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出会いの連鎖-RENSA-を求めて。

メディアの旅人はあなたです。

「猿の惑星」

 “PLANET OF THE APES”(1968/アメリカ/FOX)

 

 監督:フランクリン・J・シャフナー

 原作:ピエール・ブール

 脚本:ロッド・サーリング マイケル・ウィルソン

 

 チャールトン・ヘストン キム・ハンター リンダ・ハリソン

 ロディ・マクドウォール モーリス・エヴァンス

 ジェームズ・ホイットモア ジェームズ・デイリー

 

 

映画「猿の惑星」といえばハリウッドのSF映画の金字塔的な作品であり、あの衝撃的なラストシーンは今なお語り継がれていて、自分が映画少年の時代に話題となったエポックメーキングな一本。

 

これまでも何度かテレビの映画劇場等で観たとは思うけれど、今回CS放送でラインナップされていたので予約録画、そういえばフルで全編を字幕版で観るのは初めてかもしれない。

 

改めて知ったのがその公開年が1968年だということ。

てっきり70年代の作品だと思い込んでいたのでこれがまず驚きだった。

 

ストーリーはいたって単純、遥か宇宙の果ての探索のために地球から旅立ったアメリカの宇宙船が謎の惑星の湖面に不時着。

 

沈みゆく宇宙船から脱した3人の乗組員が荒涼とした大地を移動してたどり着いたのは、言葉と知能を持った猿たちに人間が下等動物として支配される世界だった。

 

三人は突如襲いかかってきた人間狩りの一団に襲われ離れ離れとなり、猿たちに捕まったテイラーは檻の中に幽閉され動物学者ジーラとその婚約者である考古学者コーネリアスの研究の対象となる。

 

やがてテイラーは生殖行動を調べるため檻の中に入れられた若い女性ノヴァと心を通わせて行動を共にすることになる。

 

人間が家畜同然の世界の中でオランウータンの科学庁長官ザイアス博士だけはかつての人類文明について知っていたが、その証が残る禁断の地への立ち入りは固く禁じられていた。

 

前半の人間狩りが行われるシーンの迫力はなかなかの出来でスリリングな展開を楽しめるが、テイラーが幽閉されてからのストーリーはやや退屈な場面もあるものの、当時から話題になった猿の特殊メイクは見事というべきだろう。

 

有名なラストシーンへと続くテイラーの脱走劇と禁断の洞窟へのアプローチなども見応えがあった。

 

結果として過去の高度な文明を破壊しつくしてしまった人間の愚かさは、人間嫌いだったテイラーの思いも重なって一つのアンチテーゼとなる。

 

注目すべきはそもそもの時間軸の設定。

彼らは地球を経ってから2000年後の未来へと達する。

 

オープニングで宇宙船の中でテイラーがいわゆるスリープカプセルに入る前に音声メッセージを残す。

 

ケネディ宇宙センターから70日目、アインシュタインの相対性理論に則った光速航法で到達した宇宙空間。

 

この時の船内の日時表示はで1972.7.14で、地球時間では2673.3.24。

そして不時着したときの地球時間は3978.11.25となっている。

 

映画の公開が1968年だから地球を旅立ったのは近未来。

そして到着した猿の惑星は2000年後という遥か先の未来だというのが面白い。

 

例えばタイムリープもので大ヒットした「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズだってたかだか未来過去含めても前後で100年程度の時間軸なのに、この2000年という設定がまず特筆に値するのだと思う。

 

いわばタイムトラベルを超えたSFという意味でも、今もなおリブート作品が製作され続けているのは珍しいことではないか。

 

残念ながら「猿の惑星」シリーズのその後の3作品はほぼ未見。

多分テレビの映画劇場では少しは観ているかもしれないが記憶がいまいち。

いずれもあまり評判は良くないようだけれど、結果としてその後のリブートシリーズへと受け継がれているわけで、機会があればまたチェックしておきたいと改めて思う。

 

以前にシリーズ全作をCS番館で録画したことがあったけれど、契約の切り替え等のタイミングで観られなくなってしまったのは残念。

 

テイラー大佐を演じたチャールトン・ヘストンは撮影当時は脂の乗りきった40代。

「ベン・ハー」(1959)で名を馳せてからは引く手あまたのハリウッドスターに君臨。

 

「猿の惑星」の前年には西部劇の傑作「ウィル・ペニー」(1967)があって、以降も「ジュリアス・シーザー」(1970)に「アントニーとクレオパトラ」(1971)といった史劇から、後のパニック映画のきっかけとなった「ハイジャック」(1972)・「大地震」(1974)・「エアポート’75」(1974)と多ジャンルの作品でスクリーンを席巻した。

 

一方で「続・猿の惑星」(1970)にも参加したが、シリーズは猿側のジーラやコーネリアスをメインにした作品に舵を切っていく。

 

監督のフランクリン・J・シャフナーは寡作ながら、「パピヨン」(1973)や「ブラジルから来た少年」(1978)といった異色作を手掛けたが若くしてこの世を去っている。

 

 2025.10.6 ザ・シネマ二番館 O.A.

