僕はあまりドラマを観ません。



というのも365日休みがないので、

ほとんどの僕の人生は調理場で働いてるか、
家で寝ているかで、自由な時間が限られており
テレビは好きなヨーロッパのサッカーを録画していたものを

観る以外ほとんど見ないし、
ドラマは映画と違って、何時間か観ないと

自分にとって面白いドラマか分からないからです。


前に観ていたドラマも3年ほど前にやってた龍馬伝だし、
その前は作品は思い出せませんが、

おそらく学生の頃なので10年以上前だと思います。


ちなみにNHKのドラマが好きなのではありませんよ。
僕の人生でNHKのドラマを観たのは龍馬伝とあまちゃんだけです。

龍馬伝を見たのも龍馬を含め幕末の志士の、

熱い部分がとても好きだからです。



僕があまちゃんが観はじめたのは、
一ヶ月ほど前に放送された、

朝まであまテレビからなんですが、
なぜ観ようかと思ったきっかけは、

たまたまテレビをつけたときに、
あまちゃんの91話の海女カフェでアキちゃん(能年玲奈)

ユイちゃん(橋本愛)が喧嘩をするシーンで、

それまでのあらすじがまったく分からなかったのですが、
ものすごく引き込まれてグッとくるものがあり、
恥ずかしながら能年怜奈さんと橋本愛さんを

当時はまったく知らなかったので、
若いのにすごい役者さんがいるなと感じたのがきっかけでした。



ただ途中から見ても、あらすじが分からないなと思ってた時に、
朝まであまテレビを観て、はまってしまいました。


朝まであまテレビはダイジェストだったので、
ネットで動画を探し放送されたものすべてを観ました。


宮藤官九郎さんの作品はCMとかで見た事はありましたが、
あまりにもぶっ飛んでるような印象があり自分には合わないだろうと、
勝手に思い込んでたので観たことがありませんでした。


あまちゃんは要所要所にリアルさはあるのですが、
ドラマというよりコントと思えるシーンがたくさんあり、
中にはアドリブで笑ってるシーンがあり、
普通のドラマなら明らかにNGな部分を使ってる。


でも物語に引き込まれて、
泣ける部分はとても泣けるし、笑える部分はとても笑える。
僕にとってこの作品は、とても衝撃的でした。


というのも僕の中で物語に対して「事実は小説よりも奇なり」

という思いが強くあって、
フィクションの物語に感情移入できない部分があって

冷めてしまうからです。


でもあまちゃんを観ていると徹底したリアルさなんか

どうでもいいんではないかと思えて、
観ている人が、喜怒哀楽の感動ができ

「明日も仕事がんばっぺ!」

思えればそれで良いんだと感じたんです。



こう感じた時に、自分の料理に対する

無意識な固定観念に気がつきました。


僕は普遍的な物が好きで、

常日頃100年後もおいしいと言ってもらえる料理を作りたいと
考えて料理を作り続けています。


なぜ100年後もおいしいと言ってもらえる料理を作りたいと

考えているかというと、
お客様のほとんどが同業者の料理人や料理評論家のように、
フランス料理店を何百軒と食べ歩いているわけでないからなんです。


同業者の料理人や料理評論家にとっては

食べ飽きて新鮮味がないかもしれませんが、
初めて食べたと考えれば伝統的な料理も斬新な料理も、
そのお客様にとってはどっちも斬新な料理なんです。


そう考えると話しはシンプルで、

どっちがおいしいかという事なんです。



なので修業時代、与えられたレシピの中で

この作業は本当に必要なんだろうか?
本当によりおいしくなっているだろうか?
確かに三ツ星でいるためには調査員は料理評論家と同じで

フランス料理店を何百軒と食べ歩いているわけですから、
斬新な料理でないと評価されにくいというのがあり、

新しい食材を使ったり、
より斬新な料理にしていったりしないといけない。


でもこのソースよりも伝統的なソースのほうが

面白くないかもしれないが、
より主材料に対しての相性も良いし、

よりおいしいのではないのだろうか?

