「月」(2023/スターサンズ)
監督:石井裕也
原作:辺見庸
脚本:石井裕也
宮沢りえ 磯村勇斗 長井恵里 板谷由夏 モロ師岡
鶴見辰吾 原日出子 高畑淳子 二階堂ふみ オダギリジョー
おすすめ度…★★☆☆☆ 満足度…★★★☆☆

2016年に発生した相模原障害者施設殺傷事件…いわゆる「津久井やまゆり園事件」をモチーフにした辺見庸の小説をベースに映画化。
10月の公開時はシンプルなタイトルもあってノーチェックも、その後のレビュー等であの事件の映画化作品であることを知り、俄然興味をもった。
しかし140分超という長尺もあってなかなかタイミングが合わず、同時期に同じ石井裕也監督作品の「愛にイナズマ」も公開されたこともあって、両方観ないと片落ちだななどと考えているうちにレイトショーのみとなり、そのまま鑑賞機会を逸してしまった。
その後、地元のミニシアターで上映予定にラインナップされたことを知り、ようやく今回の鑑賞となった。
作品そのものはエンターテインメントとして観れば長尺も気にならずまずまず満足してスクリーンを後にした。
単純に面白かった。
しかし時間が経ち、改めてレビュー等を読んだりしているうちに大きな問題があることに気づいた。
実際の事件の概要としては、犯人である植松死刑囚にとっては意思を発せず生産性もなくただ生きる重度障がい者は、社会から排除される存在でしかなく、むしろ彼ら彼女らのために自らがその人生を終わらせるという使命に駆られての犯行に至る。
主人公である作家の洋子は東日本大震災を題材にした小説がヒットしたが、その後は作品が書けなくなってしまい、一方で障がいをもって生まれた我が子を亡くしたばかりでもあり、自分の居場所を探して当該施設に生活支援職員として勤め始める。
そこで出会った同僚で先輩職員の陽子やさとくんと呼ばれる若い職員とのかかわりの中で、障がい者施設の実態を目の当たりにしてさらに葛藤していく。
そんな中で再び妊娠したことを知る洋子だが、生まれてきた子がまた障がいを持っていたらという不安もあって中絶するか悩む。
夫の昌平もまた我が子を失ったあとは定職にもつかず、趣味のフィギュアを使った短編映像制作に没頭している。
一方施設の入所者のために紙芝居を作ったりしているさとくんは、同僚たちの粗野な振る舞いや障がい者の現実を前に次第に心が崩壊していく。
作品は施設内での様々な出来事と洋子たち夫婦の問題を並行して描きながら、やがてさとくんが起こす殺傷事件という戦慄のクライマックスへとなだれ込んでいく。
そもそもが現実に見聞きしてきた事件ありきなので。そういう意味では大きな破綻があるわけではなく、予想通りの結末に「面白かった」という安堵の気持ちになるのだろう。
こうした社会と断絶された施設の閉鎖性の中で起こる事件を描く作品は他にもあって、最近では精神病院を舞台にした「閉鎖病棟-それぞれの朝-」あたりが思い出される。
映画を観終わった後に様々な感情が溢れてくるのは今回も同じで、それを自分自身の問題意識ととるのか、単純に感動したと満足するのかは、人それぞれなんだと思う。
所詮映画なのだから、エンターテインメントなのだから、そういう意識がその根底にあるのは間違いない。
この「月」でもいろんな思いが浮かんでは消え、どこかで今の自分と重ねて納得させている部分もある。
大局的には人が「生きる」ことの意味だったり、自分の中の「正義」について問うてみたり、そういうことに思いを馳せる一方で、映画の冒頭で施設に初出勤した洋子の視線に自分自身の真実を知って愕然とする。
それは単純に障がい者たちの容姿について感じる違和感そのもので、それこそが最初から自分の目には異形のものを見る感覚つまり「異物」を認識するという大前提だった。
残念ながらこういう最初の異形なるものに対する違和感は、そのまま嫌悪感と同じものであり、多くの人が実は最初に抱くものではないだろうか。
この最初の刷り込みがこの作品の肝だと思う。
その感覚が作品内で描かれる施設内の描写の違和感を逆に覆い隠してしまう。
それこそが「異物」だから仕方ないという無意識の感覚で、そのままこの作品の暗部へと誘導されていくきっかけにもなる。
つまりこの施設内で入所者に対する職員たちの行動すべてが肯定されてしまうのだ。
最初に洋子が暗い部屋で横たわるだけの入所者のところへ連れていかれる。
戸惑いを隠せない彼女に先輩職員の陽子は「すぐ慣れるから」と励ます。
いや、違うだろう。
そんな真っ暗な部屋で入所者を放置するようにするわけがない。
まるで牢獄のような暗い施設内の廊下、仮に古い施設だとしてもそれはおかしいだろう。
つい最近まで一ヶ月ほど入院生活を送っていたが、開放的な雰囲気や清潔で明るい病棟だった。
もちろん全てにおいて快適なことは不可能だし、病状も年齢も家族構成もまったく別々の患者が、一つの病棟に押し込められているのだから、個室にでも入らない限りは自由度はある程度制限される。
そんな経験をした直後なので現実はわかっているのに、最初の異形なるものという視点が引き金になって、この施設はこういうところなのだと思い込んでしまう。
さすがにモンスター級の入所者を施錠した部屋に閉じ込めるくだりは違和感しかなかったし、気がついたらホラー映画を観ているような感性に陥っていたことに驚かされる。
さとくんが凶行に至る心理やその後の実行に至る経緯についてはあえて語る術を知らない。
彼なりの理屈は何となく分かるものの、それを自分の身に置き換えることも出来ないし、どういう言葉で語ればいいのかもわからない。
これはもちろんフィクションとしての映画ではある。
でも本当にこうして描くべきものがあったのかは疑問が残る。
おそらくエンターテインメントを通じた問題提起という部分が強いのだろうけれど、であるならばセミドキュメンタリースタイルでもよかった気がする。
鑑賞後には自分の満足度としては★4つをつけた。
その最初の評価が映画としては正しいのかもしれないけれど、最終的にはひとつ★を減らした。
主演の宮沢りえはほぼすっぴんの出演だったか。
苦悩する中年女性の葛藤をうまく表現できていてさすがだと思うし、夫役のオダギリジョーもはまり役。
さとくんを演じた磯村勇斗はこの先どういう役者になっていくのか、好青年だけではない新たな一面を見せてくれたと思う。
石井監督はオーソドックスなストーリーよりも常に問題作や社会派の作品を作り続けている印象だが、近年の作品は観る機会がなくて、直近では「町田くんの世界」(2018)や「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」(2017)あたりまで遡るようだ。
現在の日本映画界においては安定的に作品を送り出している映像作家の一人なのでこの先どういう方向に進んでいくのか興味は尽きない。
洋子と同じ生年月日の入所女性の母親役の高畑淳子が、事件直後に見舞いに訪れて娘の死を知り慟哭するシーンがいちばん胸に響いた。
家族の突然の死を受け入れることは簡単ではない。
自分自身も過去に母と父を自宅で看取ったが、それぞれ短い期間ではあったものの介護の時間を経験している。
人が「生きる」ということに特別な意味なんかない。
その「生きている」という事実がすべてなのだと思う。
前橋シネマハウス シアター0