アプリである男性とマッチした。

 

彼のプロフィール写真は、頭から足先まで全身が写っており、写真の構成から見ると身長は180センチ以上はありそう。

スーツ姿でポケットに両手を突っ込み、上から見下すような姿勢で、高い目線からカメラを見ている。

添付の文には「I’m from South Korea! Working as a business consultant in Tokyo.」

 

私が「初めまして」の文章を送ったら、いきなり「meet you soon?」と英語でお誘いがきた。

 

早速会ってみると、写真とは180度正反対とまではいかないが、120度くらい違っていて、質素な紺色のスウェット姿に、歩き方はよたよた、身長は170センチあるかないかで、さらに、私が英語で話しかけると、「英語は苦手で...日本語でもいい?」と関西訛りで返してきた。

 

私は、心の中で苦笑いを浮かべながらも、会話をしてみないことには人格は分からないし、せっかく時間を割いたのだからこれからの会話を楽しむように努めよう、と誓った。

 

私たちは、「ランブル」という老舗の純喫茶に入った。ランブルは私のお気に入りの純喫茶である。一階のエントランスから続く地下階段を降りていくと、そこには少し異風な空間が広がっていて、西洋風の豪勢なシャンデリアや壁の装飾、ベロア生地の椅子、利発そうだが無口な店員たちがサービスをしてくれる。

 

さて、マスクを取った彼の顔は、笑顔がなく、暗い表情で、私の主観に包まれた表現をすると、貧相な顔をしていた。

 

彼は学がないわけではないらしく、最近注目をしている本があるという。

それは、今北米で400万部以上売れている、カナダの心理学者ジョーダンピーターソンの本、「生き抜くための12のルール」である。

 

https://www.amazon.co.jp/生き抜くための12のルール-人生というカオスのための解毒剤-ジョーダン・ピーターソン/dp/4022516925

 

自己啓発本だが、概要を見ると新しさは全くない。その12のルールとは以下である。

 

[Rule 01] 背筋を伸ばして、胸を張れ

[Rule 02] 「助けるべき他者」として自分自身を扱う

[Rule 03] あなたの最善を願う人と友達になりなさい

[Rule 04] 自分を今日の誰かではなく、昨日の自分と比べなさい

[Rule 05] 疎ましい行動はわが子にさせない

[Rule 06] 世界を批判する前に家のなかの秩序を正す

[Rule 07] その場しのぎの利益ではなく、意義深いことを追求する

[Rule 08] 真実を語ろう。少なくとも嘘はつかないことだ

[Rule 09] あなたが知らないことを相手は知っているかもしれないと考えて耳を傾ける

[Rule 10] 正直に、そして正確に話す

[Rule 11] スケートボードをしている子どもの邪魔をしてはいけない

[Rule 12] 道で猫に出会ったときは、撫でてやろう

 

 

本の紹介になってしまい文章が逸れたが、彼と会話をしていて気になったのが、卑屈さを感じる発言たち、「俺は貧乏育ちだから」「Youtuberはバカなことして、金儲けしている」「この資本主義社会は金持ちがどんどん金を増やす」

 

その社会を恨むような考え方がどこからきているのか気になったが、その日はあまり深掘りせず、ジョーダンピーターソンという収穫があったことを良しとし、私は「別の用事があるから」と伝えて、彼と別れた。

 

2日後、彼からラインがきた、「また会ってくれるの?」

その自分に自信がないような言い草に対して、私は「なんでそんな風に聞くの?」と返した。

 

すると彼から、「あ、ごめん。人間不信になっちゃって。」というラインがきた。

 

 

「人間」をすべて同一視するのではなく、一人ひとりを個別に捉えることは大事だと思う。

また、人間一人と関わる場合においても、その人には、いい面・悪い面があり、多面的であるということも理解しなければならない。

 

彼の過去のいざこざや人に裏切られた経験は、私には関係ないことなのに、「人間」というカテゴリーで私をくくり、はなから否定的な眼を向けてしまうことは残念だと思う。

 

私が「なにがあったの?」と問うと

 

「心を開くたびに傷ついた」

 

「誰に傷つけられたの?」

 

「人生で出会ってきた人たち」

 

「人に期待するから傷つく。他人に期待しないこと。人生で出会った人たちになにをされたの?」

 

「人をすぐ信じる自分が悪いよね。なにをされたって一言では言えないよ、1日語っても足りないよそりゃ」

 

私は彼の中に凄まじい遺恨を抱えていることを感じた。

私の頭には、2つの返信案があった。

 

一つは、優しく「また会おうよ。今までどんな辛いことがあったか聞くよ。」と彼に歩み寄るアプローチだ。

 

ただ、正直なところ、優しくすることで彼に好感を持たれるのは避けたいと思った。

 

私の感じ方からいうと、彼には物事の原因をすべて他人に置くような思考回路がある。

優しさで彼を癒すのではなく、少し毅然とした態度で返信することにした。

 

「私のような赤の他人に対しても人間不信を抱いてる限り、いい恋愛やいい人間関係は築けないと思うよ。『また会える?』の質問の返事に関しては、私はあなたに恋愛感情は全くないけど、友達としてなら、また会おう!」

 

「要するに会いたくないってことだね、おけ!」

 

彼はすぐに私をブロックして、その後、私から追加でメッセージを送っても、それらが既読されることはなかった。

 

私は自分の対応が間違ったとは思わないが、世の中には随分興味深い認知を持った人がいるのだと学んだ。

 

正直、長年の友人から「人間不信になった」と連絡が来たら、すぐに飛んでいくような人間だが、無料のマッチングアプリで出会って1−2時間会話しただけの人間に、「人間不信になった」と打ち明けられても、「そんなの知らん」が私の第一の反応だ。

 

最新の自己啓発本を読んでまさに啓発されているにも関わらず、さらに、そのルール2に、 「『助けるべき他者』として自分自身を扱う」という命題が記載されているにも関わらず、さらさら実践できてない人間であった。

 

本音は、もっと彼に関わりたかった。彼からのあまりに早急な関係断絶を残念に思う。