といつも感じながら働いていたからです。


ただ僕の料理は伝統的な調理法や料理かといえば

そうではありません。


真空調理機、中心温度計、スチームコンベクションオーブン

なども使うし、新しい食材や器具でも

良いと思ったものは何でも使います。


でもあまちゃんを観て、無意識に新しい斬新な料理を

若干ではあるんですが、
斜に構えて見ている自分にいる事に気がつきました。


というのも伝統的な料理で100年以上前の料理が

今も残っているというのは、
いろんな料理がほとんど消えていく中で

残ったすばらしい物だから、
おそらく全部ではないかもしれませんが100年後も

残っていく確率が高い料理。


それに対して斬新で流行の料理は今はもてはやされても、
100年後残るのは伝統的な料理に比べ非常に確率が低い。


この確率が低いために若干ではあるんですが

公平に見ていない自分に気がつきました。

確率は低くても斬新な料理の中にも普遍的な料理はあり、

それを軽視してはいけない。


それに伝統的な料理も、先人の偉大な料理人たちが

当時斬新な料理として考えたものなのだから。


今の料理人も先人の偉大な料理人に学び、
新しい料理を作って料理をより進化させなければ

ならないなと感じさせてくれる作品でした。



堺市泉北のフランス料理店 カウンターフレンチ レストランマヴィ


昨今、既得権が問題になっていますが、なくして自由化すると、
過度な競争が生まれて合併を繰り返し、

結局最終的に大きな独占企業になる恐れがあると聞きます。
そこで既得権を上手に分配しながら、

適度な競争をさせる方法がないかと思い、
ドイツサッカーブンデスリーガーをモデルとしたら

良いのではないかなと考えました。



サッカーのクラブチームのほとんどが赤字経営らしいですが、
ブンデスリーガはスペインやイタリアのように

多額な借金をする事は許されず、
特定の選手に破格な年俸を支払う事も

健全的な経営の理由から認められないらしく
健全なクラブ経営がされていて、リーグのチームの

平均観客動員数も世界一だそうです。



そこでドイツサッカーブンデスリーガーをモデルとした、
既得権の分配、昇格、降格制度を

構築できないだろうか考えてみました。



ブンデスリーガーに所属しているのは3部までらしいですが、
そうすると降格した時の変化が大きすぎるので、
会社のジャンルによって変えるべきですが、

10~20部ぐらいを作り、
既得権を1部から優先的に分配する。



年間の売上高
年間の純利益
社員の最低賃金と最高賃金の差(もちろん小さいほうが高ポイント)
社員の労働時間(残業の少なさ)
社員の福利厚生の充実度



これらを絶妙なバランスでポイントに変化させ、
最上位から最下位まで順位をつけて、
下位3会社が降格、上位3会社が昇格するようにする。



そして降格会社から昇格会社に社員を優先して

移籍できるようにして、
降格会社のリストラを避けるようにする。



例えば規制緩和の影響で問題になっている

タクシー会社でいうと、
1部の会社が車両の最大保有台数を一番持つ事ができるようにして、
2部、3部となるにつれ最大保有台数を減らしていく。
そして降格会社から昇格会社に

タクシーの車両ごと社員を優先して移籍できるにする。



あと駅前などのタクシー乗り場の使用の権限なども、

1部から優先的に分配する。



新規参入は自由にできるが、最下部からのスタートにする。



年間の売上高と年間の純利益がポイントにつながるため

競争がうまれるし、
健全的な経営をするようになる。



ポイント制度のおかげで、
社員の最低賃金と最高賃金の差を少なくしようとするため
社員の賃金格差の是正にもなるし、
非常に優秀なマネージメント能力やアイデアのある役員の、
一種のパートタイム労働化が広がり、
いろんな会社の役員を兼務するようになり、
雇用の流動化につながる。



社員の労働時間の改善や福利厚生の充実につながる。



それでこの制度をしっかり機能させ監督、監視する協会が

必要となるので、
天下りの役人の人にやってもらったらいいと思うんです。



ピラミッド型の官僚機構では、
どうしても天下りがでてしまうのであれば、
訳の分からない財団法人などを作って、
何をやってるか分からないよりは良いと思うんです。



既存の会社を何部に位置するのかなど、
難しい問題があって不可能だったり、
他にも問題がいろいろあるかもしれませんが、
思いついたので書いてみました。



みなさんは、どう思いますか?



