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母の体調のことも話した上で、手術後のパウチ(尿をためる袋)のケアが負担であり不安であり心配なのだと伝えたのに、医師から言われた「介護は奥さんと訪問介護にやってもらえばいいじゃないですか」という言葉に、私は愕然としました。

精神科の医師と違い、泌尿器科の医師は認知症をまず理解していない。
認知症の介護がたいへんであることも理解していない。

専門外と言われればそれまでですが、高齢化がどんどん進んでいる状況を考えると、医療に関わっている人にはやはりそれを理解してもらいたいものだと感じました。

私が何度も母の介護負担が増えることを言うと、医師はさらにこう言いました。
「パウチの管理はそう長く続くわけではないですから」

長く続くわけではない。
言いかえるなら、父の命の終わりが見えているということ。

そこで医師に尋ねてみました。
あくまでも見立てでいいので、余命がどのくらいなのか教えてほしいと。

答えは「1年か2年、5年生きたいと言われたとしてもそれは無理な相談です」

これまでの状況から考えて、私はある意味納得しました。
しかし、思ってもいなかった余命宣告に戸惑いを感じたのも事実です。

終わりが見えているからといって、母に我慢させて無理をさせて介護負担を増やすのは違うとも思ったのです。



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CTと骨シンチの検査の3日後、結果を聞きに病院へ行きました。

受診のため長期滞在をしていた父と母は、いったん実家に帰ることにしたのです。
慣れない環境で父もストレスが溜まっていたのか、言葉も荒くなり「いつ家に帰るんだ」と繰り返すようになったからです。

そのため、私が一人で結果を聞くことにしました。

医師から言われた治療方法は全摘手術のみ。

膀胱温存でできる治療はないかと問いましたが、父の場合は膀胱内の腫瘍が複数ある上にかなりの大きさになっているため、抗がん剤や放射線治療をしても効果が現れるまでに時間がかかり、結果として何も治療をしないのと変わらないと言うのです。

ステージはどのくらいなのかと聞いてみると、ステージがどうのというレベルではない、他の臓器や骨に転移していないだけ良いという段階だと言われました。
膀胱の外側の脂肪部分にもがん細胞が癒着していて、全摘手術をしても完治はしないとも言われました。

それでも全摘手術がベストなのか、私はすぐに納得することができませんでした。

しかも、この病院の見解は全摘手術なのだから、それが受け入れられないのなら以前に受診した病院に戻ってはどうかと、一方的に言いました。
父が認知症でなかったら、認知症の人を受け入れてくれる病院がもっとたくさんあるのなら、誰がこの病院を選ぶものか!と心の中で叫んでいました。

でも、今の私達には悲しいことに選択肢が限られているのです。
手術後のパウチ(尿をためる袋)の装着やケアについて、認知症だから不安なのだと伝えました。
地元の総合病院には常勤の泌尿器科医がいないのですから、何かあってもすぐには受診できません。

しかし、医師はあっさりとこう言いました。
「介護は奥さんと訪問介護にやってもらえばいいじゃないですか」


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泌尿器科の受診から2日後、精神科を受診しました。

父はこれまで脳神経外科で薬を処方してもらっていたので、精神科に足を踏み入れるのは初めてのことでした。
私自身、精神科には少しばかり抵抗感というか、知らないがゆえの偏見のようなものもありました。

父は当然のことですが自分が認知症だとは思っていませんから、外来で「 精神科」という文字を見てどう反応するか、受診を拒否するのではないかと心配でもありました。
そのため話をそらしたり話題を変えたりしつつ、順番がくるのを待っていました。

診察室に呼ばれ、受診するまでの経緯や認知症だと診断された時期、これまでの治療について伝えました。
医師からは父の生い立ちや仕事のこと、趣味や生活のことなどの質問があったのですが、元々話し好きの父はここぞとばかりにしゃべり始め、医師から「ご家族にも話を伺いますね」と言われても話に割って入り、何度も何度も同じことを繰り返し話し続けます。

そんな父の様子にも、医師は耳を傾け優しく話を聞いてくれました。
母と私が入院した後の父の様子や、全摘手術をした後の生活やケアに不安を感じてることにも理解をしてくれ、入院中は泌尿器科と連携して治療にあたること、場合によっては精神科の病棟に入院することも考慮することなど提示してくれたのです。

入院となれば、その目的は膀胱がんの治療のためですが、認知症の人と家族にとって直接的な治療だけではなく、側面からも支えてくれる医師の存在は必要であり大切だと実感しました。

そして、医師の言葉や対応が与えるものの大きさを感じたのです。