9月28日
ただいま、宮崎県内の某道の駅に停滞。
というのも昨日の晩から雨がひどく、とても進めるような状況ではない。おまけにこの道の駅は居心地がよく、近くにスーパー、トイレ、休憩室、WIFI完備と、これまでテント1つで日本中を彷徨ってきた身には高級ホテルに思えるほどの居心地の良さ。具体的な場所は書かないがその居心地の良さに車中泊の人の多さもうなずける。
しかし本ぐらい持ってくるべきだった。日記を書いて今までの写真を見返しているともうやることがなくなってしまう。なにもやることがないというのはなかなか日常生活では味わえない。そしてそれは思った以上に辛いものなのだ。
そんなところに一人の車中泊の人が声を掛けてきてくれた。
その方、木村さんといい、定年退職した現在は京都を拠点としてキャンピングカー1つで日本全国の道の駅を回っているという。私の地元の道の駅やいままで通ったところもほぼ全て網羅しており、日本中の名所の話を聞けた。恥ずかしながら僕も日本半周を終えた旅人の端くれであるからして、当然お互いのこれまでの旅の話は弾む。これから通るであろう名所の話も聞けて、おまけにラーメンとカレーまでご馳走してくれた。しばらくぶりのおなかいっぱいの食事、そしてなにより話相手のいる食事がこんなにおいしいとは。真っ暗になるまで話し込み、やがて木村さんはキャンピングカーのベッドへ、私はテントへ戻って一夜を明かす。明日の朝食もご一緒させていただく予定だ。木村さん、ご馳走になります。
9月29日
翌朝、はやく目覚めてしまいキャンピングカーに行ったのだがまだ木村さんは寝ていた。休憩室にもどるととある老夫婦からゆで卵と落花生をもらった。今日は出発する予定なので持ち運ぶわけにいかないから遠慮せず全部食べた。
満腹になったからか少し寝てしまい、慌てて木村さんのキャンピングカーへ行くと今度はもう起きていた。お邪魔して淹れたてのコーヒーをご馳走になる。正直コーヒーのような苦いものは苦手なのだが、この朝のコーヒーは人生で初めて香りを楽しめて飲めたような気がする。今後の予定についてお互い話し合い、木村さんは北へ、僕は南へ向かう。日本を一周して、またどこかで出会うかもしれないから、今度のさようならは特別に悲しくもなかった。
そしてまたいつものごとく海を左手に走っていると
なんだかすごい地形の海岸。
どうやったらこんな岩の形になるんだろうか。
13秒ほど考えたが、よく分からないので先に進む。
それにしても、晴れるとすこぶる気分がいい。
南国感あふれる並木のヤシも相まって、実に気分爽快なツーリングだ。
雨が降ると気分が沈む、というのは、何も気のせいではないらしい。そのルーツはその昔、まだ人間が人間でなかったころ、狩猟採集によって生きていたころにまで遡る。食料の蓄えなどないので、基本的には毎日食べられるものを探しに行く必要がある。この時、晴れの日だけ行くA、雨の日だけ行くB、晴れだろうが雨だろうが行くC、の3タイプの原始人がいたら一体どれが生き残るだろうか。
答えはA。たしかにCがもっともたくさん食べ物を集めれそうではある。しかし雨天の狩猟は危険が伴う。視界が悪く、足元はぬかるみで危険。おまけに体温も下がってもし食べ物が手に入らなかったら死んでしまうかもしれない。つまりBとCは自然選択で弾かれたというわけ。雨が降ると気分が沈んで行動したくなくなるというのは太古から脈々と受け継がれる狩人の素質なのだ。
ちなみに僕は雪の日は逆にテンションが上がる。おそらく雪原では獲物を発見しやすかったからそういう遺伝子も残ったんだろう。
まぁ、そんな話はさておき、一つ道を外れるとすぐに深い山に入るのが九州の面白いところ。
さっきまで海岸線だったとは思えない山深さ。
その後、再び国道448,220号を走り続ける。南へ、南へと進む。ただひたすら、夢の岬を目指して。
そして昨日と同じように、もうすぐ陽が沈み、幻想の海岸に闇が
迫る。
僕は昔からこの、幻想の狭間とでも言うべき暗くなる前の数十分がたまらなく好き。副交感神経の働きが感じられ、全身から嫌なものが出て行って浄化されるような、リラックスできる感じがなんとも心地よい。
波の音も聞いてリフレッシュしてから、今日の寝床探しを開始。
鹿児島県に入ったあたりに運よく無料キャンプ場を発見し、テントを設営。いつものグレーゾーン野宿ではないので、ゆっくりと明日の朝を迎えれそうだ。
30/47都道府県到達





