柳生と他界した元妻のマヤは人を探すために異界へ来ていた。さて
ここ異界は霊界でもないし神の世界でもない、ではこの場所の主で
ある吉祥天が作り出した世界かというとそれも違う。現世と天国の間
(はざま)にある場所で”お花畑”を見たと良く死にかけた人が見るの
がこの美しい場所なのである。霊的な力が溢れ出る場所ということも
ありそのおかげで死去したマヤも実体化している。
管理者及び所有者である吉祥天とその眷属(けんぞく)であるメイド達
には連れて来られた人間達とは違い住居たる本殿を持っていた。
その本殿に人は入ることは適わない、転生前に神仏だった柳生とマヤ
だからこそ入れる。本殿にいる柳生とマヤは神仏の姿に変わっていた
「吉祥天様、ここに来た理由は人を探す為なのだが連れて帰っていい
だろうか」
「探し人は見つかったのですか」
「見当はついた」
「それは困りましたね、私共も意味なく連れてきたわけではありません
それ相応の理由があって連れてきたのです」
「不動明王様も天界の御方ならご存じでしょうが仏の意思に背く人間は
罰しなければなりません」
「それも理解できるが貴女方は本当に如来様のご指示でやってるのか」
仏(如来)真理を説きことわりを広める、いわば創造神。菩薩は如来へと
なるため修行をしている身分である。この宇宙には幾人もの如来がいる
と言われている。不動明王(柳生)は数人の人間と話し彼らの哀しみを知
った、不動明王の力を以ってしてもすべての人を戻すのは不可能で数人
の人しか連れていけない。例えここで闘う事になっても彼らを家に帰す覚
悟でいた、宝剣を以って。
隣で聞いていたマヤ、ここでは摩耶なのだが不動明王の性格では戦い
になる。そうなれば人間を返す処ではない、なぜならば天同士の戦とな
れば大地は大きく揺れ自然に大規模な災害を引き起こしこの異界に於
いても力のない人間ならば消滅するかもしれない。最もマヤにとってこ
この人間に関心はなかった、けれど耕作から直接話を聞いた手前自分
にも責任があると感じていた。どうあっても戦いを止めなければならない
釈迦如来にとも考えたが息子とはいえ現世に降り立つ為一時的に人と
なったに過ぎない、マヤはいろいろ考えてる内にあることを思い出した。
”そうだあの御方ならば”
マヤが生前夫である柳生から聞かされた夢、柳生は神殿に呼ばれ七色
の眩しい光の中に立つ女性から感謝されたと。そして何かあったら呼び
なさいと言われたことを。その女性が何者なのかマヤは予想出来ていた。
この世界は吉祥天が造ったものではないと前にも触れたがここの景色は
実に奇妙なもので葉が落ちた欅の大木があるかと思うと新緑で芽が伸
びるタラの木や白とピンクの鮮やかな花が咲き乱れる桜、原生林のよう
に高く聳える黒松の生える森と絶滅した日本狼などの動物たち。
木々に関しては彼らが一番幸福だった頃の姿だから姿が違うのである。
動物は勿論だが木々などの植物にも魂があり吉祥天は受け入れていた。
この異界を破壊するということはその多くの魂まで消し去る事となりマヤ
は消滅を恐れた、麻耶は慈愛の女神なのだから。
マヤは己の消滅を掛けて宝輪を手にした時、強烈な光が周囲を覆う。だ
が目に突き刺さるような眩しさではなく優しい光であり見るものを穏やか
する光でもあった。
「吉祥天よその御方と戦ってはなりません」
穏やかな顔立ちだが威信を持つその姿、麻耶も吉祥天、勿論不動明王も
それが誰だか一目で理解出来るほどの御方、菩薩である。
「これは・・・観世音菩薩様」
「マヤ様は菩薩に上がられ修行する御身(おんみ)、もしマヤ様に傷を一
つでもつけたのなら吉祥天は無論ですが夫の毘沙門天そして管理者で
ある帝釈天にまで責を負うことになると知れ」
「そこにおる不動明王を内に秘める柳生という人間はわたしが守護して
いるのを知りませんでしたか吉祥天よ」
「お言葉ですが菩薩さま、わたくしは仏様の意思に従い動いています。」
「控えなさい、仏はすべてご存じです。事の起こりは吉祥天、其方の身勝
手な思い込みに過ぎないのです」
平伏する吉祥天は何も言葉がなく尊守するカの様にただ頭を下げていた
