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泌尿器科の医師にモヤモヤしたものを感じたのには理由があります。

今から13年ほど前、母は悪性リンパ腫を発症しました。

最初は咳が治まらなかったため風邪かと思っていましたが、いっこうに良くなる気配がなかったので隣の市の総合病院(父が2番目に受診したのと同じ病院)を受診することにしました。

その後、入院するもののなかなか原因が判明せず、しばらくたってから悪性リンパ腫と診断されたのです。
しかし、この病院の担当医師は治療方針の提示も曖昧な上、治療も一向に進まないため、父も私も母の兄弟達もイライラした気持ちでいっぱいなり、最終的に私の住む街の大学病院へ転院することにしました。

母が大学病院に入院した日、担当の准教授から話がありました。
その時に言われた言葉を、私は今でも覚えています。
「あなたのお母さんと同じ病気を、この病院ではたくさん扱っています。決して珍しい病気ではありません。私達が必ず治しますから、私達を信じてほしい。一緒にがんばりましょう。」

母の病状がはっきりせず、治療の方向性も定まらず、母がこのままいなくなってしまうのではないかと毎日泣いていた私にとって、この言葉にどんなに救われたことかわかりません。

准教授以外の医師たちも、私が疑問に思ってネットなどで調べたことを質問しても、イヤな顔せず回答をしてくれました。
その時の医師の1人が、今も主治医として母を担当してくれており、その後2度の再発がありましたが、今も2ヶ月に1回のペースで定期検診を受けています。

母の時は医師とコミュニケーションを取りながら、一緒に悪性リンパ腫と闘った(今も闘っている)ように思えましたし、安心感がありました。
もちろん、医師との出会いに恵まれていたということもあります。

それにしても、泌尿器科の医師の対応には納得ができずにいました。

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9月末になり、次の病院を受診する日がきました。

私にとっては、「次の」というよりも「最後の」という気持ちでした。
母も同じ気持ちだったと思います。

最初に泌尿器科を受診したのですが、正直なことを言うと医師の印象はあまり良いものではありませんでした。
私たちの話もそこそこに、前の病院からもらった画像を見て「全摘しかないですね」とあっさりした口調で言い、改めて検査をしようともせず、なぜ前の病院で治療をしないのか不思議そうにしていました。

父は認知症であること、前の病院は受け入れ体制がなかったこと、他の治療方法はないものかと考えたこと、この病院の精神科も受診することになっていること等々を話し、ようやく膀胱がんの疑いがあると診断されてから3ヶ月近くになろうとしていることもあり、尿検査の他に血液とエコー検査をすることになりました。

エコー検査をしたところ、膀胱の外側が固くなっていて骨などに転移している恐れもあるということで、結局1週間後にCTと骨シンチの検査を行うことになりました。
転移していれば、治療方法も変わると医師は言いました。

父の病状は進んでいたのです。
家族が強く望まなければ、何の検査も受けることができなかったかもしれません。

医師の態度に、母も私もモヤモヤしたものを感じずにはいられませんでした。


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その夜、母に病理検査の結果と認知症の人を受け入れてくれる病院のことを伝えました。

病理検査の結果については、その前に受診した病院でもかなり悪い状態だとは聞いていましたので、母もそう驚きはしませんでしたが、認知症ということで治療する際には家族の付き添いが前提なことにはがっかりしたようです。

受け入れてくれる病院については少しの希望を持ちつつも、本当に完全看護なのか、今までの病院と同じような対応に終わるのではないかと不安も感じていたようです。

母の不安を拭い去るためにも、他にも病院がないか直接電話もしましたし、認知症の人の家族会にも聞いてみました。
しかし、そこでは私たちの望むような回答はありませんでした。

改めて、受け入れてくれる病院の精神科外来に問い合わせし、入院となった場合の対応を問い合わせてみました。
電話口の看護師さんがとても親身に話を聞いてくれ、泌尿器科外来にも確認してくれたので、ここにしかないと決めました。

父にとっても、より良い治療やケアが受けられる体制ではないかと思ったのです。

母に改めてこのことを伝えると、母も決心がついたようです。

そしてこの病院を受診することになるのですが、膀胱がんの疑いがあると言われてから3ヶ月になろうとしていました。