飯塚幸三さんと面会をしました 2024.05.30 | 池袋暴走事故 遺族のブログ

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平成31年4月19日、池袋において発生した交通事故。10人が重軽傷を負い、私の最愛の妻と娘の尊い命が奪われました。
再発防止について活動して行きます。
何卒よろしくお願いいたします。

飯塚さんと刑務所にて面会しました。

 

  面会をした理由

再発防止のために、彼の言葉を社会に伝える目的で面会をしました。

失敗をした人の言葉には、「未来の再発防止のためのヒント」が必ずあると信じているからです。

 

飯塚さんは面会を受け入れてくれました。

回答してくれた内容を記者会見で言うこと、彼の実名を出して発信することを許可してくれました。

 

  飯塚さんの言葉(抜粋)

さまざまな会話をしました。

裁判当時と比べると、飯塚さんは言葉がうまく出てこない様子でした。

 

私「再発防止の視点から、世の高齢者やそのご家族に伝えたいことはありますか」

飯塚さん「早く免許を返すように伝えていただきたいです。」

 

ご自身の言葉で、はっきりと答えました。彼の率直な願いなのだと感じました。

ただ私は、免許返納を出来ない事情、社会環境が根本の原因だと普段から考えています。ですから、以下の質問をしました。

 

私「同じく、国や自治体には伝えたいことはありますか。」

飯塚さん「(うまく言葉が出てこない様子。)」

私「病院に行ける支援サービスが国や行政にあればよかったと思いますか」

飯塚さん「はい。」

私「返納後の高齢者の方々を支援してあげてほしいですか」

飯塚さん「はい。そう思います」

 

飯塚さんのこの考えは、重要な視点だと私は思う。

日本社会の多くの高齢者の方と、そのご家族が抱える悩みです。

免許返納した後の充実したサービスがない、もしくは、あるけど知らない。

「移動の足が無くなってしまった人々をどう国や自治体としてサポートするのか。」

免許返納を促すならば、そこもセットで考えなくてはいけないと思います。

 

他にも医療面などでの課題についても話し合いました。

以下の記事が詳細まで書いてくださっています。2ページ構成です。ご覧いただければ幸いです。

 

本当は車の技術面や免許制度、道路交通環境などの議論もしたかったのですが、彼の体力面、時間面から断念しました。

 

  最後に

 飯塚さんは、私の面会の申し出を断ることも出来ました。

しかし、私の再発防止への思いを感じ、面会を受け入れてくれました。心の底から感謝しています。

 

裁判の時は、彼に罪を償ってもらうために、心を鬼にして闘いました。

でも、そのフェーズはもう終わった。

妻と娘の命を奪われ、裁判でも苦しめられた。だから、私が彼を許せる日は来ないかもしれない。

でも、彼の言葉や存在を認めることは出来る。彼の経験や言葉を無駄にしたくない。

 

今回の報道で、飯塚さんに対し、「言い訳だ」「まだ反省していない」という声もあるようです。

しかし、彼を糾弾するだけでは、社会全体の再発防止には繋がりません。

真に大切なのは再発防止です。同じ過ちや犠牲を生まないことです。

彼の言葉をヒントにして、社会から被害者、加害者、それらの家族を無くしていくために、私を含め皆で考えていきたいです。

 

そして国や自治体も、高齢者自身の決断、ご家族の説得だけに頼るだけではなく、決断や説得しやすい支援の構築、返納後のサポート、そのサービスの周知に是非力を入れてください。

面会を受け入れてくれた彼の勇気を、無駄にしないであげて欲しいです。

 

今回の面会は、沖縄の妻のお父様も参加されました。

お父様は、「飯塚さん、あなたの謝罪の気持ちはよく分かりました。出所したら、家族と穏やかに過ごしてください」と伝えていました。

お義父さんが苦しむ姿を5年間ずっと見てきました。それでもこの言葉を伝えるお義父さんを見て、

「ああ、やっぱり真菜の優しさは、お父さん譲りなんだな。」と感じ、涙が出ました。

 

飯塚さんも、最後は絞り出すような声で、「ありがとうございました。」と言ってくれました。

出所後、飯塚さんが許可をくださるのなら、対談をしたいと思っています。もちろん再発防止のために。


家に帰ってから、仏壇の前に座り、真菜と莉子に報告しました。

「ずっとしたかった面会をしてきたよ。」

「やっぱり2人に会いたいよ。」

「でも叶わないから、お父さんは生きている限り、再発防止のために活動するよ。」

そう伝えました。



各社報道