嵐と共に現れた悪魔や悪霊を撃退した病室は静けさを取り戻していた。会議は続行中である。
「多くの人々に気持ちをどうしたら伝えられるか」
「やっぱりライブを開くべきでしょうな」
川上教授(耕作の担当医)の意見に耕作は異議を唱える。
「先生、翔子に歌は歌えません。それに翔子を大衆の目に晒せと
おっしゃるのですか」
「ライブといえばやはり武道館、NHKホールなどの開催となります
からな。翔子さんには申訳ないが我慢して貰うしかないでしょう」
「先生、その案にはわたしも承服しかねますね。そのような会場で
開催となれば報道は黙っておりません、そうなれば翔子さんは
一躍ときの人となってしまいます」
柳生は大まかにマヤから聞かされ翔子さんが何を望んでいるのか何
を嫌がっているのか理解した上で川上教授に反論した。静聴していた
マヤがここで口を開く。
「皆様に聞いて頂きたいのですがライブの開催はわたくしも同意しま
す、それしか逸美さんの願いを成就する術はないと考えます。」
「だからといってTVや新聞でおおやけにするのは逸美さんの本意で
はありません、ライブを見にくるファンは人だけと思わないで欲しく
思います」
マヤはドアの方を向き手招きしながら誰かを呼んだ。
「そんなところ隠れてないでお入りください、逸美さんもおります」
ドアは静かにそしてゆっくりと半開きになると煙のような霊体が複数
40代の女性を筆頭に病室へ入ってきた。この女性は先日、翔子に
サインを求めた女性なのだが先の大災害で犠牲となり今は霊体で
ある。
”うわぁああ~逸美ちゃんだ、嬉しい、はじめて会えた”
先頭の女性が涙を潤しながらそういうと背後からも声が上がった。
”おお、やっぱりキレイな女性(ひと)だなぁ”
”こんな日が来るなんて!生きていて良かったよ”
”碧(みどり)、おまえ俺と一緒に落下したトラックで死んだだろ”
”あ、そうだった”
”パジャマ姿でもやっぱり逸美ちゃんはカワイイなぁ”
”ライブ行く前に事故死されて諦めていたけどこれで思い残す事は
ない”
この病院でサインを求めに来ていたのは家庭の事情、住んでいた地
域の関係でライブに参加出来なかった人達でせめて顔が似ている翔
子へ逸美を重ね会いに来ていたのだった。ライブを見に行った人も
この中にはいるが逸美と直接対話出来た者はいない、入院してた事
さえ知らなかったのだから事故死との報道を聞いた時は驚愕したのだ
だが今、悔しかった気持ちは晴れた。
「みなさん、ライブを見たいですか」
マヤが一言だけ告げると反応は早かった。
「是非、お願いしたいです」
これが此処に集まった人々の総意である。
「逸美さんはどうしたい?ライブやる気はありますか」
「出来ることならばみなさんの前でもう一度歌いたいのですが」
”おおーテレビ放送と同じ声だ”
男性が言った言葉で逸美の頬はみるみる赤く染まっていく。
「あのう、わたしはただのおばさんですから普通に・・・」
ライブを行うのは決まった、場所は柳生の案で深夜の河川敷となり
曲目は未公開、未発表の新曲1本のワンソングライブとする事
機材は一切使わず生歌での開催とし開催日は耕作の退院日前日。
会議は終了したが柳生とマヤ、逸美はそのまま病室に残り話し合う
案件があるようだ。マヤは逸美の捨て去ろうとする想いを拾うべく。
その為、柳生からの協力が必修だった。不動明王の力がである。
不動明王は邪を打ち滅ぼし煩悩を砕く、これが世間では広く伝わって
いることだが実は死者を管理する長(おさ)としての役目もあるのだ。
閻魔大王(やま天)が最高裁判長だとすれば不動明王は検察庁長官
というところだろうか。
「不動明王殿、お聞きしたい事柄があります」
「逸美さんと交流があった男性の生存を調べられますか」
「名前も住所も不明というのでは無理というもの」
「マヤ様。彼の事はもういいですから」
「では逸美さんの死去した日で40才の男性では」
「う~む、時間は要するかもしれんが調べてみよう」
