自宅で介護し続け6年、美紗は決断を迫られていた。娘の沙智子が20代でガンを発症し転移を繰り返し自宅療養になったのは医師から余命宣告を聞かされたのは毎年紗智子が楽しみにしていた大東京花火大会が行われた夜、美紗は決断した。母である美紗は6年間何度決断を迫られてきた事だろう、最後の手術となった体力的に医師から止められた手術さえも僅かな可能性から沙智子は希望した、娘を失う覚悟で美紗が手術を承諾したのは娘の僅かな希望を潰したくないとの想いもあるが娘は何より今生きる希望を抱いている。数年前、夢を持ていた沙智子は手術すれば店を開けると確信し未来を夢に見て退院したが一月後転移が見つかり癌細胞を削除する必要性を語られ開業の為に準備していた不動産を手放し資金も手術代に回すしかなく夢は崩落し塵と消えた、母親の美紗は沙智子が夢抱いていたのを知っていたからこそ娘の絶望感が理解できた。沙智子が何度自殺を試みたことか、吸った事のないタバコを喫いだし酒に溺れる日が続いても美紗は何も言えなかった。一日でも早く絶命したいと願っていた娘に変化が訪れたのは自宅療養中にある男性と会話しはじめた日からだ。
美紗が沙智子が寝た切りの部屋から出る時、ベッドのリクライニング
リモコンを取って欲しいと頼まれたのでまた今日も会話すると思うと微笑んでしまう。会話といっても電話でなくチャットという文字の会話で緩んだ顔を見られると怒られそうで顔を伏せて部屋のドアを静かに閉じたのを回想する。美紗は娘が決定的に変わったのは何時からだろうと過去を振り返ると・・・あれは流動食をトレーに乗せキッチンから部屋に持ってきた時だった。何気に横目で娘のノートパソコンのディスプレーを見てなぜ娘の機嫌がわるいのか理解できなかったがパソコンを見て要約美紗は気づくことができた。
”よく知人や親から頑張ってと言われるの、手術も何回したかわからない、辛い薬も飲み続けているのにどこをどう頑張れと言うの”
”おれは頑張れなんて言わないよ、人の為に頑張る必要なんてない”
”君が誰かともっと一緒に居たいと思ったら頑張ればいい”
”頑張って長く生きるおまじない聞く?”
”なにそれ?”
”おれの為に生きろ、半年、ひと月、1時間、30分でもいい、いや1分でもいいからちょっとでも長く生きてくれ”
”ぷっ、また韓国ドラマ見たんでしょ”
”ばれた?”
”いいわ、了解したよ”
母親としてはどこの誰だかわからない相手と毎日ネットで交流するのを快く受け入れられるものではないががん治療薬で麻痺する指を一生懸命動かしキーボードを打つのを見ると停める事はできなかった。
相手から書かれた文章を見て美紗は心を打たれるものを感じた何故なら自分は頑張れとしか言えなかったからだ。この日から娘の沙智子は禁煙、禁酒したので沙智子の心境にも変化が訪れたのだろうと過ぎ去った過去を想えばそのように思える。
大学病院での手術を承諾し娘の病室へ戻るとベッドで寝る筈の娘はいなかった、自殺も美紗の脳裏を一瞬駆け巡ったが生きる為に娘自信が希望したので有り得ないこと、万が一のことを考えて非常階段か屋上を探してみると非常階段で娘は誰かに電話する姿を美紗は目にした。電話で誰かに痛みを訴える姿、それは母として娘を育て27年辛さ、苦しさを告げたことのない気丈な娘のはじめて見た姿で訴えながら涙を流しているのを階段の隅から見つからない様に見ると自分の弱さを受け入れてくれる唯一の相手なのだろうと美紗は思った。沙智子が息を引き取った今、走馬燈のように昔の記憶が流れて行く。
娘である沙智子はドナー登録をしていた為他界しても家へ戻す事はできない、当然火葬も遅れるので美紗は連絡をどうするべきか考えた
娘の生前、美紗は沙智子から相手の男性へ死後贈る様にと頼まれていたものがありどうしても死を告げなければいけない相手だった。
美紗は日記に男への遺書とも思える文章を書き綴り母に託したが贈るタイミングまで沙智子は考えていなかったようで死後に葬儀は一般的な常識にっ沿って行われると考えていたようだが母親としてはとりあえず臓器摘出が終わってから連絡したほうが良いと考えたのであるまいか。3か月経過した後関東に住む信釘佑太のもとへ宅配便が着いたのは生前、娘である沙智子が梱包し宅配便の伝票まで張り付けていたからだ。
裁判所の法廷だろうか3人の審議官数段高い壇上にすわりその下は木製の柵が設置され柵の向こうには数人の人間が着席している。
