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「ロストケア」(2023/日活=東京テアトル)

 

 監督:前田哲

 原作:葉真中顕

 脚本:龍居由佳里 前田哲

 

 松山ケンイチ 長澤まさみ 鈴鹿央士 坂井真紀 戸田菜穂

 峯村リエ やす(ずん) 梶原善 綾戸智恵 藤田弓子 柄本明

 

 おすすめ度…★★★★☆ 満足度…★★★★★

 

 
 
先にシネコンで上映されていた時は、タイムテーブルが合わずに上映が終わってしまったこの作品。
すぐに地元のミニシアターに下りてきたので気になっていたものの、結局仕事終わりに最終上映日に駆け込むことなった。
 
観ておいてよかった。
というよりも、自分が観るべき映画だった。
 
きっと今の生活が充実していて、今のところ両親も健在で、何かあったときには周りに頼れる親戚縁者友人がいる人が観るのと、自分のように少しでも身内の介護にかかわったことがある人や最後を一人で見送った経験がある人が観るのとでは、まったく感じ方が違うのかもしれない。
 
例えば42人の要介護者を殺害した斯波が語る「穴に堕ちる」の意味が分かる人がどれだけいるだろうか。
 
自分はその言葉の重さも多少なりとも経験しているし、いま現在いわゆる天涯孤独のようなものなので、斯波がかつて経験したどうにもならない現実も理解できてしまった。
 
けれど、自分は殺人者にはならない、いやなれない。
それだけの違い。
 
生きることってホントに難しい。
だれにも頼ることなく生きている人はこの世にはいない。
人間はこの世に産み落とされた瞬間からひとりではない。
 
日々の生活の中で誰かに頼りたいときもある、頼れたらどんなに楽だろうかと思うこともある。
 
でも頼る術を知らない、頼る先がわからない、簡単に役所に駆け込めば解決するものでもない。
 
父親の介護に疲れた斯波は生活保護を申請するが「あなたが働ける」からという理由だけで門前払いされる。
 
それが現実なんだ。
 

もちろんこの作品は映画というフィクションである。

何年も前から老々介護の問題も含めてニュースや報道特集などで話題にはされるけど、そこで何か救いがあるのかといえば、当事者たちにはいつもと変わらぬ現実がそこに横たわるだけ。
 
それでは今すぐ法律を変えましょう、とはならない。
では目の前のあなたに救いの手を差し伸べましょう、とはならない。
 
年末年始の風物詩のように報道されるNPOやボランティアによる炊き出しや弁当の配給などがなくなるような世の中にはけしてならない。
 
救いとはなんだろう。
映画「ロストケア」には生ぬるい救いがない。
 

私生活では要介護の母親を老人ホームに入れた長澤まさみ演じる検察官秀美も救われなければ、判決が決まる傍聴席で「人殺し!お父さんを返して!」と叫んで退廷させられる戸田菜穂演じる介護に疲れた娘美絵も救われない。

 
斯波の手による親の死で介護から解放された坂井真紀演じる主婦洋子はずんのやす演じる職場に出入りする業者春山との再婚を決意する。
 
では彼女は救われたのか?
彼女より年上の春山は「自分の方が先に死ぬ」と不安を口にする。
洋子の娘が成人するころには彼は高齢者になっている。
 
長澤まさみと松山ケンイチが圧巻だった。
バイプレイヤーたちもみな素晴らしい。
 
要介護者を演じる藤田弓子と柄本明はもちろんのこと、介護の仕事に大きな希望をもちながら斯波の事件をきっかけに風俗嬢になる由紀役の加藤菜津もよかった。
 
監督の前田哲は先に観ていた「水は海に向かって流れる」や「そして、バトンは渡された」など、しっかり人間を描ける監督だと思う。
同時期公開の「大名倒産」といったコメディも手がけているのは驚いた。
 
この「ロストケア」はけして楽しい映画ではない。
エンターテインメント作品がスクリーンを埋め尽くす昨今のシネコンでは選択肢としては限りなく後ろの方だろう。
 
自分もテーマの重さに躊躇してシネコン上映での鑑賞を逃した。
例えば長澤まさみのファンだから、松山ケンイチが好きだから、そういう理由でもスクリーンでこの作品と対峙することができたらむしろ幸福だと思う。
 
この世に生を受けた以上必ずいつかは通る道、人は誰かと死をもって別れることを繰り返しながら、自分もまたその瞬間に向かって生きている。
 
だからこそ、勝手に他人の人生を終わらせてはいけない。
もちろん人生を自ら終わらせることも含めて。
 
昨今の芸能界で話題になっている事件…そこに救いはない。
 
 前橋シネマハウス シアター0