「平場の月」(2025/東宝)
監督:土井裕泰
原作:朝倉かすみ
脚本:向井康介
堺雅人 井川遥 坂元愛登 一色香澄 中村ゆり でんでん
暗悠貴 吉瀬美智子 宇野祥平 成田凌 塩見三省 大森南朋
おすすめ度…★★★★☆ 満足度…★★★★★
冒頭。自転車に乗った堺雅人が鼻歌を口ずさんでいる。
あ!知ってる!薬師丸ひろ子!
でも、なぜかタイトルが思い浮かばなくて…最初に思い浮かんだのが「夢の途中」…いやそれ違うし…「セーラー服と機関銃」…そのまま作品の世界観に引きずり込まれていった。
♪愛ってよくわからないけど
傷つく感じが 素敵…
(作詞:松本隆)
映画「メイン・テーマ」の主題歌だ。
あの頃何度も聴いて、何度も歌って、歌詞も脳裏に焼きついているのにタイトルだけが出てこないってなんだよ。
中学時代に恋心を抱いた少年と少女が時を隔ててお互い50代になって再会する。
堺雅人演じる青砥は病院での内視鏡検査のあと、院内の売店でレジを打つ井川遥演じる須藤と再会する。
その後、改めて合流した居酒屋のカウンターで青砥と須藤が同じ曲を歌い出す。
カウンターの中に座った渋いマスターが微笑んでいる…塩見三省だ!
きっとこれはいい映画だなと思う。
いろんなものが思い出される、いろんなことが頭を過る、いろんな感情が呼び起こされる、なのにタイトルだけ最後まで思い出せない。
そんなじれったさそのものがこの映画にはずっと横たわっていて、歯がゆいような、照れくさいような、そんな自身のこれまでと重なる部分もありながら、最後まで目が離せなかった。
再会した二人はそれぞれのことを語り合いながら少しずつ距離を詰めていく。
印刷工場で働く青砥はバツイチで一人暮らし、別れた妻との間に生まれた息子がいて時々家にも立ち寄ってくれる。
須藤は夫と死別したあと、若い男に入れ込んで大金を貢いで、いまは地元に戻って安アパートで一人暮らし。
先の青砥の検査の結果は良性の腫瘍だったが、須藤はその後の健診で大腸がんの宣告を受けてしまう。
須藤の病気をきっかけにお互いに初恋だったあの頃の感情が動き出し、大人になった二人の初恋が再燃する。
中学生時代の二人を演じるのは坂元愛登と一色香澄。
坂元愛登は直近の「ちはやふる-めぐり-」や「不適切にもほどがある!」にも出ていた16歳、一色香澄はテレビドラマで注目も個人的には初見の15歳。
変に人気の子役やティーンを使わず、登場人物と同世代の二人をキャスティングしたのもよかった。
須藤がなぜ自身の初恋を否定してまで「ひとりで生きていく」ことに拘ったのかは後半で描かれるのだけれど、結局は彼女も一度は結婚を選んでいるわけで、その後も若い彼氏を作ったりと誰かと生きたかったのは間違いない。
しかしながら結果として50を超えて一人で生きていくことをまた決心するのは辛い選択だと思う。
退院した須藤と一緒に歩きだそうとする青砥は、いつか一緒に温泉旅行に行こうと約束をする。
須藤の6ケ月健診の夜、一年後の温泉旅行と結婚を切り出す青砥はまるであの頃の無垢な中学生のようだ。
やっぱりいくつになっても男の方が子供なんだなと…。
須藤と別れて一年後、中村ゆり演じる彼女の妹から真実を告げられる青砥…その現実を受け止められないまま涙すら出ない。
中学の頃の思い出がまた甦った。
そういえばあの頃自分にもクラスに好きだった女子がいて、偶然にも三年間同じクラスだったこともあって、気づいたら気になる存在になっていた。
でも、そもそも告白なんて思ってもいなかったし、たぶんそういう感情すら抱かなかったほどまだ子供だったし、あくまでもそっと見守る感じだった。
でも、その後クラスの別の女子と交換日記をすることになって、その時に何気なく<〇〇さんが好きかも>みたいなことを伝えてしまうほど情けなく子供だった。
十数年前に中学時代のクラス会が開催されて、そこで進行役から「〇〇さんは亡くなりました」って発表されたときの虚無感…あれは忘れられない。
それこそ卒業以来30年以上会っていないし、彼女の姿もあの時のまま止まっている。
詳しい経緯を知りたいという思いがすぐに浮かんだけれど、クラス会ではその事実だけが知らされただけで、幾つで亡くなったのか?結婚はしていたのか?家族は?そんなことすら想像もできなかった。
映画のエンディングで同級生の娘の結婚式のあとの打ち上げであの居酒屋にやってきた青砥。
生ビールの追加オーダーでテーブルから離れカウンターに座ったとき、偶然ラジオからあのメロディが流れてくる。
その途端に咽ぶように泣き始める青砥を前に、マスターがそっとラジオのボリュームを上げる。
♪笑っちゃう 涙の止め方も知らない
20年も生きて来たのにね…
エンドロールでようやく「メイン・テーマ」だと気づく。
なんか大事な忘れ物をようやく思い出したようで、その瞬間にハッとしたのと同時になんだかとても切ない感情に包まれた。
エンディングでは星野源が歌うテーマ曲「いきどまり」が流れる。
「盤上の向日葵」のサザンもそうだったけど、エンディングがピッタリ嵌ると少し得をした気分になる。
でもエンディングに「メイン・テーマ」がイントロからフルで流れたら泣いちゃうかも…。
ここのところエネルギッシュなキャラクターで話題作に出続けている堺雅人が普通の中年男を演じるのも悪くない。
井川遥はいつの間にかいいポジションの収まっているというか、誰が見てもホッとするその清楚で静かな佇まいが素晴らしい。
ちなみに映画「メイン・テーマ」は1984年の角川映画。
奇才森田芳光の遊び心満載のエンターテインメント作品で、薬師丸ひろ子の相手役オーディションで野村宏伸がデビューした。
劇場公開時には舞台挨拶に駆けつけ、その後も何度もスクリーンで観た作品で、数年前の「角川映画祭」で観なおしている。
そういえばソフトももってるな…VHSだけど。
ローソン・ユナイテッドシネマ前橋 スクリーン8



