白内障の手術から2週間ほど経ち、眼の調子も落ち着いてきた。スギ花粉もだいぶ少なくなってきたので、奥州街道の続きを歩くことにした。昨年9月21日以来となる。
この続きのルートは宮城県内を1.5kmほど通るルートとなる。新型コロナウィルスの「まん延防止等重点措置」が宮城県に出されているが、対象地域は仙台のみだし、県境を越える丘陵でコロナに感染するとも思えない。
21.04.27(火)
盛岡 8:02 の新幹線で一ノ関へ。在来線に乗り継ぎ、一駅先の有壁へ。仙台からここ有壁まで、旧奥州街道とJR東北本線は離れた所を通っているが、有壁から三戸までは、旧奥州街道と東北本線,IGRいわて銀河鉄道はおおむね並行して通っているので、旧街道ウォークへの行き来が楽である。
9:10 有壁駅からウォーク開始。
この駅は宮城県にあるが、両隣の駅は2つとも岩手県。35年も前、井上ひさしの小説「吉里吉里人」を読んだことがあるが、上野発青森行の夜行急行「十和田3号」が赤壁駅で緊急停車させられ、パスポートの提示を求められた。というストーリーで始まっている。
今では夜行急行どころか、JRの急行自体とっくに無くなったなあ。「赤壁駅」はこの「有壁駅」がモデルだろう。あるいは三国志に登場する赤壁の戦いと掛けているのかも。
9:20 仙台以北12番目の旧宿場、有壁宿の本陣前を通過。この旧本陣の建物は江戸時代に建てられたものだが、今も人が住んでいる現住家屋で、観光客向けに開放していないとのこと。内部の見学はできないので外観だけ眺めた。
9:32 舗装道路から未舗装の山道へ。まもなく、伊勢堂坂一里塚跡を通過。いったん未舗装の車道に出たので右へ進んだが、これは間違い。数百メートルほど進んだあたりで、スマホで位置確認。予定ルートより東にずれていた。
スマホデビューしたので、グーグルマップのタイムライン機能で現在地を確認できるようになった。間違い道を引き返し、10:20 奥州街道の壊れた道標を見つけた。これを見落としていなければ間違えなかったのにな。ここから山道に入るべきだった。
山道から未舗装の車道に出て左へ進んだら、奥州街道の案内板があった。書かれている内容からみて、県境を越えて岩手県に入ったらしい。
その先、未舗装の車道から右に分かれる山道があり、どちらか迷った。山道の方にさっきと同じ案内板のようなものが見えたので、行って見たらやはりこっちの山道が奥州街道だった。案内板の先には鉄板を渡した橋があった。
10:58 山道から舗装路に出た。その先で県道260号に。国道4号の旧道だろう。事前に調べた資料によると、県道260号に出たすぐ先で奥州街道のルートはJR東北線の西側を通るのだが、途中が失われていて、通れないらしい。そのまま県道260号を進んだ。
11:55 奥州上街道(迫街道)との追分を通過。おくのほそ道ウォークで、この追分から奥州上街道へ入ったのは3年前、17年5月3日のことだった。ここから先の奥州街道は平泉まで、その時にも歩いている。
12:10 仙台以北13番目の旧宿場、一関宿を通過。12:20 磐井川の橋のたもとにある芭蕉二泊庵跡を通過。
12:27 横綱宮城山生誕地の石碑があった。説明板によると、「岩手川」から「宮城山」に名を改めたとのこと。東北6県では例外的に相撲弱小の岩手県。横綱が出たことがあるのか。知らなんだ。
12:40 ガストに立ち寄って昼食。有壁駅からここまで、iPod のウォークメータでは 14.57km,18,986歩だったが、スマホのウォークメータでは 4214歩だった。4214歩?14.57km で 4214歩 だと、1歩が3.5m にもなる。私の脚がそんなに長いはずはない。途中で間違えてゼロクリアしてしまったのかな。
13:10 昼食後、ウォーク再開。13:45 仙台以北14番目の旧宿場、山目宿を通過。
14:55 JR平泉駅着。当初の計画では次の前沢駅まで歩く予定だったが、久々の街道ウォークだったせいか、けっこう疲れたのでここで終了。昼食後は10,968歩,8.38km。しかしスマホのウォークメータでは 2523歩だった。やはりおかしい。直前にインストールしたこのアプリは、どうやら信頼できそうにない。アンインストールして、別のウォークメータアプリで試してみよう。確認できるまでは今までどおり、iPodのウォークメータ併用だな。
50分ほど待ち、15:52の電車で帰宅。