 

「トロン:アレス」

 “TRON: ARES”

  (2025/アメリカ/ウォルト・ディズニー・ジャパン)

 

 監督:ヨアヒム・ローニング

 原案:デヴィッド・ディジリオ ジェシー・ウィグトワ

 脚本:ジェシー・ウィグトワ

 

 ジャレッド・レトー グレタ・リー エヴァン・ピーターズ

 ハサン・ミンハジ ジョディ・ターナー=スミス

 ジリアン・アンダーソン ジェフ・ブリッジス

 

 おすすめ度…★★★★☆ 満足度…★★★★☆

 

 
オリジナルの「トロン」(1982)はオンタイムだったけれど興味を持ちながらも結局未見のまま。
その続編として20年後を描いた「トロン:レガシー」(2010)も当然ながらノーチェック。
 
今回の「トロン:アレス」も正統の続編ということで前2作を未見のままでは厳しいかと二の足を踏んでいたが、ちょうどタイムテーブルが合ったのと当該シネコンのいちばん大きなスクリーンでの上映だったので思い切って観ることにした。
 
いや、これが大正解。
面白かった、単純に面白かった。
 
しかもでかいスクリーンでの大音量とI-MAX並みのクリアで迫力のある映像に前のめりになって見入ってしまった。
 
正直、前段で語られるエンコム社やらディリンジャー社やらの関係性やいきなりプログラマーのイヴたちが登場して旧式のシステムを再稼働させる展開はチンプンカンプン。
 
それでもディリンジャー社が開発した警備プログラムの高性能AI兵士アレスが、デジタル世界から現実世界に実体となってやってくるという基本部分だけ理解できれば大丈夫だった。
 
彼らが現実世界で生存できるのは29分間のみで、それを超えると実体は一度消滅して再びデジタルの世界で再生される。
 
その29分間を永遠にできる永続プログラムをエンコム社の過去のシステムの中から発見したイヴがディリンジャー社の標的となり、仮想空間から現実世界へと送り込まれたAI兵士アレスと29分間の死闘が繰り広げられる。
 
この29分というタイムリミットがスリリングな展開のキーとなる。
まるで「トロン・アレス」というゲームの世界に放り込まれた感覚で一緒にプレイをしているかのように映像の世界に同化できる。
 
そんな中で次第にディリンジャー社の指示に疑問を持つようになったアレスはイヴと共闘するようになるが、ディリンジャー社の指示を全うするもう一人のAI兵士アテナはさらに暴走してエンコム社へと乗り込んでくる。
 
電脳空間とデジタルワールドの対比が面白い。
確かに自分が仮想空間に思いを馳せた時代は「トロン」が公開された頃で、結果としてスクリーンでの鑑賞は叶わなかったものの、作品の世界観については興味津々だった。
 
暴走するアテナの反撃で本社の設備が破壊されるが、アレスは80年代に構築された電脳空間へと入り込み創設者フリンと会う。
この時の映像は当時としては最先端だった電脳空間を再現しているのも面白い。
 
永続プログラムを手に入れて復活したアレスの彩色が赤から白に変わってアテナと最後の決戦に臨む。
 
エンディングで永続プログラムによって限りある命を手に入れたアレスが旅に出るハートウォーミングなパートはディズニーならではというところか。
 
ディリンジャー社のCEOの母親役でジリアン・アンダーソンの名前を見て一瞬??と思ったら「X-ファイル」の懐かしきスカリー捜査官だった。
 
AI技術に詳しい人が設定がどうのこうのとかあえて難しく考えて難癖をつけるのは仕方ないけれど、ここは四の五の言わずでかいスクリーンで素直に楽しむ映画。
 
チャンスがあれば改めて過去2作も観ておきたいが、、ディズニー+に入っていないから難しいのかな?
 

