死を決意して樹海へ一人突入した秀一郎だったが追いかけて
きた幸子から涙の説得とまさかの告白、なによりも仲間達の
支援で秀一郎、幸子の二人は無事に自宅まで帰ってこれた。
青木ヶ原から救急病院へ運ばれた秀一郎は数日経過した後
悠里医師のいる病院、聖(アロワナ)病院まで転送されていた。
白い壁の病室には冷蔵庫はもとより液晶テレビ、固定電話
更にはネット用のLANコネクターを差し込めるポートは10ギガ
更にUSBポートまで装備する机。一日いくらするんだと思える
個室のベッドに秀一郎は寝ていた。
とてもではないが桐生家の財政ではこのような個室は無理、
彼女である広瀬幸子と幸子の両親である広瀬夫妻が強引に
この部屋にしてしまったのである。広瀬夫妻にとって彼は
娘の結婚相手というだけではなく初孫の父親となったので
惜しみなく金をかけたのだ。
「秀一郎さん今日は調子が良さそうで安心したわ」
「今日は体調がいいんだよ」
パンツスーツを身にまとった幸子が病室を訪れた。
仕事帰りとはいえ以前はこのような着こなしはしなかった
本来カジュアルな装いを好む彼女であったがここにきて心境に
変化が出てきたようだ。妊娠して母になった事も一つの要因
だろうが最大の要因は”秀一郎に美しく思われたい”
これに尽きるのだった。
「妊婦さんなんだからあまり無理してこなくていいのに」
「いやよ毎日あなたの顔を見るのがわたしの幸せなの」
「それに結婚式までもう数日しかないでしょ、打ち合わせしないと」
「打ち合わせって・・・」
「ここでやるのに、出席者もごく身近な人数人だけだし」
「あのね秀一郎さん、あなたはわかってないわね」
「結婚式の打ち合わせは結婚という儀式の大事な
prologue(プロローグ)なのよ」
「やれやれ、そんなもんですかね」
一時は婚約を破棄した秀一郎だったが妊娠を知り
予定通り結婚式は行う事になった、だが予約した
結婚式場そして新婚旅行もキャンセルしこの病室で
内輪だけの結婚式を挙げる事を承諾したのである。
知り合いの神父を呼ぶので結婚式は正式なものだ
担当医師である腐土壺悠里(ふじつぼゆうり)は
なくなく部屋での結婚式を許可した。
これは最早治療出来る可能性がない事を意味する
既に秀一郎はいつ逝ってもおかしくない状況だった。
無論幸子は秀一郎の現況を知っている、それでも
明るく振る舞う、自分が笑ってないと誰が笑う
自分の暗い部分を見せては彼の病気が悪化する
そう自分に言い聞かせていた。
だが彼女の両親、秀一郎の両親や兄弟はそんな幸子
を見るのが辛かった、痛々しかったのである。
入院から3日後秀一郎の両親はやっと見舞いに現れ
それからは毎日この病室へやってくる。
当初息子の自殺未遂と病気によって余命少ない事実
両親には大きな衝撃だった。幸子と幸子の両親による
説得でも桐生家家族の足は動かなかった。
この病室にこられるようになったのはすべてゆうり医師
のおかげ、説得によるものであった。
悠里(ゆうり)自身桐生家に訪問するつもりはなかった
医師と患者そしてその家族の間柄なので深入りする
べきではない、友人だとしても口出しするべきではない
と彼女は考えていたからだ。
考えを変えざる得なくなったのは数日前の夜、台風が
上陸し熱帯低気圧に変わった蒸し暑い夜の事だった。
暑くて眠れないのでエアコンつけたがどうしても眠れない
なぜか両足が軽く感じそれが気になって仕方ない。
どうやっても眠れないので久々にSNSのグループ部屋
にネットでアクセスすることにした。
IDリラがリーダーをするそのグループ、秀一郎と幸子が
メンバーとなっているグループでいまやメンバーが
上限の30人と増えていた。
”俺このままじゃ納得できねぇよ”
”あの二人になにかしてあげてぇ”
”それはみんなが思ってる、わたしだって”
”でも何が出来るというの?今は見守るしか・・・”
”見守るってあなたはいうけど死がくるのを待てって
あたしにはそんな事できない、きっと出来ることが
ある筈、みんなで考えようよ”
悠里はただ傍観していた、会話には入らずに。いや
みんなの話を聞いてると涙が自然に流れていき
何も言うことができなかったのである。
会話が飛び交うなか一人の投げかけた言葉により
騒がしかった部屋が突如、静寂になる。
”みんなさぁ 一人一人が出来ることをすればいい”
悠里は”はっ”とした。自分にはまだ出来ることがある
自分はまだそれをしていない、泣いてる場合じゃない。
傍観していた悠里にメッセージが届いた、差出人は
リラからのものである。
「ゆうり、あの言葉。あれはあんたにいった言葉だよ
わたし以外にも同じ考えのメンバーがいるのよ」
「立場とかいろいろあるだろうけどあんたにしか出来ない
だから頑張って。」
「うんうん、わかったわ。ありがとうリラ」
リラを含む古くからのメンバーはいまだ秀一郎の面会
に家族が来ていない事を知っていた、ゆうりが担当医師
ということも。ゆうりがここへ来るのをみな望んでいたのだ。
ひょっとしたら悠里医師の眠れない原因は皆の思念が
そうさせていたのかもしれない。
その2日後、雷雨となった夜8時に悠里医師は桐生家を
訪ねた。
つづく
この物語はフィクションであり実在の人物
団体には一切関係ありません。