15分の後、三者三様のコピーが出揃った。制限時間が短いので、コピーの体裁を整えることが出来なかったが。
「着の身着のまま逃げても、朝は栄養満点。」
ポケットに入る。だから、災害が来て救援物資が届かない次の日でも栄養が取れる。そういう根拠をもとに、ぼくはコピーを書いた。講師には、こう指摘された。「前半はいいのに後半がショボい。それにSOYJOYにしかないものが欠けている。大豆イソフラボンのこと、書けよ!」と。
「時間がなくて・・・」ぼくは咄嗟に、そんな言葉を口にしていた。苦しい、言い訳だった。
そのとき、一本のコピーが、脳裏をよぎった。
「『時間がなかった』は、一番カッコ悪い言い訳だよ」
中村禎さんが、宣伝会議賞の締め切りまで粘るひとに向けて書いたコピーだ。
ああ、自分は、なんてカッコ悪いことを言ってしまったんだ。言い訳も何も出来ないのに。
ときに必要とされるひと、必要とされる場面に、コピーは刺さる。それを存分に思い知らされた瞬間だった。
そして一日が経った。今、その言葉は、血管から心臓を通って、ぼくの全身を駆け巡っている。
コピーは、瞬間、ひとを変える。ときに涙として。ときに汗として。
すべてひっくるめて、もう一度書いてやろう!それでできたコピーが、これだ。
「着のみ着のまま逃げた次の日、わたしの肌が調子いい。」