祐一と由美はナナと一緒に富士の森公園で開催されていた木工教室
に参加していたが急遽サイン会へ出なければならなくなった。だが木
工教室は9時から午後4時までなのに対しサイン会は15時から行わ
れる。思った以上にフォトスタンドの作成に手間取り15時を回っても
ナナと祐一のフォトスタンドは完成出来ず15時を回った時点でせめて
由美だけでもサイン会へ向かわせた。サイン会の主役となる二人は今
ここにいる、由美もまた自分の出した写真集のサイン会へ参加しなけ
ればならなかった。
由美がサイン会、会場へ到着した時は午後3時半であり既に30分遅
れている。場内が騒然となっていたのも当然だった。西尾は由美を見
ると大きく手を振り由美を呼び寄せた。
「由美さん、急いで早く着替えて」
「この服のままじゃダメかしら」
「本を買って頂く方々はすべてお客様ですのよ、私服では納得してくれ
ませんわ」
更衣室へ西尾に連れられ由美が渡された服は赤く光沢があった。
由美がその服を広げるとそれはチャイナ服、透けてはいないものの不
安が由美にはあった。
着替えてみるとチャイナ服はオーダーメイドのようにはっきりと身体の
線が露わとなっている。ブラジャーとショーツの線もはっきり見えるくら
いなのでどの程度ぴったりしてるかわかるというもの。そこで西尾は由
美に助言した。
「ダメダメ由美さん、チャイナ服はね下着を脱がないとダメなのよ」
「なんで?チャイナ服を裸で着なければならないと聞いたことがない」
「その刺繍をよく見てね、凄い光沢でしょ」
西尾から言われて刺繍を見ると一切ほつれがなく縫い目も鮮やかで
職人が一針づつ丁寧に縫ったものだと素人目にもわかる刺繍であっ
た。そもそも自分の身体にぴったりとフィットしてるのに服のツッパリ感
はなくまるで自分の身体の一部でもあるような素晴らしい着用感があ
る。
「そのチャイナ服はね中国本国から直輸入した逸品でね、むこうの国
でも貴族しか着ることが出来ない高級品なのよ」
「悪いわ、そんな高価な服を頂いちゃ。申訳ないわ」
「それいくらしたと思っているの?誰があげると言いました」
由美は祐一と一緒に寝る時に着ようと考えていたが西尾とて売る事は
考えておらず自分が夫雅之との夜のプレイで着ようと考えていたのだ。
西尾と由美は身長こそ西尾の方が高いがスリーサイズはほとんど変
わらなかった。ただしこの服を来た由美の姿を中国のバイヤーに見せ
ることが譲り受ける条件だった為にもし条件を満たさなかった場合は
返却しなければならない。
「これ頂けるなら着てもいいわ」
西尾には今時間がない、とりあえず由美に来て貰える為に譲歩した。
「いいわ、仕方ないけどなんとかしましょう」
ここで何も言わない由美が今妄想してると西尾は考えた。由美は妄想
しながら脱いだ下着を椅子の背もたれに掛け着替えをしている。
着替えを終えた由美を見て西尾には驚きがあった、なぜなら由美の裸
体よりもチャイナ服を来た由美の方がスタイルがいいのだ。まるでコルセットを着用にしてるようにウエストは細く胸は補正されたようにトップ
バストは上にあったからだ。
「なんかフィットしすぎて何も着てない様な、股の間がスースーするし」
「とにかく急いで予定は詰まっているの」
更衣室から出て行く由美の後姿を見て西尾は下着を脱いで着用した
ことに自分の正当性を感じた。由美はTバックのショーツを穿いていた
のだがそのまま着用しても問題がないと思え西尾は迷った、だが結
局脱ぐことにした。チャイナ服を着る由美の後姿は尻の盛り上がりに
従順するようにチャイナ服の生地は纏わりつき尻の山と谷を見事なま
でも表現していた。
祐一がサイン会、会場に到着したとき由美は高く積まれた写真集の
横で笑顔でサインしていた。ただその見に着ける服を見ると着ていた
私服と違うことをすぐに理解した。だが写真集が置いてあったからそ
