今日は特別な日で。

りょうくんが生まれて、4年と1ヶ月ほど。
2歳と半月で、長い長い入院生活を終えたりょうくん。


今日はちょうど、

病院に居た日数 = お家に帰ってからの日数

になる日だった。


そして明日からは、

病院に居た日数 < お家で過ごした日数

になっていく。



数字ではない、とは思いつつ。

何となく、この日を指折り数えていた。




りょうくんがまだ病院に居た頃。

国勢調査があった。

3ヶ月以上病院にいる家族については、病院が住所とカウントされる。

りょうくんについては記入しなくていいと言われ。

りょうくんは、家に居ないことになってしまうんだ・・

ただの、書類上の話なんだけど。

事実を念押しされているようで悲しかった。




そしてまたある時は。

きょうだいの保育園関係の書類。

毎年提出するそれには、家族それぞれの名前と、同居・別居に◯をする欄がある。

一緒に暮らしたことの無いりょうくんについても、同居に◯をする違和感。

いつも一瞬、迷っていた。

ほんと、ただの書類上の話なんだけど。

無意味に心揺さぶられていた。




今はもう、そんなさざ波はやってこない。

りょうくんはお家の子になった。






この前の入院の時、久々にりょうくんに掛けた言葉がある。

「早くお家においで。」

何気なく言った後、何とも懐かしい響きにハッとした。


長い入院中、面会の帰り際、りょうくんにこの言葉を囁かない日は無かった。

初めの病院では、退院や在宅への道筋すら示されなかった。

それでも、いつかお家に帰って来てくれることを願っていた。


そんなことを思い出して、今の、当たり前になった幸せを感じた。






「早くお家においで。」

この言葉は、2年と半月前、

「おかえり。」に変わった。


産院で、カンガルーケアをした後連れていかれたきり、私の元からいなくなってしまった気がしていたりょうくん。

病院で、抱っこも出来ていたんだけど。

やっと腕の中に帰ってきたように思えて、毎晩、抱っこで眠ったりょうくんに、おかえりと言っては長かった月日を想った。




そして今。

もう、りょうくんに「おかえり」を言うことは無くなった。

りょうくんが居ることは、当たり前の日常になった。

入院生活は思い出の中。

と言うか、そんなことを考えなくなる程に、りょうくんはお家に馴染んでいる。



最近、私が使う『抱っこ』サインを覚え、そのサインをすると「わ~抱っこだぁ!」と満面の笑みを見せてくれるりょうくん。

私がなっくんを抱っこしていると、嫉妬の膨れ面で私の袖を引っ張るりょうくん。

おかえりりょうくん。
おかえりりょうくん。

もうすっかりお家の子だね。




ここまで長かったように思うけど、りょうくんの人生、まだ始まったばかり。

一緒に暮らせるこの幸せを忘れずに。

りょうくんにとっての幸せを模索していきたい。(今はまだ、抱っこが1番の幸せ…)

りょうくんは、お喋りが出来ない。

気切して、難聴、知的にも遅れている。
その辺りが絡み合っていて。



以前『手話始めました』と書いたことがあるけれど、私がりょうくんに話すときは、手話を利用した簡単なサインを使っている。

と言っても大して多くなく、

こちらのすること(吸引など)
これからすること(お散歩行くよ、とか)
聞きたいこと(おしっこ?とか)
やって欲しいこと(ちょうだい、とか)
あとはOKとダメ

程度。



そして、りょうくんからしてくれるサインは今のところ、ほとんど無い。

「吸引して!」→喉や胸の辺りをトントン
「お腹のガス抜きして!」→胃ろうチューブを持ち上げる

くらい。

それでもはじめの頃、何でも喉をトントンだったのに比べれば(何でやり始めたかは不明だけど、何か訴えたい時はとにかくこれだった)、「喉トントン」が主に「吸引」の意味だけになったのは大進歩と言っていいと思う。




そんなりょうくん。
最近になって覚えたサインがある。

それは、「お家(に帰る)」。

両手で三角屋根を作る形の手話。

病院のSTさんには「次がそれなのか~」とびっくりされた。



このサイン、はじめは、お家の周りを散歩する時、お家が近づくと私が「お家」とやって見せていた。

通園に通い始めてからは、帰る時に「お家」とやって見せたり。

(「帰る」の手話も続ける)


そしたらある日。

通園の後、いつものように「お家、帰るよ」とやって見せたら。

なんとりょうくんもニコニコして「お家!」と返してくれるではないか!