堺市泉北のフランス料理店 カウンターフレンチ レストランマヴィ

最近、マイケル・サンデル 究極の選択お金で買えるもの買えないもの」というテレビ番組を見ました。


この番組はマイケル・サンデル教授、が賛否の難しい問題
アメリカのハーバード大学の学生、中国の復旦大学の学生、

日本の東京大学の学生、ゲスト5人(古田敦也、猪瀬直樹、

SHELLY、高田明、斉藤慶子)と議論していく番組です。


この番組の中で代理出産ビジネスは正当か正当ではないかという

議論がありました。

インドのアナンドというところでは代理出産がビジネスになっており、
一回の代理出産約7000ドル支払われるそうです。

インド7000ドル平均賃金10年分に相当するものだそうで、
代理出産ビジネスのおかげで、非常に貧しい生活をしていた

女性たちが良い生活ができるようになっているそうです。


この議論の中で代理出産ビジネスは売春に似ているという

刺激的な発言がでて、その反論にそれは代理出産をしている女性

失礼だという発言がありました。


それを聞いて僕は、その反論自体が売春をしている女性

失礼ではないかと感じました。

世界中の売春をしている女性たちのほとんどが好き好んで

そんな仕事をしている訳がなく、
生活が貧しかったり、満足な教育を受けられなかったり、
職業選択の自由がなかったりして働いているのであって、
彼女たちは、別にけがれたりしているわけではないと思うのです。


売春するしか生きるれない環境や社会が、

けがれているのだから




この番組を見てから、ふと思い浮かんだ言葉がありました。
比較優位という言葉です。


比較優位とは経済学者デヴィッド・リカードが提唱した概念で、
一国における各商品の生産費の比他国のそれと比較し、
優位の商品を輸出して劣位の商品を輸入すれば
双方が利益を得て国際分業
が行われるという意味で、
結果的に全体の生産性があがるという事です。


今の先進国にとって女性の社会進出は必要不可欠で、
APEC地域だけでも女性の社会進出は少なくとも
年420億ドルもの経済効果があるそうです。


この二つをふまえて今回の代理出産ビジネスを考えてみると、
女性の社会進出で一番の壁といっていいのが妊娠出産です。


インドの代理出産ビジネス

依頼人の精子と卵子人工授精させ、
インド人女性の子宮を使うという事なので、

遺伝子的には依頼人のもので、

妊娠出産だけをを代行するというものです。


これを比較優位で考えてみたときに、

これはかなりのビックビジネスになってしまうのではないか

と感じてしまいました。


例えば、最近増えてきている女性経営者にとって妊娠出産は、

会社に多大な損失をだすリスクがあり、
インドの代理出産ビジネスを使えれば、

かなりのリスクは回避できるのではないかという事です。


この事はこのテレビ番組の議論にはでてこなかった事なので、
僕が勝手に想像している事ですが、このままいけば

起こってしまう事なのではないかと思ってしまいます。


おそらく妊娠出産ができない人だけしか使えないように、
法律を作れば大丈夫
だという人がいるかもしれませんが、
妊娠出産ができないという基準を作るのは

とても難しい事だと思うのです。


そもそも妊娠というのは授かりものでしょうし、
妊娠はともかく、高齢者出産のように出産に
危険が伴う場合
はどう判断すればいいのか。


持病がある人妊娠出産をする時のリスク
どう判断すればいいのかなど、たくさんの問題があります。



他には、妊娠出産は女性にとって喜びであり、
その事を自分ができるのに、
他人に頼む人はいないと言う人もいるでしょうが、
本当にそうなんでしょうか?


僕は男ですから気持ちが分かっていないのかもしれませんが、
例えば二人目の子供を妊娠出産する時に、

誰か代行してくれたら、ありがたいなと思う人
絶対に一人もいないとは思えないのです。


反対にミルトン・フリードマンのような新自由主義的

考え方の人には、妊娠出産してもらっても良いじゃないか

という人もいるかもしれません。


でも赤ちゃんは妊娠中、母体のお腹の中の胎盤に、

へその緒で繋がっており、血液から酸素や栄養分や水分を

吸収して胎児へ送る事について問題がないのか。


又は、子供の成長過程によって身体的障害がまったくないのか、
ないとしても2代3代代理出産をした時に問題がないのか、
いろいろ考えられます。


もちろんいろんな宗教文化など倫理的にも問題があります。



皆さんはどう思いますか?



堺市泉北のフランス料理店 カウンターフレンチ レストランマヴィ