こに座る女性が由美だと予測出来ただけであって顔だけ見ていたら
祐一は由美だと気が付かなかったかもしれない、それだけ容姿が変
わっていたのである。長く真っすぐな髪は後ろで束ねられ髪形に合わ
せるかのように上品なナチュラルメイクは王室貴族を思わせていた。
「由美なのか」
「そうだよ、祐ちゃんこの服いいでしょ」
確かに高級そうなチャイナ服ではあるがその前に祐一は由美の胸
に”ぷくり”と突き出た二つの突起物が気になっていた。由美の耳元
で囁くように聞いてみた。
「おまえ、もしかしてノーブラじゃないのか」
「あ、やっぱり気が付いた?実はそうなのよ」
祐一が来ている男性客の視線が由美の胸に集中している気がしてい
たがやっぱり祐一の勘違いではなかった。サインを待つ人の列は祐
一と由美で1列、もう一人の作家が1列なので祐一からは当然正面に
立つ人間の視線はわかる。夫としては異性である男性から妻の胸を
見られるのはいい気がしない、だがここで妻の胸を見ないでくれとも
言える状況ではない。そもそもなぜ別々の本を販売してるのに2列で
ないのかといえばそれこそがこのサイン会の売り、1冊の本で二人の
サインが貰えると言う最大のメリットがあるからなのだ。祐一の小説は
由美をヒロインとして描いているから当然読者は由美のサインを欲す
るが由美の写真集の場合は結婚前の伊藤由美として作られたもので
由美のサインがあればいいと思うところだが・・・・。
「祐一さんサインをお願いできますか」「いいですよ」
由美の写真集は単なるセクシー写真集というだけではない、祐一の小
説があってこその写真集であった。まぁ小早川と出版社はそれを見越
してのサイン会であるから二人分のサインが貰えることをセールスポ
イントにしての開催、会社の目論見は大成功といえる。祐一からサイン
を求めるのは大半が女性であるが男性も混じっていた、対し由美から
サインを求めるのはすべてと言っていいくらい男性ばかりであった。
そんな時、ショートヘアで小顔の顔立ちがいい女性が由美にサインを
求めてきた、由美の瞳をまっすぐ見つめて微笑んでいる。
「ご無沙汰してます、由美さん」そういうとお辞儀をした。
「あなた、沙織よね。しばらくね何年ぶりかしら」
沙織という20代半ばの女性は由美の髪や服装、化粧した顔を見た後
横にいる祐一の容姿を確認してから由美に言葉を投げた。
「由美さんあなたは趣味が随分と変わったようですね、以前ならば男に
媚びを売る態度や服装など嫌悪してましたのに残念ですわ」
「あなたにもそのうちわかるときが来るわ。」
「由美こちらの方はどなたなんだ?」「昔の友人よ」
祐一は親し気に話す二人を見て気になり聞いてみたが由美は友人と
答えた、祐一は由美の古い友人に会ったのはこれが最初だった。
「そちらの男性は彼ですか?わたくし元恋人でしたのよ」
「いいえ、彼じゃないわ沙織。わたしの大事な旦那様なの」
そういえば先日の晩に由美から自分は同性愛者だったと祐一は気か
されたのを思い出した、元恋人とは即ち同性愛者であり由美の相手だ
ったと理解した。だが今はサイン会、これ以上のゴタゴタはまずいので
ある。
「沙織さんでしたね、今サイン会の最中なんですよ、後日ゆっくりと話し
て頂きたい。今日の所はお引き取りください」
「それは由美さんと二人っきりで話しても良いと解釈してもよろしいので
すね」
「その通りです、自分が責任を持って由美と遭わせることを確約します」
「ちょっと・・・祐ちゃん」
沙織は由美の様子を見てから唇をつり上げ笑みを浮かべた。
「わかりました、では由美さん次に会える時を楽しみに待ってますわ」
去り際に沙織は足を止め振り返り言った。
「確か祐一さんと言われるんですよね、実はわたくし貴方のような方を
探してましたの。では失礼致しますわ」