「吉祥天よ現世に帰りたいと願う人間がいるのなら汲んでやるがよい」
菩薩はそれだけ言うと消えてしまった。後は自分たちだけでなんとかすれ
ば良いとでも言うのか?だが吉祥天にも不動明王にもマヤさえも菩薩を
罵る考えなど毛頭ない、なぜならば神仏は人間の進む方向を教えるだけ
安易に助けたりはしない。マヤもとう利天として人々に祀られてた時もそ
うやって教えてきたのだ。ただこの考え方は人間の考えとすれ違いがあ
る。人間は神仏ならば困っている時助けてくれるものと信じているが神仏
は人間に試練を与え乗り越える強さを期待している。
現代の人間にはそんな上昇志向はない、平凡安泰、平和ボケ、与えられ
た役目を果たせばそれでいい。そんな人間社会を見て仏は苦悩した。
結果、仏である如来はえごうという無に帰す道を選択したのである。すべ
てを無に還し如来となる弥勒菩薩に後を委ねる。
話を元に戻すと吉祥天はすべての人間を集め家に帰りたいか聞いてみ
ると意外なことに帰りたい人間は数人しかいなかった、理由を尋ねると。
「税金はあがるばかりで住みにくい」
「帰ってもまたイジメにあうだけ」
「ここで暮らしたほうが充実感がある」
などとなんとも哀しくなる答えがでたのは予想もしなかった事である。
だが帰りたいという数人の為に不動明王は願いを聞き届ける事にした
菩薩に上がる日までマヤはここに残り残った人々を見守る事となり不動
とはここで別れた。異界を去る時に吉祥天が告げた言葉が気になった不
動ではあった。
「必ずしも幸福になれるとは限りませんので覚悟はしておいてください」
女神と慕われる者が脅しをする筈がない、一体どういうことなのかわから
ないが今は先を急ごうと不動明王は考えた。不動明王の意識の中には
柳生の思考もあった、そして村(廃村)の入り口には耕作が待っている。
不動明王いや村の入り口に着いた時には柳生に変わっていた。柳生は
4人だけ連れて戻ってきた、20代女性と40代女性そして50代の男性と
初老の男性である。
「耕作くん、どのくらい待った」
「いやここは朝にならないんでどのくらいかはわかりません」
耕作は柳生と一緒にいる数人の男女の仲に20代女性を見つけ走り寄っ
た。諦めていた妻が今、目の前にいると思ったのだろうか。
「翔子、翔子だろ!」
「いやこの女性は君の奥さんではないよ」
「この女性は福岡県在住の看護師さんなんだ」
「君の奥さんは今、病院にいる筈だ」
「そんな馬鹿な、あれだけ八方つくして探したのに・・・記憶喪失なんです
か」
耕作は妻の翔子が記憶を無くしどこかの病院で入院しているのかと思っ
たのだろう。記憶がないのならば見つからないのも無理はない。
「いや入院じゃない、看病さ。君のね」
「前にわたしは言ったよね、きみは今危険な状態にあると」
「ここいる耕作くんはいわば生霊、そしてわたしの背後にいるのが君の魂
なのだよ」
柳生は耕作の年齢は30代ではなく50代であり先日、奥さんと同行して来
た時に足を滑らせ滑落し現在は病院で昏睡状態にあると説明した。更に
耕作の奥さんは真っ暗な自宅で一人で料理を作り薄暗い部屋で食事をし
寝る前には毎晩仏壇で耕作が目覚めることを祈ってから寝る。瞼を閉じて
も自然と涙が溢れながらも寝ているのだと。
「異界での君はどうしても家に帰りたい、妻がまっているからと言ってた」
「行方不明になったのは奧さんじゃない、君の魂なんだよ」
耕作は左手で両目の目頭を強く押すが涙は止まらない、流れて流れて
涙は頬を伝って顎から下へと水滴を落とし地面の土の中へ吸収されては
また落ちる涙の水滴。
「柳生さんどうすれば妻に会えますか」
「君の前にいる男性に近づくことで霊体と魂は融合する、それだけだ」
耕作が男性に近づくと二人は一つとなり消えてしまった。じき耕作は病院
のベッドで目覚め妻と抱き合う事ができるだろう。だがこれで柳生の仕事
は終わった訳ではない、あと3人を家族のもとへかえさなければならない
果たして耕作は3人に家族を会せることができるのだろうか?
つづく
この物語はフィクションであり実在の人物
団体には一切関係ありません