たった一人で漬物を置いた小屋で倒れる母 裕子
居間では楽しい話題で歓談をしており気づくことはない。
今まで元気で明るかった母に病気の影などなかったから
突然に母親が倒れるなどと誰が想像できたろうか。
居間では秀一郎のワイングラスに白ワインを注ぐ幸子。
秀一郎は日本酒も好きだったのだが幸子に合わせ
今日はワインを飲むことにしたのである。
光男と父 富美男と幸子の両親は日本酒が入ったお猪口
を口元に運んで顔には笑みで綻んでいる。
母から座っていなさいと言われた弟の妻 詩織だけは
心から酔うことはできない、母の手伝いをしたかったのだ。
だが母が居間を出てすでに30分経過している。
あまりにもおそい!詩織は母のことが心配になってきた
「ちょっとあまりにもおかぁさんが戻ってくるのが遅いから
わたし見てきますね」
詩織は何か嫌な予感を覚えていた、立ち上がると
小走りに外の小屋へ向かった。
家の勝手口から外へ出ると小屋の扉が半開きに
なっているのを見て心配は増していく。
扉をあけて中に入るとそこで母が倒れているのをみつけた
苦痛の表情をして目を閉じ胸を押さえ込んでる母。
「いやぁああああ~~~」
詩織は瞬間的に叫んでしまう。
詩織の叫び声を聞きみな駆けつけてきた。
泣きじゃくる詩織と倒れた裕子をみて叫んだ理由を知る。
「おかぁさんが死んじゃうぅ~早く救急車」
「そうだ、車で病院へ運んだほうが早い」
詩織は半狂乱となり理性を失い冷静に考えることが出来ない
母が倒れてショックを受けたのは秀一郎も光男も父も同様
だったが詩織がこれだけ母 裕子を慕う理由は光男だけが
知っていた、理性を失った妻を見て光男は・・・・
手のひらで妻 詩織の頬を強く叩いた。
「しっかりしろ、おまえは検事だろ?冷静になれよ」
「医療知識もないお前が母を動かすのは危険な行為だと
おまえだって知ってる筈だ!」
叩かれて痛む頬を押さえながら痛さと母を心配する心
で詩織の瞳からはただただ涙が流れ続けていた。
「ごめんなさい、あなた」
救急車は到着し救急隊員がタンカーを持ち家の中へ
秀一郎は母の元に案内しタンカーに載せると毛布を掛ける
こんな時は誰も何もすることが出来ずただ見守るしか出来ない
救急車には詩織と父 富美男が同乗し病院を目指し走っていった
「広瀬さんこのような祝賀会になってしまい申し訳ありません
母のことはわかり次第お伝えしますので今日のところは
お引取りください」
秀一郎はそう広瀬夫妻に謝る。
「私たちのことは気にしないで、気をしっかり持って。」
帰ろうとする広瀬夫妻に幸子は立ちふさがると
「おとうさん、おかぁさん わたしは病院へ秀一郎さんと行きます」
「そうか、そうだな。一緒に行きなさい」
広瀬幸雄は会釈すると妻 芳江と共に帰っていった。
秀一郎と弟の光男と幸子は家で父 富美男からの電話を
待っていた。祝賀会の片付けをしながら
洗い物をしながら秀一郎は幸子へ言った。
「ごめんなぁ、こんな事になって。こんな事までさせて」
「ううん、気にしないで!わたしだってお義母さんが心配だし」
食べ残しの料理の皿をテーブルに置くと幸子は答えた。
ダイニングのテーブルは弟 光男が使用した食器や残った料理
グラスやお猪口などを運んできたので置くスペースは残っていない
大方 居間の片づけが終わると幸子も秀一郎と一緒に洗い
はじめてくれたからダイニングのテーブルからは次々とスペース
スペースが空いてくる。
だが洗い終わった食器が山積みなのかといえばそうではない。
担当の松宮が残り洗い終わった食器をふき取ってしまっていた
「松宮さん、もういいよ。遅くまで手伝ってくれてありがとう」
「祥子ちゃんあとはわたしもいるから帰って。」
秀一郎と幸子からそう言われたが”そうですか、では”と
すぐに帰れるわけがない。
「いえまだ大丈夫ですから」
松宮がそう答えるだろうと予感していた秀一郎は
「お~~い光男、ちょっとタクシー呼んでくれるか?」