その言葉を聞いて二人は顔を見合わせた。
「おい由美あれって冗談だよな」
「もう何言ってるの?社交儀礼だから本気な訳ないじゃない」
「あなたのような中年を好きになるのはわたしくらいだよ」
と由美は祐一を諭すように言ってはみたものの西尾の例もあり油断は
出来ないと考えた。もしかしたら夫の祐一は美人にモテる体質なのかも
しれない、これが由美の杞憂である。
サイン会にはいろんな人と会った、自信有りすぎの人に赤面して思うよ
うに話せない人そして大胆にも由美に抱きつこうとした人もいた。由美
にとって貴重な体験になったし夫の祐一を慕う女性ファンも少なくなか
った。1時間半というサイン会はあっと言う間に終わり今は家族と合流
し小早川を含む出版社のスタッフと西尾良子と河北將之夫妻で打ち上
げをするため御殿場市のホテルまで来ていた。良子は本来結婚したの
で河北良子が正しいのではあるが仕事や公の場では旧姓を名乗る事
も度々あったのである。
「ママ見て、ナナの作ったフォトスタンド」
「良く出来たねぇ、パパが手直ししてくれたんだよね」
「うん、パパ大好き~」
本当にうれしそうに笑うナナを見て由美は木工教室に参加して良かった
と心から思った。夫から参加しようと言われた時、不安があってナナに
は無理だと反対したが終わってみて結果は良好。祐一に改めて惚れ直
していた。そして父の広治と香那子夫妻もナナと長い時間過ごせて幸
せそうにしてるし義母の多恵もいい笑顔で笑っている。幸せそうな祐一
家族が座るテーブルに対し今一つ盛り上がりに欠けるのが主宰者達が
座るテーブルだった。水滴が流れる冷えたジョッキのビールを飲みなが
らも小早川の憂鬱が解消されることはなかった。
「なんでこう次から次へと問題が発生するんだよ」
「わたくしも由美さんが同性愛者だったとはじめて知りましたわ」
「相手の女性はきれいな人でしたね、由美さんにも劣らないくらいの」
小早川と西尾の会話に河北が入ったのだが河北の物言いに妻の良子
は眉間に皺を寄せ不快感を露わにした。
「將之くん、その言い方だとわたくしは由美さんと相手に劣ると言ってい
る様に聞こえますが夫からそんな風に思われていたなんて心外です」
「い、いや良子。決して劣ってなんかいないよ、君の方が美人じゃない
か。」
「あら本当?まぁ愛する夫がそういうのであれば納得してあげます」
西尾いや河北良子は胸を撫で下ろす夫を見て嫌らしく微笑んだ。
ひとそれぞれ悩みはあるものの打ち上げということでみな楽しんでいた
いたかに見えた。祐一の母、多恵も笑ってはいるが心の中である覚悟
を決めたのもこの日であった。そして由美もまた決断していた。
8月15日、関東地方は台風の直撃を受け降水量は300ミリを越えた。
畑に出れない祐一と多恵は家にいる、由美もまた台風の影響で会社
は突如休みとなった為今はナナの相手をして一緒に塗り絵をしていた
外は唸る風の音と大粒の雨が屋根を叩きつける音、そして木々の枝
が擦れあいテレビの音も良く聞こえない。そんな中祐一の携帯電話が
着信音を響かせた。祐一が出てみると知らない女性からだった。
「こんにちわ、わたくし藤森と申しますが祐一さんの携帯で間違いあり
ませんね」
「そうですが藤森さんとう方にわたしは心当たりがないのですがどちら
の藤森さんですか」
「これは失礼致しました、先日お会いした時自己紹介しておりませんで
したわね。奥様の元恋人の沙織と申せばご理解頂けるかしら」
そこでやっと祐一は相手の女性が何者なのか気が付いた。そう富士の
森公園で行われたサイン会で妻の由美にサインを求めたショートヘア
で小顔の女性、由美が沙織と呼んだ女性のことを思い出した。
「ああ、あの時の女性ですか。なんの御用ですかね」
「明日、奥様と会いたいのですが取り計らって頂けます?」
「妻の予定を聞いてから返事をしても構いませんか」