「審議官、転生を放棄しますから現世への旅立ちに許可を頂けませんか」
「あなたは上級霊、いずれ恵愛天となられる御方ですので転生し人間となり現世で修行する必要はありません」
「転生しないのであれば人間の肉体にわたしの魂をいれることは出来ませんか」
「何を急ぐのです?あなたが戻る必要がありますか」
ここは霊界の裁判や申告を受け審議する審議会の場所。生前は彼である信釘佑太(のぶぎゆうた)に自分を忘れてあたらしい出会いを求めて欲しいと願った沙智子であるが他界から10年経っても佑太は変わらず精力的に肉体は老化し小作りも厳しいと知った。天上界で修行中だった沙智子へ教えたのは佑太の指導霊、佑太の2代まえの祖母だった。祖母といっても見た感じ30代そこそこで若く朱鷺と名乗った。その朱鷺(とき)から現在の佑太をビジョンで見せてくれた、死後2周忌最初で最後の挨拶だった。ビジョンで見ると佑太は10年前に見た時より老け一人畑で作業している。ネットで出会い数か月で他界となった沙智子はじぶんのことを忘れ新たな人生を見つけ幸せに暮らしている佑太を想像したが考えは甘かった。生前は天国で待つことができると思っていたが実際に死んでみると死者は進路により交差しない、現世で修行となる者は天上界で修行するものと二度と会う事は無い。
「沙智子さん、佑太を一人にしていいの?このままでは待つのは孤独死だけなんだ」
「今は天上界で修行する身、何もわたしには出来ません」
「いやあの子をなんとか出来るのは貴方だけ、法廷に申告すれば良い」
「なんと申告すすのですか」
「天上界まで昇ったのだから現世へ転生するのは叶わないし転生したところであなたが成長する前にあの子は死ぬ。特例をつくり魂だけを現世へ送るのさ」
「地上で浮遊霊になれと?」
「そうじゃない、生きる人間の魂とあんたが融合するのさ」
「そんな事神様でなければ出来ないのでは?」
「あんたの気持ち次第さ、あんたさえ承諾すれば後のことはあっちがやるあっちに任せなさい」
他人任せはやめにして自分で佑太をなんとかしようと考えだした沙智子である。
”カンカン”
「静粛に」
すると男女5人が一斉に挙手をした。
「はい、そちらの方どうぞ」
「順風満帆に生きてきた貴方達審議官の皆様はご存知ない、独身で60才まで生きてきた佑太に出会いなど有ろうはずもない。このままでは江戸時代から続いてきた我が家は断絶する」
「はい、そちらの女性どうぞ」
「我は稲荷神の巫女にございます、家が滅んだら稲荷様の社は滅ぶでしょう、ことは一族の断絶に終わらず地域の破滅を呼ぶことを存知ているのか?」
審議官の3人は椅子から立ち上がって相談しはじめ、過去の前例など書類を探し始めるが似たような案件はない。
「先程男性の方が言われた60才になるのであれば子供を持つ、子孫をつくるのは不可能であるならば今更妻を娶っても一族断絶は避けられぬことではないでしょうか」
「わたしの性技が魅力ないと?」
”カンカン”「静粛に」
「さっちゃん、例えあなた達に子ができなくても養子を貰えばいいわ」
「審議官さま、これでよろしいか?なんでしたら保証人として天照さまに来て頂くこともできますが」
「何の冗談ですか、法廷侮辱罪になりますよ」
「まぁいい、申告を受理して閉廷します」
沙智子は数人の男女から声を掛けられ審議館は歓喜に包まれ沙智子は勝利した。沙智子の傍に座った人の顔を見ると殆どが自分達の先祖だが最後部にひとりだけで座った人物には心当たりがない。
「おばあさま、後ろに座っていた髪の長い綺麗な女性は誰です」
「あの方は天照大神様、佑太が神社の町代だった頃から傍にいたそうだよ」
「てっきり稲荷神さまかと思ってましたがまさか御神がこられているとは思いもしなかったですね」
佑太が60才を過ぎた秋、台風が過ぎ去り竹藪は台風の爪痕として竹をなぎ倒した。畑へはトラックで行くため竹を排除しなければならず佑太はひとり竹を切断しどかす為に土手近くの畑をめざし車を走らせた。河が増水して氾濫したせいかバス通りはセンターラインが泥で覆われ見えない。舗装されたアスファルト道路だが泥が流れてきたせいでアスファルトの影はなくまるで山道でも走っているように思えた。住宅の間を抜けると車1台が通れる農道がある。ほとんど車の走らないため佑太の通行を妨げるものはいない筈だったがその日は違った。自分ちの畑に行こうと思っていると突然軽トラックが農道の真ん中で停車したいたのが見えたのだ。車を近づけてみると停車していた軽トラックのドアが開き帽子を被った若き女性が車から降りてこっちへ向かい駆け寄ってくるではないか。