それから30分経過した頃だろうか、柳生(不動明王)は閉じていた
瞼を開き逸美へ視線を向けた。
「どうやら見つけられた様ですね」
「25歳で発病し15年闘病生活を続けた一人の男がいる」
「0時に他界となったその男、ネットのハンドルネームは・・・」
「アルフレッド759、合っているかな」
「・・・あってます」
それを聞いて逸美は顔面蒼白となり身体には震えが起こった。
そんな馬鹿な、自分と喧嘩別れのようになった最後の通話その直後
に彼は絶命した。ブログでのやりとりでも重い病気となっていたとは
微塵も感じ取れなかった。まして自分は携帯電話で彼に泣きながら
痛みを訴えてしまった。・・・彼のほうが痛みに耐えていたのも知らず
今の逸美は後悔と自分を卑下するばかりで他は何も考えられない。
「立ちなさい、逸美さん」
「無理です、もう無理なんです」
「そんな事ですべてを諦めてしまうのですか、心待ちにするファンの
方々すべての人を失望させるというのですか」
「わたしには出来ません、特別じゃないんです。普通のひとりの女な
んです」
「あなたは新曲を作るといった、それは新たに詩を作るのでしょう?」
「天から彼も見てますよ、あなたは彼に向けたメッセージを歌曲として
歌う義務があるんじゃありませんか。あなたはまたも彼を悲しませ
る気でいるのでしょうか」
「マヤ様またとは一体どのような意味でしょうか」
「それは俺から言うとしよう、蓮池氏よ」
不動明王は男の死後を調べた際、男からのメッセージを受け取ってい
たのだった。男は逸美が何年も病院で居続けるのを見ていつも涙を
流していたと聞いた。どんなに逸美の傍へ行き哀しみを取り除きたい
と願った事だろう。そして最後の通話時には違う言葉をなぜ言わなか
ったのかと自分を戒めたそうなのだ。
「蓮池氏よ、其方が病院で泣き続けたり鬱となっていたのを彼の男は
すべて天から見て哀しんでいたそうだ」
「彼のものは他界してからはじめて其方が著名な歌手だったことも知
ったと言っておる。歌い続けてとは男の願いである」
逸美はこの病院でひとり悲しむと思っていた。そうじゃなかったといま
気づいた。彼も悲しんでいた、逸美は夢にも思っていなかったこと。
「不動様有難うございます、マヤ様のお叱り胸に深く刻みました。わた
くし蓮池逸美はもう一度頑張るとここに誓います」
それから数日後の深夜、1級河川の広い河原にて多くの人や多数の
故人達が集まる前、大歓声と共に盛大な拍手で迎えられた蓮池逸美
は登場した。真っ暗な闇の中、照明はないが逸美の姿は狐火と数え
きれないオーブによって照らし出されていた。
「みなさん今日はお集まりくださり有難うございます」
「たった1曲だけですがわたしの情熱を込めて作りました」
「聞いてください、”旅立ちの刻(とき)”」
♪此処には哀しみや嗤い、怒りや楽しみがある、みな一喜一憂してる
生きた証明(あかし)はあるわ~それを人は気づかないだけ♪
みんな様々な人生(いきざま)を過ごした、今は気づくことができない
かもしれないけれど、となりを見て、きっと同じ眼をした人がいる♪
貴方は孤独(ひとり)じゃないわ♪
♪行こう~光り輝くあの場所へ♪
♪微風(そよかぜ)が頬を撫でるあの場所へ♪
♪行こう~あなたの待っている人の元へ♪
♪あなたなら~行ける 筈だからぁ♪
♪・・・・・・・
曲は3番まであり15分を要した。自分が死んだ事に気づかない人
知ってはいるが何かに縛られ成仏できない人達は逸美の曲を聞き
悟ったかのように光となり天空へ上がっていった、それは清い河で
乱舞する蛍のようである。
「綺麗だね、ひろしくん」
「こうやって見ると人の魂って本当にさまざまだよな」
12色の魂カラーを持つ不動明王である柳生からは人それぞれで魂
の色がそれぞれ違う色で見えるのだ。それは年齢とは関係なく生まれ
ながら才能やどれだけ徳を積んできたかで魂の発する色は違う。
霊体で赤や黒は悪霊と言われるのは広く知られていることだがそれ以