 MOVIX伊勢崎 シアター8

 

「おーい、応為」(2025/東京テアトル=ヨアケ)

 

 監督:大森立嗣

 原作:飯島虚心 杉浦日向子

 脚本:大森立嗣

 

 長澤まさみ 高橋海人 大谷亮平 篠井英介 奥野瑛太

 寺島しのぶ 永瀬正敏 和田光沙 吉岡睦雄 早坂柊人

 

 おすすめ度…★★★☆☆ 満足度…★★★★☆

 

 
 
世はまさに葛飾北斎ブームのど真ん中。
 
大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」では江戸時代後期の様々なカルチャーが紹介され、有名な歌麿など誰もが知る名前が次々と登場し、その人物像だけではなく実際に世に出した様々な作品も注目されている。
 
そもそも北斎がここまでもてはやされるようになったのはいつからだろう?
 
調べてみると北斎の作品が初めて重要文化財に指定されたのが「潮干狩図」で1997年のことらしい。
浮世絵では歌麿や写楽や広重といった絵師の作品は1960年代には指定されているとのことなので、そういう意味では北斎の評価はごく最近といってもいいだろう。
 
そんな自分が北斎のことを最初に意識したのは映画「北斎漫画」(1981)だったと思う。
緒形拳が北斎を演じ、田中裕子がその娘お栄役、樋口可南子が北斎のモデルとなって大蛸と絡む映像が話題になった。
この作品は未見なのだけれど、あの衝撃的な映像だけは何度か目にしている。
 
個人的にはその後、家族でドライブで小布施に行ったときに、岩松院の天井画北斎館も見ているし、北斎のすごさは実感しているけれど、それ以上でもそれ以下でもなかったかもしれない。
 
「おーい、応為」は北斎の晩年をその娘お栄を軸に描いていく作品で、ストーリー的には1820年から北斎の死までが時間軸に沿って語られていく。
 
作品中もテロップで経過年数が分かるようになっていて、その間にお栄が葛飾応為として覚醒していく過程や後の富嶽三十六景に繋がる旅に出る件も描かれる。
 
並行して生涯に何度も繰り返したという引っ越しの様子も随所に挿入されそれが後半にかけていいリズムになっている。
 
それにしても意外だったのは主人公の応為を演じた長澤まさみのいい意味で規格外の佇まい。
 
江戸時代にあれだけスタイルのいい町娘がいたかどうかは別にして、スクリーンのどこに立っても存在感が際立つのはもちろんのこと、起きて半畳寝て一畳程度の長屋住まいの床に寝転んだ時の長い脚の何ともいえない収まりの悪さとか、逆に長澤まさみならではの魅力に繋がっている。
 
そういう意味ではこの作品は間違いなく長澤まさみありきの長澤まさみを観る映画になっているといっても過言ではないと思う。
 
結果としてスクリーンの長澤まさみの存在感によって、応為というヒロインそのものがより魅力的に映る。
 
北斎を演じた永瀬正敏も久しぶりのはまり役で、かつての緒形拳のような狂気とはまた違った老獪さも出てきたと思う。
 
いずれにしても応為の目を通して淡々と描かれる葛飾北斎の生きた日々はどこを切り取っても刺激的であり、遺作といわれる富士越龍図を前にした大往生までスクリーンから目を離せなかった。
 
この作品の最大の見どころは前半と後半でスクリーン上のトーンが切り替わる場面。
 
父北斎と相容れないお栄が土砂降りの雨の中、郊外で暮らす母ことの家を訪れる。
絵師の夫に三下り半をたたきつけ実家に戻ったお栄は北斎とともに色彩のない日々を送っていた。
 
そんな娘の姿を見てことが「女は赤いものを身につけると優しくなれる」と語る。
その帰りに応為は金魚屋から赤い金魚を買うが、直後から応為の周りのすべてが色彩を帯び、スクリーンのトーンもくすんだ色彩から一気に華やかさをまとい始め、その瞬間に絵師としての応為の才能が開花していくのだ。
 
これはいいシーンだった。
 
ストーリーもこの後一気にテンポよくなっていき、北斎の娘お栄から絵師葛飾応為へと成長した姿を長澤まさみが生き生きと演じていく。
 
後半は観る側の興味も葛飾北斎から絵師応為へと移っていき、応為と一緒に旅をしながら天才絵師北斎の最期を看取ることになる。
 
北斎の弟子の若い絵師に高橋海人、お栄が思いを寄せる門弟に大谷亮平、ご近所さんの三味線の師匠に篠井英介、北斎に屏風絵を依頼する津軽侍に奥野瑛太、登場人物は少ないけれどそれぞれがいい味を出していた。
 
監督は「MOTHER マザー」でも長澤まさみと組んだ大森立嗣で脚本も手がける。
ここ数年は当たり外れもあるようだけれど、コンスタントに新作映画を世に送り出しているらしいので、この先改めて名前に注目しておこう。
 
 MOVIX伊勢崎 シアター10