手術の日が決まった桐生裕子は病院のベッドで
降り止まない雨を窓からただ見つめていた。
神の手を持つ医師といわれる悠里先生の事は信頼
していたが手術を受けることは患者にとって不安を
強いられるものなのだ。
不安で心が重い裕子の気持ちを落ち込ませるように
雨は激しく降り続けた。
大きな音をたててまるで永久に続くように降る。
窓を叩く雨粒は窓ガラスに張り付くことなく流れ落ち
大きな流れとなって地面に放流されていく。
もし雲の切れ目から青空が見えたのならば裕子にも
希望を持つことができたのかもしれない。
だが今は初夏の梅雨シーズン、雨雲は灰色と化して
空一面を覆うので太陽が現れることはなかった。
大切な人間が入院してるからといって付きっ切りで
病室にいられる事はできない。それぞれに仕事を
持ち諸事情があるからだ。
交代で見舞いに来るようにはしていた家族ではある
だがどうしても病院にこられない日が出来る。
そんなことはわかっていた、わかってる筈だった母 裕子
ではあったが誰も来てくれないのはやっぱり寂しい。
せっかく息子の婚約者である幸子がわざわざ持ってきてくれた
I PADであったがベッド脇に放置されていた。
使い方がわからない訳ではない、一度は使ってみたのだが・・・
どうも馴染めず裕子は思った!
”やっぱり本を読むのとは違う”と
それ以来、プレゼントのI PADを使うことをやめた。
今の裕子にとって雨を見ることだけしかなかったのである。
子供のように窓を叩く雨粒は流れていく粒、留まるを裕子は
ただ見続けた。
ガラスに留まっていた粒も次の雨粒と交じり合い流れていく
たとえ留まっていても強い流れには逆らえず共に流れる
それはまるで人間社会を表現してるかのように思えたのだ。
降り続く雨を見つめ1時間は経っただろうか、裕子の病室に
担当の医師である悠里がやってきた。
「こんにちわ桐生さん、調子は如何ですか?」
「悠里先生こんにちわ、ここんとこ調子はすこぶるいいですよ」
手術を数日後に控えていたから桐生裕子の言葉に安堵した。
だがどことなく寂しそうな裕子を悠里は感じ取っていたので
ある。
洞察力の鋭い悠里はその原因が裕子の家族だと理解できた。
「ところで今日、ご家族はお見えにならないのですか?」
「みんな仕事を持ってるので忙しいのだと思いますよ、わたし
としても無理して来て欲しくないし」
そう言って虚勢を張ってみるもやっぱり寂しい裕子。
「でもね先生、先生も若い看護士さんも来てくれるから退屈
はしていませんよ」
「わたしで良かったらいつでも呼んでください、それがわたしの
仕事だしそれに桐生さんだけに言いますけど実は暇なんですよ」
と小さな声で裕子に耳打ちする悠里医師。
「ここに来る理由は暇つぶしだったのか・・・・・あっははは」
「そうそう、きゃははは」
病室で談笑していた悠里のポケベルは呼び出し音を告げる。
「桐生さん、ごめんちょいと行ってきますわ」
呑気な対応を裕子の前で見せてはいる悠里だったが
実際悠里はとても多忙で多くの患者を受け持っていた。
患者の前では苛立ち焦り苦悩を見せないのが悠里の心情だった
ので裕子の前では暇そうな医師を演じていたのである。
悠里医師が病室を出てから裕子はベッドの上で呟いた。
「ありがとう~先生」
裕子には廊下を走っていく足音が聞こえたのだ。
忙しいのにゆっくり話し相手になってくれた悠里の思いやりに
嬉しく思えた裕子であった。
夕方5時を回り最初に病室を訪れたのは夫の富美雄である。
その30分後には秀一郎と次男の光男。
さらに30分後には広瀬親娘が病室を訪れ最後に現れたのは
見合い担当の松宮祥子であった。
光男が言うには詩織はどうしても離れることが出来ない案件が
出来てしまい今日はこれないと言う。
ほとんど毎日のようにきてくれていた詩織だったので裕子は残念に
思えていた、反面こんなに多くの人間から見舞いに来てもらい自分は
必要とされているのだと思うと幸せを感じることが出来た。
多くの人たちが訪れた病室は賑やかで笑いが絶えない。
このままずっと時間が止まればいいと皆は考えていた、だが生きてる
以上それはあり得ない事。人は出会いと別れを繰り返し、生きていく
それが人として生まれた宿命である。
時計は動き続ける、秒針は刻々と進み続け手術の日は確実に訪れる
時計は止まったとしても時刻は止まらない。
そして太陽もまた動き続け夜を消し去るように陽は昇り朝を迎える。
太陽が何回昇っただろうか、裕子の運命が決まる手術の日がやってきた
患者と医師そして家族の闘いがはじまろうとしていた。
つづく
この物語はフィクションであり実在の人物
団体とは一切関係ありません