私は年に多くて3~4回ほどしか実家に帰れません。
その度に父の認知症の症状が進んでいるのを感じていました。
今日が何日なのかわからない、何度も同じ話をする、お金の管理ができない、冬なのに上着も着ないで外に出て行く、年賀状の宛名書きを同じところで何度も間違う、メガネや時計をなくして(どこにおいたのか忘れて)しまう等々、今まで当たり前にできていたことができなくなっていく父の姿に、これからどうなっていくのかと不安が募りました。
それと同時に、父の介護を母一人にさせてしまっていることに申し訳ない気持ちでいっぱいにもなりました。
父は母や私に暴言を吐くことも多く、その言葉は認知症とはわかっていても深く心に突き刺さりました。
家族だからこそ許せないという言葉もありました。
低血圧なくらいだった母が高血圧の薬を飲むようになり、時にはご近所にも迷惑をかけるようなことも増えてきました。
父のことを「おかしくなったんじゃないか」と噂している人がいることも、自然と耳に入ってくるようにもなりました。
このままでは自宅で生活することが難しくなり、母が一人で介護することにも限界を感じる時がくるだろう、その時のための対策を考えなければと思い始めた矢先、父の膀胱がんが見つかったのです。
その度に父の認知症の症状が進んでいるのを感じていました。
今日が何日なのかわからない、何度も同じ話をする、お金の管理ができない、冬なのに上着も着ないで外に出て行く、年賀状の宛名書きを同じところで何度も間違う、メガネや時計をなくして(どこにおいたのか忘れて)しまう等々、今まで当たり前にできていたことができなくなっていく父の姿に、これからどうなっていくのかと不安が募りました。
それと同時に、父の介護を母一人にさせてしまっていることに申し訳ない気持ちでいっぱいにもなりました。
父は母や私に暴言を吐くことも多く、その言葉は認知症とはわかっていても深く心に突き刺さりました。
家族だからこそ許せないという言葉もありました。
低血圧なくらいだった母が高血圧の薬を飲むようになり、時にはご近所にも迷惑をかけるようなことも増えてきました。
父のことを「おかしくなったんじゃないか」と噂している人がいることも、自然と耳に入ってくるようにもなりました。
このままでは自宅で生活することが難しくなり、母が一人で介護することにも限界を感じる時がくるだろう、その時のための対策を考えなければと思い始めた矢先、父の膀胱がんが見つかったのです。