最近では瞑想の効果が謳
うたわれることが多いですが
瞑想は時に危険です。
忙しい現代人にとって、
「ただ座る」ということは、
忘れようとしていた不安や過去の傷に
目を向けざるを得ない行為でもあるからです。
「涙と落ち込み」が教えてくれる身体のサイン
以前、瞑想をしている中で
「自然と涙が溢れ出てくる」という女性に
出会ったことがあります。
もちろん、感情の浄化によって
すっきりとした解放感を
得られたりする良い面があるのは確かです。
ただ、もし毎回のように涙が流れ
その瞑想のあとに「少し気分が落ち込む」
のであれば、
それは心が
「瞑想の土台がまだできていない」
と教えてくれているサインかもしれません。
瞑想はセラピーではない。
「ただ観察する」という冷酷さ
瞑想はセラピー(心理療法)とは違います。
セラピーのように
感情と対話したり、
優しく受け止めたりすることは
求められません。
瞑想中に目を閉じていると、
苦しみ、モヤモヤ、過去の傷が
浮かび上がってきます。
瞑想で求められるのは
それらに対して何の手も加えずに
「ただ、そこにある現象として観察する」
という練習です。
寄り添うことすら許さないそのスタンスは
どこか「冷酷」だと感じることもあります。
だからこそ、
自分の中に「ここは安全だ」
という土台(安全基地)が育っていない状態
でこの静寂に入ると、
観察者でいられなくなり、
浮上してきたネガティブな感情の波に
そのまま飲み込まれてしまうのです。
段階を踏んで、自分に優しい選択をする
もし今、ただ座るだけで苦しくなったり
強い恐怖を感じたりするなら
無理に瞑想をする必要はありません。
まずは身体を動かすことから
(ピラティスやヨガ)
目を開けたまま、
自分の骨や筋肉の動き、
足が地面についている感覚(グラウンディング)に
意識を向けてみる。
「自分の身体を
自分でコントロールできている」
という感覚を取り戻すことが
一番の安全基地になります。
恐怖が強いときはプロを頼る
過去の傷やトラウマ反応が強い場合は
専門的なトラウマセラピーなどを頼ることも
大切な選択肢です。
おわりに
瞑想は決して
魔法の万能薬ではありません。
「ただ観察する」という静寂の領域に入る前に
まずは自分自身の身体を
安全な場所に育ててあげること。
傷を無理に消したり
治したりしようとするのではなく、
まずは身体の感覚に
しっかりと足をつけること。
その順番を大切にしながら
今の自分の状態に合った
一番優しい選択肢を選んでいきたいですね。