「それで結構ですよ、では由美さんからの電話をお待ちしておりますの
でよろしくお願い致します。祐一さん約束は守ってくださいますわね」
「勿論です、では失礼致します」
すぐさま祐一は由美に藤森沙織から電話が会った事を告げた。それは
勿論、藤森が由美と逢って会話を希望していること。だが二人きりで逢
えばどういうことになるか由美には想像できたが祐一には女性同士の
会談なので心配する事は無いと考えていた。
「ちょっとナナちゃんはおばあちゃんのところへ行ってくれるかな」
「なんで?ここでパパとも遊びたい」
「ごめんなナナ、ママとお話しなくちゃいけないんだ。向うへ行っておい
で」
ナナを追い払うと由美は真剣な眼差しで祐一を見つめた。
「ねぇ祐ちゃん、わたしが沙織と会ったらどうなるか考えた?」
「ただ話をしてくるだけだろ」
「それで話がつけばいいけどね、あなたは何もわかってないわ。わたし
と沙織は昔肉体関係もあったけど恋愛関係でもあったのよ、そんな
二人が再び会って再燃焼したらこの家へ戻ってこない事だってある
んだよ」
「おまえ戻ってこないのか、捨てられるのかおれとナナを」
「そんな筈ないじゃない、可能性の話をしてるのよ。決して0ではなく
0,1%かもしれないけど可能性は残っているの」
「あなたに聞くけどもしよ、今回逢う相手が男性でも二人きりで会わせ
ようとした?」
「確かに会わせるのはしないだろうな、女同士だからだと安心した俺の
甘さは確かにあった。」
「だったら沙織に逢わせないで」
「それは出来ない、由美自分から逃げては駄目なんだ。きちんと正面
むいて相手と向かい合わなくちゃ」
以前の由美なら嫌なことが有ると逃げた、だが由美は精神的に強くな
り河北良子からの申し出にも逃げず立ち向かった。由美が強くなれた
のは夫である祐一のおかげでもあった。
「わかりました、沙織に会ってみます。でもあなたはなぜそんなに余裕
があるの。」
「余裕などないさ、でもねおれは由美を信じている、由美が愛し由美を
愛した沙織さんもおれは信じたいと思っているんだ」
由美は祐一の顔を両手で押え唇を重ねた。
「優しいあなたが好き、優しすぎて苛つくときもあるけどやっぱりわたし
は優しい祐ちゃんが好きだよ。でもね信じていいのはわたしだけにし
てね。他の女性に優しくしなくていいの、わたしだけ優しい祐ちゃんで
居て欲しい」
由美は誰にでも優しい祐一に今まで心配事が耐えなかった、由美が
言った言葉の中に由美の想いも含まれていたのである。祐一はその
事に気が付いた。
「わかったよ由美、おまえが心配しないように努力してみる。それで
いいかな」
「もう仕方ないな、それで勘弁してあげるわ。愛しいあなた」
8月16日、台風の余波で関東地方は今日も雨が降っている。その
雨の中を飛ばす黄色い4WDがいた。高速道路は雨のために速度を
落として走る乗用車が大半だったが4WDは蹴散らすように抜いてい
った。運転していたのは祐一でありその助手席には由美が座ってい
た、だが由美は恐れる事もなく冷静に祐一の運転を眺めていた。
目的地は東京六本木にあるオシャレなカフェバー、今日の午前10時
に由美は藤森沙織と会う予定になっている。由美は車中である覚悟
を以って沙織に逢おうとしていたのである。夫には言っていなかった
ことがひとつだけあった、たしかに沙織は悪い人間ではないが彼女は
真面目過ぎた。真面目過ぎるのは由美とて同じだが沙織は真面目過
ぎて度を超える時もあるのだ。自分の恋が成就できないのであれば死
すればもろともと考える性格破綻者の1面もあった。
由美は果たして無事祐一のもとへ戻ることができるのだろうか、そして
自首しようと考えている母の多恵はどうなるのか。残される祐一とナナ
の運命は・・・。
つづく
この物語はフィクションであり実在する人物、団体には
一切関係ありません。