あまりにびっくりしたので、その日は偶然かな?と思うに留めておいた。

だけどその次も、やっぱりやってくれる。

これは間違いない!と嬉しくなって、色んな人に報告してしまった。



その後、安定して「お家!」と返してくれていたりょうくん。

一時預りに預けた時にも、スタッフの方がりょうくんの分の帰り支度をしていた時に、それを見て「お家!」とやったらしく、これはいよいよ本物だね~なんて話していたら。

お盆休みにみんなで出掛けたとき、さらに驚くことをやってくれた。


出先で食事しようと思ったお店がすごく混み合っていて。
パパが並び、私は子供達を連れて辺りをうろうろしていた。
(なっくん抱っこ、りょうくんバギー)

やっと通されて注文したものの、料理が来るまでにもまだかかりそう。

私はまた、下の2人を連れてうろうろ。
その時だった。

いい加減、同じところを何度もぐるぐるして、りょうくんも飽きていたんだと思う。

私に向かって、「お家!」とやったのだ。



びっくりした。

「お家に帰りたい」という意思表示。

今までのオウム返しとは訳が違う。

「お家」を理解して、さらに使いこなしている。(「帰る」ではなく「帰りたい」として使っている。)


本当に驚いたし、嬉しかった。
そして、希望を感じた。

りょうくんと意志疎通が図れるかもしれない、という希望。


(その後、ことあるごとに「お家帰りたい!」が繰り出されることにはなるんだけど・・)




これに味をしめて。

最近、前より積極的にサインを教えている。

りょうくんの理解力も、段々上がってきている気もする。

・・・と思っていたんだけど。


何となくしつこく教えている
「ご飯、おしまい」

(ご飯→グーの親指を口に当てる(ミルクの手話?)
おしまい→開いた両手を閉じながら下に下げる(手話と同じ))

しつこく見せていたら、困ったりょうくん。

それが「サイン」ということは理解したようで・・・

「サインて言ったらこれでしょ!」とばかりに、お得意の「お家!」をやってみせたのだ。




え?





・・・・・・・・



目が点になった。


ここで「お家」をやるとは・・

これって、「ご飯、おしまい」が分からないだけじゃなく、「お家」もちゃんと分かってたかどうか怪しいってこと??

いや、でも、今までの「お家」の使い方は合っていたはず・・・・  多分……









三歩進んで、二歩下がる。
いや、三歩下がったのかな?


サインて、難しいなぁ・・







*ちなみに、このことを病院のSTさんに話した時、「二語文は結構高度なんですよ」と言われた。(いきなり1年分くらい進んだ感じみたい。)まずは「おしまい」だけでいいかも、という話。
でもなっくんに話す時だって、別に単語だけ言ってる訳じゃないしなぁ…
なっくん、ついに歩いた。

1歳1ヶ月。ちょっと遅め。

つかまり歩きはとっくにしていて。
立ったりしゃがんだりも出来ていたので、いつ歩いてもおかしくなかった。

だけど意外と慎重派で、最初の1歩がなかなか出なくて。

でもそれが、ついに!






それはさておき。

数ヶ月前、なっくんが「お母さん(私)」を覚え、居なくなるとワーワー泣くようになった時期があった。

まだハイハイも出来なかったので、泣くしかなくて。

(ハイハイが出来るようになると、いわゆる後追いをするようになったんだけど。)



その、動けなくて、私が居なくなるとワーワー泣く感じ。


りょうくんもそっくりだなぁ・・・・


そう思って、ハッと気付いた。

「これって、動けない子の後追いなのかな?」







いつの頃からか、少なくとも1年以上は前から、りょうくんは誰かがそばに居ないと泣いてしまうようになった。

在宅に移りたての頃は、もっとぼんやりで、幾らでも一人遊びしていたのに。


もしこれが、本当に後追い的なものだとしたら、少しずつでも発達している訳で、とても喜ばしいことなんだろう。

そう、だからもっと喜ばないと・・・・






なんだけど。

さっきも書いたように、この状態、軽くなったり酷くなったりを繰り返しながら、1年以上続いている。

少し放っておかれると、すぐに怒って泣いてしまうりょうくん。

入院した後なんかは最悪で、少しでも離れようものならもうギャン泣き。


だから家事は、りょうくんが昼寝している間か、パパや訪看さん、ヘルパーさんが家に居る時にサササっと。

もしくは「ちょっとこれ置いてくるね~(空の注入容器など)」などとキッチンに行きつつ、りょうくんの目を盗んでバババババっ!っと。

家事の間はいつも全力疾走で、結構しんどい。



そばに居ればいいのかな?と、座位保持椅子で近くに座らせてみたこともあった。

だけど、持って5分・・・

放っておかれてることに気付くとすぐに怒ってしまった。






普通の子の後追いなら。

いつかは無くなると、デンと構えていられる。

なっくんの後追いは、苦笑しつつもかわいくてしょうがない。

だけど、いつ終わるとも知れない、しかも私にくっついて来てくれる訳ではなく、私がくっついていないとならない、後追い(疑い)。

結構、いやかなり、しんどい。





ちなみに、そばに居れば何をしていても良いわけではなく、本・雑誌を読んでちゃダメ、スマホもダメ、書き物も縫い物もダメ、寝てもダメ、とにかく構っていないとダメで、自分のことは何も出来ない。
唯一許されるのはテレビを観ること(構いながら横目で)で、TVドラマにだけはやけに詳しくなった。






自分で自由に動けない子の後追いって、みんなこういうものなんだろうか・・・・

そして、いつか終わりは来るのだろうか´・・・・・

そもそもこれは後追いなんだろうか・・・・
(後追いでないならずっと続く可能性もあるよね・・)




1番辛いのは自由に移動もままならないりょうくんなんだということは、重々分かっている。

だから、なんとか頑張ってはいるんだけど。




何度か書いている、りょうくんの疾患名。

「屈曲肢異形成症」

で、確定でいいそう。



本当は今日、月1の呼吸器外来の日だった。

入院中だったけど、早く先生に色々伺いたくてお願いしたら、病室までいらしてくれた。



こちらからお話したこととしては、

・疾患の名前について(確定でよいか)
・骨系疾患→整形外科に繋いで頂きたい



先生のお話

・疾患名は確定でよい
・名前を出すと、役所などが四肢に限った疾患だと勘違いしそうなので書いてなかった(←?)

