日本一周(九州Ⅳ)令和初年のゼロ | パイェーハリ!

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バイクと旅と釣りと独り言のブログ。Поехали!(パイェーハリ!)とは人類初の宇宙飛行を成し遂げたソビエトの英雄、ユーリガガーリンが地球を旅立つときに発した言葉で、さぁ行こう!という意味です。

9月30日

 

大隅半島の真ん中あたり、ふれあいの森無料キャンプ場にて起床。

 

のんびりとココアを飲んでいると、草取りしていたおばちゃん達に赤飯とゼリーを頂いた。ゼリーは好みの味ではなかったが、それでもおいしく食べた。

 

 

 

今日はいよいよ本土最南端、佐多岬!!と思っていたが、この先に店1つないことは地図を見て明らかであるからして、比較的大きな町、鹿屋へ行くことにした。ここで日用品の調達。ホームセンターの駐車場でチェーン調整も済ます。(ナットが硬くて四苦八苦した)

 

 

 

その後、昨日木村さんに教えてもらった自衛隊の鹿屋飛行場にある博物館へ行って見る。

 

 

 

ここではゼロ戦の勇士を見ることができた。日の丸に白い縁取りがあるということは初期の型を参考に塗ったんだろう。

 

 

 

魚雷も展示してある。

 

 

 

 

私は大のミリタリーオタクのくせして帝国陸海軍がどうも好きになれない。皇国を護るために戦っただの、お国のために命を捧げるだのクソくらぇだ。全員無駄死にであり、彼らの行動を美化し正当化することに激しい嫌悪感を憶える。

 

 

 

あの時政府のだれかが戦争反対と言えばよかったのではないか。なぜ国民は洗脳されていることに気付けなかったのか。

なぜ周辺国を侵略し、大勢の未来ある若者を南方の孤島で死なせたのか。

 

 

 

 

 

 

国を護るためだと偉そうに言う人がいるが、戦わなければ一人も死ななかったはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

私は今の、素晴らしいアニメや漫画、寿司やら車やらAVを創り出す日本は大好きで誇りに思っているけど、すくなくとも1930年代の日本がいい国だったとは思えない。原爆を落とされても仕方がない。

 

 

あの戦争があるから今がある、というのは絶望的な結果論であって、日本人自らの手で今の日本を創り上げていたならば・・・と思わずにはいられないのだ。

 

 

 

 

 

いかんいかん、また説法が始まってしまう(笑)まぁつまりナチスドイツとソ連軍は最高ってこと!(意味不明)

 

 

 

 

 

室内展示もあるが、ゼロ戦以外の資料や銃器は撮影NGでした。この辺の厳しさが自衛隊らしい。

 

 

でも飛行機は超カッコいいよね。

 

 

鹿屋飛行場を後にし、佐多岬を目指して大隅半島を南下する。

 

    

 

チラッと見えた滝がスゴイ綺麗だった。どうやら下に降りれるようだが、あいにく道が分からない。明日にでも探そうか。

 

 

 

 

日没を過ぎ、今夜の寝床として目星をつけていた無料キャンプ場

を目指す。鹿児島ってキャンプ場多い?

 

 

 

 

 

そして街頭1つない中、かつてのゲートの名残を発見した。以前はここに料金所があって、通行料をとっていたそう。

 

 

 

 

宗谷岬から一か月間、スーパーカブで走り続けた。夢の岬までは、あと少し。

 

 

 

 

30/47都道府県到達