「車が動かないんです、どうしたらいいかわからなくて」
車をみるとエンジンはかかっている、タイヤは田畑に強いミックスだ。
タイヤが泥道に嵌っただけで4駆に切り替えれば出れるだろと考えた
「レバーが一杯あってどうすればいいのか」
「運転かわってあげるよ」
軽トラはダンプで4WDだけで2本レバーがある、それに加えダンプのPTOレバーがあるのでわからないのも無理はない。車を4WDに切り替えしただけで簡単に車は動きだすことができた。
「相変わらず若い女の子には優しいんだから」
てっきり礼を言われるかと思えばまるで知り会いのような口調に佑太は違和感を覚えた。20歳を越えたくらいの若い娘は去り際に淡いピンクの唇を緩ませていたのが妙に気になる、しかしどこかで会った事があるような気がするのも気のせいなのだろうかと考えた。それから数日過ぎた農協グループの直営店でのこと、秋に植えるジャガイモの種イモを買うため店を訪れると見覚えのある若い娘がいた、若い娘にあまり縁がない佑太には珍しいこと、そもそも農協直営の店で若い娘を見かけること自体稀なことだった。
「あ、こんにちわ」
「え?あ、どうも」
「先日はお世話になりました」
「そうでしたっけ?」
「もう忘れたんですか?ひど~い、畑で手取り足取りで教えてくれたじゃないですか、わたしはじめてだったのに・・・・」
「あんた、何があったの?」
娘は母親と一緒にきていたようであの言い方では娘を心配したのも当然だ。佑太は最初わからなかったが娘の声で記憶が蘇り先日に何をしたか思い出すことができた。確かに運転席にすわる娘の手首を掴み4WDレバーを操作した、4WDのままで走るとステアリングブレーキがかかり小回りできないのを知っていたから教える必要があったのだ。娘の言った言葉に嘘はない、娘の手を取ったのは事実だしはじめて4輪駆動にしたのも真実だろう。だがあんな言い方をされては誤解を生む、まるで畑で自分が娘に致したみたいではないか。女性の肉体に対し興味が失せつつある60代男性だが世間では60才をまだ女性に対し現役と考える風潮があり○姦した気分になった佑太である。
「ちょっと、あんな言い方したらまずいでしょ」
「どこが?本当の事じゃない、どこらへんがまずいのかなぁ」
佑太が小声で娘に耳打ちすると事態は悪化してしまった。
「やん」と娘は艶っぽい表情を見せたのだった。面長で顔のパーツがバランスよく並んだ娘は一般的いう美人の部類に入るものでそんな娘がため息を発したものだから店内の客は注目するのも当然で佑太は十数年ぶりに赤面してしまった。
人の縁とは不可解なもので年の差や年収などの結婚相手の理想を越えた先に存在するようで出会いから親密になるのは順調に事が進むようで娘の母親から事情聴取のような質問を受けたが結局は娘と見合いをする運びとなってしまった。どこかの誰かの意思に依るものだとしても結局は本人たちの意思によるもので決まる。ここまで見た方は予想されるかもしれないがこの娘の魂は沙智子だ。いかに沙智子の魂が入って気持ちを指導しているとしても好みではない男性に対し娘である友禅紗癒紀(ゆうぜん さゆき)は時間が経過すると違和感を感じるところだが沙智子と同じ性格、好みだというように心底から佑太に好意を持っているように見える。自然に振る舞うから母親も疑念を持たない。
「この子ったら今まで見合いを何度しても断ってばかりだったんですよ
母親の私が言うのも親の贔屓目と思われるかもしれませんが容姿は良い方だと思うんです、その娘が自分から見合いを望んだなんて初の事で大事件かもしれません、本音を言ってしまうと男嫌いかなとさえ思っていたんですよ」
「おかあさんやめてよ、もう」
沙智子、いや紗癒紀はこれからはじまる佑太との人生が嬉しくて仕方ない事もあり見合いして60代と20代の結婚が決まったのは即決である。
秋、畑一面にジャガイモの花が咲き乱れる頃、ジャガイモ畑で二人の結婚式は行われた。台風が去った9月に出会ってから僅かひと月の10月になったばかりの日曜日だった。
おわり
この物語はフィクションであり実在の
人物団体には一切関係ありません