短編小説 いつまでも被災国ではいられない | 妄想小説日記 わしの作文

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わたしの妄想日記内にある”カゲロウの恋”の紹介するために作った
ブログです

今、世界では大地震の脅威に晒されている。ニュージーランド、インドネシア、イラン、最近では中国四川省。
日本はいつまでも被災者気分でいる暇はないのだ。これからは救済する国家としてもならなければいけない。だが大地震の恐れがあるのは確かである。
世界にいる友人が危機に陥ったら助けに行きたい気持ちはあるが実際問題としてそれは不可能だろう。
そこで小説の中だけでも救援に行こうということで今回作ってみました。

わたしがイタリア大地震のニュースを聞いたのは朝7時。
イタリアではマグニチュード8.9震度7の大地震が起こってしまった。イタリアには数人のフェイスブックでの友人が住んでおりわたしは日本で平然と暮らしてる訳にはいかなかった。

飛行機でイタリアに向かおうと思っていたら現在イタリア行きは欠航してるという。”そんなにひどい状態なのか”
仕方なく周辺国までの航空便に乗るしか方法はなくそこからは車か徒歩しか手段が残されていない。それでもわたしはイタリアにいく事を決断する。

飛行機でフランスで飛び空港からは北イタリア行きの高速バスが出ていると人から聞いた。被害が大きいのは南イタリアだという。
友人は南イタリアに住んでいたのでわたしは衝撃を受けてしまった。
イタリアの全ての空港が現在使用停止し列車も運休してる。
だがここで諦めてしまってはイタリア国内に日本から来た意味がまるでない。
乗り捨てられた他人の車を盗んでもわたしは南に行かなければいけないと覚悟を決めていた。

北イタリアから南イタリアまで地図の上だとたいした事内容に見えるが北海道から鹿児島に行く以上の距離がある。
それをわたしは車と徒歩で行かなければならない。
”もしかしたら友人は助けが来るのを待ってるのでは?”と考えたら悠長に交通が回復するのを待つ気分にはなれない。

まる2日夜通しかけて走ってやっとイタリア南部の境界までやってきた。そこでわたしが目にしたものはひどい状況である。
ほとんどの建物は崩れ落ち道路はとても通れる事は出来ない
瓦礫となった建物からは腕や頭が見える。
既に死んでしまった人間の一部だろう。多くの人の死体がまちのあちこちに放置されとても生存者がいるとは思えない。

しかし、耳を澄ませてみるとかすかに聞こえる人の声。
そう、助けを願う人がそこにいるのだ。だがとても一人では助ける事が不可能だろうだがこのまま見捨てていく事も出来ない。
救助を本業にしてる人たちは見捨てる事もしなければいけないだろうがわたしのような単独行動が出来るものにとってそれはない。
実際、あちこちで消防士や警官、軍人が作業しており人手がとても足りない状況。
今、この人には自分しかいないかと思うとなんとかするしかないのだ。たとえイタリア中部に戻ることになっても人手を集めてこなければ目の前の人を助け出す事は出来ない。

とりあえず周囲を歩いて人を探すと怪我で動けない人。意識がなく倒れてる人、家族を助けようとしてる人はいたが協力を要請できる状況ではない。
もうしばらく歩いていると泣いている女性を見つけ声をかけてみる。多分、家族を失った悲しみで泣いていたのだろうがそんな人でも力になってもらわないと人を助け出すことは出来なかった。
「泣きたい気持ちはわかりますが今、そんな事をしてる暇はないんですよ。」
わたしがそう言っても無反応でただなき続ける女性。
最早心を鬼としても彼女を説得する必要があった。
そこでわたしは彼女の頬を平手打ちで叩いてしまった。
そうしてやっと泣くのをやめ頬を痛がる女性はわたしを睨みつける。
「あなたが泣き続ける今も助けを待ってる人がいるのです。
あっちの人を見てご覧なさい、大怪我で身動きができません」
「だけどあなたは怪我がなく5体満足ですね。あなたは自分に出来ることをするべきなのにただ泣いてるだけ」

「あなたはわたしについて来て人を助けなければいけません」
これはもうお願いではなく命令である。
そうでもしないととても協力してくれる人を探す事はできない

女性は不本意だがわたしに同行してくれることになった。
更に数人わたしは同じようにして人を集め先ほどの場所に戻ってみるとなんとか生きてくれていた。先刻まで泣き続けた女性だったがわたしと一緒になって瓦礫をどかす

日本とは建築様式が違うイタリアでは瓦礫の質が違い石のようなものが多い。
それでもわたし達はなんとか瓦礫をどかす事が出来て被災者を助ける事が出来た
救助はできたものの救命処置を施す知識も技術も無い。わたし達には止血と保温
しかできない。
医者も看護師も消防士もまったく足りない状況である。各国からくる救命チームも
到着するまでにはまだ時間がかかるだろう。それまでは自分達でこの苦難を
乗り越えていかなければならない。
よくテレビなどで”がんばって”と言う人がいるが毎日がんばってがんばってやってるのに
これ以上何をどうやってがんばればいいのだ?
これから先、イタリアの人々は休む暇もなく活動していかねばならない!わたしも
そんなに長い間ここに留まる事もできない。自分には帰る場所があるがこの人たちには
もう帰る場所がないのだ。

災害が起きてから1週間までが勝負だとわたしは思う。それまでになるべく多い人材を
迅速に派遣することができるか出来ないかが被災者の運命の分かれ道ではないだろうか
レスキューだけに頼るだけじゃなく一緒になって市民も救助に参加すれば・・・・と

イタリアに着いてから3日後に友人からメールが届いたがわたしは会いにいく事はできない
知らない人たちなんだけど救助を求める、困ってるそんな人たちを素通りしていけないのだ
幼い頃、祖父から「困ってる人を見たら助けてあげなさい」と言われて育ってきたので。