遠野・釜石街道歩き 5日目 | M3Variant : 定年退職と同時にコロナ禍に

M3Variant : 定年退職と同時にコロナ禍に

APL(急性前骨髄球性白血病)再発後、造血幹細胞自家移植を受け、社会復帰しました。
APLで通常のM3型(多顆粒型)ではなく、APL全体の2%ほどしかない M3Variant(M3V型:微小顆粒型)のため、この名にしてます。
主なテーマは、白血病,旅行,日々の出来事 の3つです。

23.4.14(金)
盛岡駅前の牛丼屋で朝食を取り、5:57 の釜石線直通気動車に乗った。7:38 岩手二日町駅で下車。前回はこの近くのバス停で路線バスに乗って帰宅したので、この駅で乗降するのは初めてということになるが、また来るようなことはないだろうな。

 

↓この日歩いたルートと写真→大きい地図で

 

7:40 JR岩手二日町駅からこの日の歩き始め。北へ向かって旧遠野街道、国道396号に出た。

 

芝桜

 

国道396号沿いには芝桜を植えた花壇が何か所かあった。その後、国道283号に合流したあたりに道の駅「遠野風の丘」がある。立ち寄ったらちょうど開店時刻 9:00 直前で、準備を終えて開店したばかりだった。
道の駅の直後から猿ヶ石川を渡るまでの区間は区画整理されていて、旧街道の面影はなし。田の中の直線の畦道を歩いた。
猿ヶ石川の橋を渡ったところに、長作堤防記念碑というのがあった。解説によると、最初は百姓主導で造った堤防だったとのこと。

遠野の市街地へ入り、10:00 前「髙善旅館跡 柳田国男先生御投宿」という碑があった。遠野は柳田國男の「遠野物語」で知られる町である。柳田國男はここに逗留して「遠野物語」の題材を聞き取ったのかな。「遠野物語」は文語体で書かれているので読みにくいが、40年ほど前にがんばって読んだことがある。その後、井上ひさしの「新釈遠野物語」も読んでみた。

一里塚跡の前を通り、JR釜石線のを越えた後、10:15 大槌街道との追分に着いた。右折して大槌街道と分かれた。ここからが釜石街道となるのかな。
江戸時代の藩政期は大槌に代官所があったため、遠野から太平洋沿岸に出る街道は大槌街道が主要路だったそうだ。明治になって釜石の製鉄が盛んになったため、釜石街道の方が主要路となったのだろう。

10:25 コンビニに立ち寄った直後の交差点に、ゼブラ板の付いた信号機があった。ゼブラ板付きの信号機、だいぶ少なくなったなあ。

 

河童の支柱板

 

10:50 道路工事区間があり、歩行者用仮設ガードレールの支柱に河童の図柄の支柱板が使われていた。4年前の9月26日、おくのほそ道ウォークで寺泊から出雲崎まで歩いた時、絶滅危惧種の鳥、トキの図柄の支柱板があったのを思い出した。遠野ではやはり河童か。


青笹駅付近を通過後、国道283号沿いの店に立ち寄って昼食。二日町から 23,274歩,15.3km。ポークソテー定食を頼んだら、デミグラらしきソースが掛けられた状態で出て来た。ソースがあらかじめたっぷり掛けられたソテーというのは記憶がないな。

12:20 昼食後、歩き再開。12:57 国道283号の橋を渡った直後の盛り土区間に、赤川一里塚跡の新しい石碑があった。現在の国道の新しい橋の盛り土区間にあるので、もともと一里塚のあった位置とは少し離れているのでは? という気もしたが、「岩手県文化財調査報告書64:大槌・釜石街道」岩手県教育委員会 1981 の地図を見たら、このあたりで間違いないようである。一里塚のあった位置に盛り土されたのかな。

その先でコンビニに立ち寄って小用を足した後、雨が少しパラパラ来たが、ほんのちょっとだけで済んだ。予報では20%。

14:00 過ぎ、辷田峠一里塚の入口標識があったので国道から離れて旧道に入り、14:11 辷田峠一里塚に着いた。解説によると、遠野市内にあった15基の一里塚のうち残っているのは2箇所だけで、完全な形で残っているのはここだけ。とのこと。一里塚の隣には初山配水池という施設があった。配水池建設で一里塚を取り壊さなくてよかったね。14:17 辷田峠を通過。読みは「すべたとうげ」で、滑田峠とも表記するらしい。

辷田峠からの山道から国道に抜けた後、山裾沿いに道の痕跡があったので国道から離れて通ってみた。すぐに農家の畑脇に出て、畑仕事のお婆さんがいたので「どうも。すみません。山歩きをしていたもんで。」と謝っておいた。
14:50 日出神社の前に日出姫終焉の里と刻まれた石碑があり、源義経の隠し子がここで没した。とも刻まれていた。まあ、史実ではなく後世の創作だろう。

15:09 国道右側の家の脇に、車が2台並んで駐められていた。何気なく見たら、どちらのナンバーも"999"。

 

スリーナイン"999"が2台

 

偶然かな? 所有者が銀河鉄道スリーナインや松本零士のファンとか?

15:15 JR足ヶ瀬駅着。この日の歩きを取りあえず終了。昼食後は 16,858歩,10.7km。予定ではここで 16:38 の上りに乗るはずだったので、1時間20分待ちとなる。

ところがこれから、長い待ち時間が始まった。16:20 頃、強風で釜石⇔遠野間区間運休の放送が入った。あれま。ついさっき、16:02 の下りは定刻どおり通って行ったのに・・ 無人駅なので、状況を駅員に聞くことはできない。運行状況の問い合わせ先が書かれていたので、電話したらやはり 16:38 の上りは釜石→遠野間区間運休。次の上り 18:28 は今のところ運行予定とのこと。2時間待たねばならないが「今のところ」が気になる。2時間待って、今度も運休なんてことになったら悲惨である。

で、1日3本の路線バスがここ足ヶ瀬まで来ていて、18:10 発が遠野市街へ行くのを思いだした。こんな山の中の無人駅で待ちぼうけを食うより、市街地へ確実に移動するほうがましだろう。バス時刻表を持って来てよかった。

周囲の高い山に陽が隠され、あたりは冷えてきた。山の中の無人駅に暖房などなし。駅前の国道沿いに自販機があったのは幸い。暖かい飲み物を買って飲んだ。パーカーを持って来たのも幸いだった。
1時間20分待ちの予定が2時間50分待ちになったが、足ヶ瀬バス停 18:10 の路線バスに乗った。バスの運転手も、乗客がいるとは思っていなかったようだ。

18:40 遠野駅前着。18:50 の上り盛岡行き列車に乗った。足ヶ瀬 18:28 の列車である。結果として足ヶ瀬からバスに乗る必要はなかったが、状況を考えるとこのほうがよかっただろう。帰宅できたのは 21:00 前。予定外のことで気分的にも疲れていたので、風呂に入ってすぐ寝た。