さぁ、時間あるときは、どんどん更新していきます(^^;。
疲れすぎて、妙にハイテンションなMAC-21です(笑)。
今回は、幼いころから、夜の「門番」をしてくれてた、この方を。
第3回・かけがえ のない人 「久米 宏編」
・・・ワタクシにとって「かげがえのない人」にとっても、
「アラサー世代」なもので、彼の姿を知ってるのは
「ニュースステーション」でのキャスターぶりだけです。
「ザ・ベストテン」や「ぴったしカンカン」での
流暢な司会ぶりの方が、皆さんにとっては印象に残ってると思いますが、
その姿の記憶が全くありませんので、
「ニュースステーション(以下Nステ)」関連の
コメント中心になりますこと、ご了承下さいm()m。
1985年10月7日、Nステはスタートしました。
当初は、小林さんという朝日新聞の解説委員の方と、
フリーキャスターの方、銀行員から転職した若林さん、
そして、サブキャスターに小宮さんという面々でした。
若き日の安藤優子さんが
記者を務められていたのも、知られています。
最初のころは、久米さん目当てというよりも、
社会の動きを知りたいという「好奇心」からと、
優しそうなおじさんの小林さんの雰囲気を味わいたくて、
番組を観ていたような気がします。
そのうち、早口なのに判りやすくアナウンスし、
さまざまなコーナーを豪快かつ繊細に切り盛りする
久米さんのことも、だんだん好きになってきました。
とっても紳士的(→理想のお父さん)にみえるのに、
とっても子供っぽい雰囲気も持っている。
その両極端なオーラが良かったのかも知れません。
そして、年齢を重ねるごとに、
久米さんのこの番組に対する「責任感」の強いことにも、
感銘を受けるようになってきました。
他の大半のニュース番組では、
原稿をアナウンサーが読み上げるだけで、
アナウンサーはあくまでもアナウンサー、
番組の顔であっても、この内容には責任をもたないよ
・・・という風に感じていたので、
何をここまで責任もたんでも・・・と思いながらも、
そのような強い気持ちで番組に臨んでいるんだということに、
一視聴者として、嬉しく感じておりました。
また、後期でのエンタメ色が強くなった「Nステ」では、
「観てる視聴者」を“楽しませる”姿勢がますます強まり、
下手なバラエティー番組よりも面白く思えるようになったのも、
久米さんスゴイ・・・と感じるようになった一つの要因です。
しかし、ご本人の気力がなくなった関係からか、
「ニュースショーの先駆け」は、18年余りの歴史に
幕をおろすことになります。
民放局が素晴らしい、スポンサーありがとう、
最後に瓶ビールを“手酌”しての一気飲み
・・・久米さんらしい最後でした。
放送局側としては、後継キャスターの方に「2代目Nステの顔」として
就任して頂きたかったようですが、久米さんが拒否。
自分で作ったNステだから、自分で終わらせる。
きっと、そんな気持ちだったのでしょう・・・。
久米さんの考え方には賛成できないところもあるのですが、
その一生懸命な姿勢、ホンマに尊敬しております(^^)。
正直、今の自分にも活かされている気がします。
ほな、また今度!
・・・・・あぁ、3回も更新してしもた(笑)。