・整形外科にはかからなくてよい
・OT、PTさんなら骨格などのことは触ればわかる(←ほんと??)
・寝たきりの子は、疾患に関わらず骨が弱い
・リハビリは今まで通りでよい


なんだか、分かったような、分からないような。

一番知りたかったリハビリについては、今まで通りってことかぁ。。




最後に、別でお願いしていた意見書に、

「せっかくだから、この名前を書いておきますよ」

と言われて、笑ってしまった。


せっかくだから、って。先生。




あと1つ、気になることを言われた。

「この疾患は、中枢神経に異常があることが多い」

つまり、正常に発達しないことが多い、ということだそうだ。

りょうくんを見ていて、何となく予想はついていたけど。

やっぱりそうかぁ・・・・・・






ともあれ、名前は確定した。

難病のこども支援全国ネットワークのHPに書いてあったお友達探しに、連絡を取ってみようかと思っている。

そういうことが出来るのは、名前があってこそだなぁ。




あと、前回書いた、国会図書館にある研究報告書。

近所の図書館で、コピーの依頼が出来たので、取り寄せて貰った。

それが昨日ちょうど届いたんだけど、読んでみてガッカリ。

色々詳しい症例などが載っているかと思っていたんだけど(少なくとも)、全国で報告されている数や、遺伝子検査の有無くらいしか書いておらず、後はネットでも拾える概論ばかり・・・・・



まあ、同じ疾患でも、個人個人で予後は違う訳で、結局は「りょうくんはどうなのか」に尽きるんだけど。

だからこそ、整形外科には掛かっておきたかったんだけどな・・・・・・・




取り敢えず、訪問や通園のOT・PTさんには報告して、今後の相談をしようかと思う。

「禁忌などがあれば知りたい」と言われていたので。

先生の話が本当なら、思うようにやって貰えればいいってことだよね。




身体能力にしろ、認知にしろ。

どこまで伸びるか分からないけれど、出来る限りのことはやってあげたい。

将来のイメージなんて、全然出来ないけど。

何でも、出来ると信じて。


ほんとに、どこまで伸びるか、分からないけど。

りょうくん、眠っている。

どんな夢を見ているんだろう?

生まれた頃から、よくそう思っていた。






まだ入院中…







病院に居た頃は、病室だけの狭い世界。

登場人物は、
お医者さん、看護師さん、
私、パパ、
もしかしたらガラス越しに会うこうくん、
あとは周りのベッドの子・・・・くらいか。


その頃りょうくんの体には緑膿菌がいた。
だから処置をする人はみんな、緑色の不織布で出来たガウンを着ることになっていた。


『痛いこと、苦しくなることをする人は、
みんな緑の服を着ている。』


りょうくんが悪夢を見るとしたら、絶対緑の服の人が出てくるだろうなぁ・・

よくそんな風に思っていた。




こんな感じ?







今はどうだろう?

世界はだいぶ広がった。
登場人物も増えた。

色んなことが分かるようになってきたけど、
りょうくんは言葉をほぼ持たない。


ストーリーはあるのかな?
楽しい夢も多いのかな?
音は聞こえるのかな?
夢の中で、走り回ったりするのかな?



りょうくんが夜中に起きて愚図り、なかなか眠れなくてイライラしそうになる時、よく想像する。


自由に飛び回ってる夢を見ていたのに、
起きたらやっぱり不自由な体で、
哀しくて泣いているのかもしれない


そんなこと思うの、どうかとも思うけど。

イライラは、スッと消える。





今回の入院は、RSウイルス感染なので、また緑のガウンを着ることになった。

悪夢再来、なんだろうなぁ・・










睡眠繋がりで。


今は隔離されて個室にいる。

24時間付き添いが必要。

「子供の入院あるある」らしい、狭いベッドでの添い寝。


元々どこでも寝れる方なので(パイプ椅子3脚並べてとか)そこまで苦では無いけど、呼吸器の回路を挟んで

りょうくん、回路、私

だと、狭いベッドが更に狭い。






布団を体に巻き付けて、はみ出した部分が落ちないようにして、なんとか。

りょうくんが安眠出来てますように・・








りょうくん、昨日には熱が下がった。

呼吸器も今日、病院のから在宅のものに。
抗生剤が終了になり、点滴も抜けた。

だけど酸素がなかなか下げられない・・
(普段0.25L/分が、今は5.0L/分!)

ヒューヒューもゼロゼロもしてないのに。

台風のせいなの??





早く退院出来るといいなぁ。





それまで、いい夢見れますように