い、いや。気にしないであの世に行ってくれ」
「そうはいかない」
母は骨と皮だけの痩せ細った腕でわたしの腕を掴むと漆黒の闇へ
消えてわたしも連れて行かれた。
おわり
この物語はフィクションであり実在の
人物団体には一切関係ありません