「ああ松宮さんか、はいよ」
本来なら若い女性の松宮を車で送って行きたいところ
ではあったが酒を飲んで酔っていたから無理と諦めた。
10分後タクシーは到着、松宮は帰っていった。
その頃病院では病室の外で詩織と父登美男はベンチに
座り意志の診断結果を待っていた。
待っていると母 裕子との思い出を回想してしまう詩織。
詩織は母を若いときに亡くしそんな彼女を実の娘の
ように接してくれた裕子、夫 光男と夫婦喧嘩したときも
義母でありながら自分の見方になってくれ実の息子
である光男を責め説教してくれた。
料理をろくに作れなかった自分に丁寧に教えてくれた
こともあった義母 裕子。
詩織にとって義母 裕子は実の母以上の存在であり
恩師であり姉であり尊敬する女性であったのだ。
ベンチシートに腰掛けて回想すると詩織の目からは
涙が粒となって落ちスカートを濡らしていく。
横で泣いている詩織になんて声をかければいいか
わからない義父 富美男はただ寡黙にしていた。
「おやじ~かぁさんは?」
電話でやっと病院名を知り駆けつけてきた秀一郎。
そして幸子と弟の光男がやってきた。
「今診察してるところだ」
答える父。
「詩織~」
「あなたぁ」
光男を見て詩織は思わず抱きついてしまう。
病室のドアが開き出てきたのは長い髪をサイドで
束ね端正な顔立ちをした女性医師と看護士
「わたくし医師の腐土壺悠里(ふじつぼ ゆうり)
と申します」
「患者さんの病名と治療を説明いたしますので
どうぞこちらへ」
医師に従い4人は別室へ
「桐生裕子さんはとりあえず今は安定しますが
病状はすでに末期、手術をしたとしても1年生きられ
るかどうか・・・・・・。」
「そんな馬鹿な!今まで元気でいたんですよ」
詩織は反論した。
「いいえ、痛みはあったはずです。どうです桐生さん?」
「おっしゃる通り、夜中になると発作があったようで」
父の驚く発言に耳を疑った桐生兄弟と詩織。
父も母は元気だと思ってるとばかり考えていた兄弟に
とって父だけ母の病気を知っていた事にショックを受けた
母の病気を知りながら誰にもいうことのなかった父に
不信感を抱いた。
医師 悠里は幸子を指差し関係を聞いてきた。
「こちらはどなたでしょうか?」
「わたくし 秀一郎さんの婚約者 広瀬幸子と申します」
「それがなにか?」
母の病気と幸子が何者かということにどういう関係がある
というのか秀一郎は疑問に思い医師に質問した。
「そういうことですか、では婚約されたばかりなのでは?」
「はい、今日が婚約祝賀会だったんです」
女医は思いついたように口を開け質問した理由を述べる
「いえ今まで痛みを我慢できたのは張り詰めた緊張と
気持ちで乗り切っていたんですがその糸が一気に
緩んだせいで倒れたのだと思いまして」
医師にたずねるとこういう事例はよくあるという。
しかし秀一郎と幸子にとって女医の言葉は胸に
突き刺さるものだった。
”結果的には自分たちが母を倒す原因だ”と言われた
ようなものであるから。
「お前たちのせいじゃないよ、裕子はどっちにしろ長く生きられない
のだから。それに裕子は息子の嫁を見ることが夢だった」
「幸子さん、あなたに出会えて裕子は今幸せなんだよ」
父 富美男はやさしく幸子の肩を抱き言った。
その瞳は涙ぐんでいた。
「明日の朝、また診察に来ますので今晩はこれで失礼します」
そう告げた女医 悠里と看護士は部屋を後にした。
安定してると医師から言われたが急変するかもしれないと
不安だった父を含む5人に母を置いて帰宅することはできない
母 裕子は酸素マスクをし点滴するチューブを腕につけ眠りに
ついていた。
看護士に頼み毛布を用意してもらい泊まることにした。
毛布を羽織り寄り添う秀一郎と幸子、裕子の眠るベッドに
頭を乗せる詩織、片隅で毛布をかける光男と父。
病院の夜は更けていった。
つづく
この物語はフィクションであり実在の人物とは
一切関係ありません