外にも藍や紫、黄色、碧、橙そして白とある。
「いいライブだったよね、耕作君」
「ああみなさん、満足して還って行ったな」
「歌わなくて内心ほっとしたんじゃないのか」
「そうなんだけどね、実は少し残念だったりもしてるの」
「歌いたかったのか」
「いやそうじゃないんだけど、サインの練習してたりして」
「え、そうだったのか」
耕作と翔子の間を割り込むようにして色紙とペンが現れた。幽霊なの
かと驚いた二人だったがカフスボタンがついたワイシャツの袖を見て
安堵した。背後にいたのは川上教授だったのである。
「翔子さんサインしてみますか」
「え、いいですよぉ」
翔子は照れくさそうに断った。
「見せてくれよ、練習しただろ」
翔子は練習した甲斐があったようで”スラスラ”と書いて見せる
「ダメだこれは。」
夫の耕作は翔子のサインをみて呆れ返った、まず書体の基本が
なっていない。どうみてもただの落書きにしか見えなかった。
「なんで?サインってミミズの這ったような字ばかりじゃない」
「翔子の字ってなんて書いてあるのか解析不能なんだよ」
「そうですなぁ、ちょっと独特で風変りかもしれませんな」
「これじゃ貰った人はゴミ箱に捨てるぞ」
「ええ!それはひどいよ」
耕作達を見つけた柳生とマヤが歩み寄ってきた。
「あ、ここにいたのか耕作君」
「お疲れさまでした、柳生さん」
「逸美ちゃんはもう成仏したんですか」
「ううん、それがまだ逝ってないのよ」
「まぁこれは本人の気持ち次第だからね、神仏が強制する事象では
ないのよ」
「さっきから立ったままなんだよ」
逸美は天に昇っていく人たちを眺めていた。成仏したいと考えてる
のではない。生前ライブで全国へ行ったがライブを行った地へ赴き
各所の寺でいろんな人の墓参りへでも行くかなと考えていた。
墓参りが終われば先祖様が迎えに来てくれるかなとも思ったのだ。
殆どの死者達が昇天した頃、眩しい光が発生しそれは下降する。
逸美のそばまで来るとそれは両手をひろげ迎えるように手を差し
出した。
「あなたなの」
逸美自身まさか彼が迎えに来てくれるとは予想出来なかったし
初めて見る優しそうな瞳を持つ男の顔に惹かれてしまった。
「悪いちょっと寝坊しちゃったかな」
”クスッ”と逸美は微笑んだ。
男はなまら温かい視線で逸美を見ると逸美も突き刺すような熱い
視線で応えた。生前、逸美は美女として憧れの対象であったがこ
の男の前では言いたいことを言う、ぶっきらぼうな女だった。
その関係が今長い年月を経て蘇ったが二人はそれ以上に今まで
会いたかった気持ちをぶつけ合うようにお互いを抱きしめた。
「会いたかったよぉ」
「うんうん」
涙を流し二人は思いっきり抱き合った、逸美は恋する女として。
男は逸美の髪の毛を優しく撫でながら逸美の耳元で囁くように言う。
「じゃ行こうか」
「はい」
逸美は男に手を引かれ成仏した。
翌日、耕作は妻の翔子に付き添われ大学病院を退院。遠目で見てい
た柳生とマヤにふたりの会話は聞こえていないが会話しながら笑い
あうところをみると幸せなんだとわかり心が温まるのを感じていた。
「ひろしくん、神仏ってなるもんじゃないよね。何かしても感謝されない」
「そんなもんだろ、だから今回のような事を仏さまは無料じゃしないん
だろう。感謝しないでもいいから相応のものをよこせって」
「なんだか複雑な心境ね、わたしも金欲の女神になろうかしら」
「それもいいんじゃないか、立派な墓建てられるし」
「でもさ私たち二人が死んだら誰がお墓、守ってくれるの」
「子供いないから放置されるんじゃないか?草ぼうぼうでコケだらけ」
「それは許されないよ、というか許さない」
「そろそろ帰らなくちゃ、二人が待ちわびてるぞ」
「そうね帰ろう」
口では文句を言っていた二人だったがその心は満たされていた
アパートに帰る二人は指を組合って手を繋いでいたのだから。
つづく
この物語はフィクションであり実在の
人物団体には一切関係ありません
作詞:マック844