「数字がすべてだ。数字は人格だ。」
父はそう言っていました。
その言葉を、疑うことなく

信じていたそうです。
成果が、その人の価値を決める。
そんな世界で

父はトップセールスマンとして

走り続けていました。

いつも仕事のことを考えていました。
家族でディズニーランドに行ったときも、
父はベンチに座って眠っていたそうです。

実際、結果も出していました。
営業成績は、常にトップでした。
心技体が整っている。
だから、大丈夫だと

思っていたのです。

さらに、「家族を守らなきゃ」
その思いが、

父を動かしていたのだと思います。




でも、身体は違いました。
ある春の日、父は起きられなくなりました。

32歳でした。
目は覚めています。
でも、

身体が動かなかったそうです。
「行かなきゃ」
そう思っても、

起き上がることができなかったと言っていました。

父は、

入院を選びました。
仕事に行かなくてもいい

「正当な理由」として。
今思えば、あれは
身体が出したサインだったです。

人は、いきなり壊れるわけではありません。
その前に、身体は何度も知らせてきます。
朝、なんとなく起きたくない日。
理由もなく、ずっと眠い日。
肩や首の重さが抜けない日。
人に会うのが、

少し面倒になる瞬間。
楽しいはずのことが、

楽しく感じられない時間。
そんな小さな違和感が

いくつも重なっていきます。

それでも人は言います。
「まだ大丈夫だ」と。
そして、やり続けます。
気づけば、余裕はなくなり、
それでもなお、止まらない。

やがて身体は、少しだけ強いサインを出します。

そして最後に、
身体は、

静かにすべてを止めます。

父は、その段階まで走り続けました。
途中にあったはずのサインは、
すべて「少し休めば大丈夫」という意志に

ねじ込められてしまいました。

私はその話を聞いて、
父がどれだけ本気で生きていたのかを

感じました。

「パパは守るものがあるからこそ頑張れたんだね。

パパ本当に頑張ったね。」
父に伝えました。父は照れ臭そうに返事しました。
「まあな。」

68歳になった父は、

人生のバランスをとりながら、
不器用なりに楽しくいきています。
責任感が強く真面目な性格は変わりませんが、
父なりにできることを一生懸命しています。

そんな父の背中がとても愛おしいです。




最後に、

ヴィクトールフランクルの「夜と霧」から

若くしてナチス強制収容所で

亡くなった女性の話を引用します。

 

フランクルはナチス収容所を経験した精神科医で

「夜と霧」はその体験をもとに

人間の極限状態と生きる意味を描いた本です。

 

強制収容所で亡くなった若い女性の物語。

この若い女性は自分が数日のうちに

死ぬことを悟っていたのに

実に晴れやかだった。

「運命に感謝しています。

だって、私をこんなにひどい目に

あわせてくれたんですもの」 

彼女はこのとおりに私に言った。

「以前、なに不自由なく暮らしていたとき

私はすっかり甘やかされて、精神がどうなんて

真面目に考えたことがありませんでした」 
その彼女が、最期の数日

内面性をどんどん深めていったのだ。

「あの木が、ひとりぼっちの私の

たったひとりのお友だちなんです。」 

彼女はそう言って、病棟の窓を指さした。

外ではマロニエの木が、今まさに花の盛りを迎えていた。

板敷きの病床の高さにかがむと

病棟の小さな窓からは、

花房をふたつつけたの枝が見えた。

「あの木とよくおしゃべりをするんです」

私は当惑した。

彼女の言葉をどう解釈したらいいのか、

わからなかった。

せん妄状態で、

ときどき幻覚におちいるのだろうか。

それで私は、

木もなにかいうんですか、とたずねた。 

そうだという。

ではなんと?

それに対して、彼女はこう答えたのだ。

 「木はこういうんです。わたしはここにいるよ、

わたしは、ここに、いるよ、

わたしは命、永遠の命だって・・・・・・」